プロの本棚:詩人・金時鐘さん 日本、自分 奥底に目を凝らし

毎日新聞 2013年08月02日 大阪朝刊

 その意味するところ−−植民地下での日本語による教育を、「植民地は私に日本の優しい歌としてやってきた」と語る。「決して過酷な物理的な攻撃ではなく、親しみやすい小学唱歌、童謡、叙情歌などであり、むさぼり読んだ島崎藤村や北原白秋ら近代叙情詩の口の端にのぼりやすいリズムとなって体に染みわたっていった」と。戦争と「解放」によって、父母や祖国と別れ、たどりついた日本で改めて、自分は何者か、民族とは、祖国とは、母語とは……。問い直しが始まった。そのために、「自らの生理になっている日本的叙情や日本的な美意識と離れないことには、自分を飼い慣らした『日本』から自立することなどできないと思った」。

 時鐘さんは言う。「人間を描く創造の営為として詩作がある。詩は各人の生き方に根ざしている。半世紀以上詩作を続けてきたが、奥深い道のりをどこまで来たことやら」

 金大中(キムデジュン)政権下の98年秋、特例のパスポートが発行され、49年ぶりに済州島での両親の墓参りが実現した。2003年、それまでの朝鮮籍を韓国籍に移し毎年の済州島での墓参を続けている。傍らに妻の姜順喜(カンスニ)さん(79)がいた。79年から15年間、大阪市内で営んでいた韓国居酒屋を知人に譲り、「私は今や彼のつえです。あらゆる病気をしてきた人だけど、いつまでも元気でいてほしい」。互いに照れた顔がいとおしかった。<文・有本忠浩/写真・山田尚弘>

 ◆この一品

 ◇岡部伊都子さんの形見、古丹波の花入

 随筆家の岡部伊都子さん(1923〜2008)に頂いた、「赤窯変花入(ようへんはないれ)」というものです。彼女とは私が日本に来て間もなく知り合いました。詩の好きな人で作る「大阪夜の詩会」をはじめ、正月、お盆、出版記念会、祝い事と何かにつけて親しくしてくださった姉のような存在でした。京都のご自宅をうかがうたび、情趣漂う和室に置かれていた器を私が気に入って何度か口にしたのです。亡くなる5年ほど前でしょうか、既に肝炎で通院されていましたが、ふと、「私の形見分けよ」と言ったのです。内に秘めた芯の強さといたわりの人だった彼女をしのんでいます。

 ◆この一冊

 ◇小野十三郎著『詩論』

 日本に来て2年目の51年、大阪市内の古書店・天牛で出会いました。

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