プロの本棚:詩人・金時鐘さん 日本、自分 奥底に目を凝らし

毎日新聞 2013年08月02日 大阪朝刊

 猛暑続きの先月下旬、奈良県生駒市の自宅を訪ねた。南西のかなたに、生駒山が望める静かな住宅街の一角。

 木造2階建て。玄関を上がり、すぐ左にある12畳ほどの洋間が仕事場で、2階の書庫には資料や韓日・日韓辞典や古今東西の詩歌、小説などが収められていた。

 「いやー、毎日暑いね。遠路はるばるご苦労さま。まあ、冷たいもんでも飲んでや」。柔和な表情に接するうちに穏やかな気持ちになってくる。が、この人の道のりを知れば、辛酸をなめた人ならではの優しさの発露であることが分かる。

 1929年、朝鮮・元山(ウォンサン)生まれの84歳。7歳で済州島(チェジュド)に移り、その後、光州の教員養成の中学在学中に、「解放」(日本の敗戦)を迎えた。17歳だった。

 「頭から足の先まで皇民化教育を受け、当時はそれを疑うことのない少年だった。なまじ解放に出会ったばかりに、皇国少年の私はひとり、敗れた日本からもおいてけぼりを食った」。そして、「白日にさらしたフィルムのように私の中の何もかもが黒ずんでしまい、努めて身につけた日本語がまるで、闇の言葉になってしまった」と。

 民族意識に目覚めた時鐘さんは中学を中退し、済州島に戻った。南朝鮮労働党に入り、朝鮮半島の南北分断に反対する武装闘争「済州島4・3事件」(48年)に参加したが、李承晩(イスンマン)政権によって多数の島民が虐殺される中、49年6月、身を隠すように船で日本に渡ってきた。あれから64年。「在日を生きる」を自らに課すように詩作や社会的な発言を続けてきた。

 1階の仕事場には、横長のテーブル、その脇にベニヤ板を切り貼りした手作りの執筆机。本棚には、作家の金石範(キムソクポム)さんや、かつての詩誌仲間でもある作家、梁石日(ヤンソギル)さんの作品、日本人の作家・詩人では辺見庸さんや辻井喬(たかし)さん、倉橋健一さん、細見和之さん、哲学者の鶴見俊輔さんらの著作が所狭しと並んでいる。

 いずれも、人間存在の淵源(えんげん)にまで目を凝らし鼻でかぎ分けながら、筆先に言葉を凝縮していく書き手だ。いわゆる思想、歴史、批評を幾重にもくるみ込んだ作品群をものしてきた。心寄せることのできる人たちのようだ。

 時鐘さんは著書や座談会の場などで、「日本的叙情や郷愁じみた情感と私は切れなければならないのだ」と書き、語ってきた。

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