内閣法制局は、憲法のご意見番ともいえる行政組織である。安倍首相は、そのトップ人事に踏み切る方針を固めた。今の山本庸幸長官に代えて、小松一郎駐仏大使をあてる。これまで一度[記事全文]
いまは5%の消費税率を、来年4月から8%に、15年10月には10%へと引き上げる。「社会保障と税の一体改革」の柱であり、法律も成立している2段階の消費増税について、安倍[記事全文]
内閣法制局は、憲法のご意見番ともいえる行政組織である。安倍首相は、そのトップ人事に踏み切る方針を固めた。
今の山本庸幸長官に代えて、小松一郎駐仏大使をあてる。これまで一度も法制局の経験がない外務省出身者を、いきなり長官に起用するのは異例だ。
参院選の直後、首相は集団的自衛権の行使容認に向けた憲法の議論を再開すると表明していた。積極派の人物をここで登用する人事は、容認への布石であることは明らかである。
平和憲法の原則にかかわる問題の議論を始めようというときに、人事から着手する手法には危うさを感じざるをえない。これでは、丁寧な議論が成り立たなくなるのではないか。
同盟国が攻撃されたとき、日本が自らへの攻撃とみなして反撃行動に出ることができる。それが集団的自衛権である。
歴代内閣は、その行使は「認められない」という憲法解釈で一貫してきた。それを支えてきたのが法制局である。
憲法9条は、必要最小限度の武力行使しか認めていない。集団的自衛権の行使はその一線を越えている――。
法制局は長年そんな立場を崩さず、解釈見直しにブレーキをかけ、政府見解や国会答弁の整合性を保ってきた。
イラクへの自衛隊派遣で議論になった「非戦闘地域」などの概念は、時の政権が法制局と折り合いをつけるために編み出した苦肉の策だった。
集団的自衛権の議論を進めれば、いずれかの段階で法制局長官を代えざるをえない。政府内ではそんな見方が強まっていた。今回の人事は、これまで繰り返されてきた法解釈論争を、一足飛びに越えようとする狙いとも受け止められる。
新長官になる小松氏は、外務省で国際法局長もつとめた外交官。首相の外交顧問役である谷内(やち)内閣官房参与とも近い。
憲法の解釈変更に向けては、首相の諮問機関が近く論議を再開する。こちらも変更の容認派の顔ぶれが並んでいる。
いうまでもなく、これは専守防衛という日本の安保政策の基軸をめぐる論議である。その前段で、まず人事権を使って外堀を埋めておこうとするかのような手法は、乱暴ではないか。
政府内に異論があるなら、一層時間をかけ、幅広い議論を尽くしたうえで合意を築き、国民に説明するのが筋だ。
過去の政府見解との整合性を軽んじたり、きめの粗い議論に陥ったりしては、憲法や法体系の信頼が揺らぎかねない。
いまは5%の消費税率を、来年4月から8%に、15年10月には10%へと引き上げる。
「社会保障と税の一体改革」の柱であり、法律も成立している2段階の消費増税について、安倍首相が慎重な姿勢を見せている。最終決断するのはこの秋で、さまざまな経済指標を見極めつつ、有識者からも意見を聞くという。
心配は、わかる。
経済はやっと上向いてきたものの、企業の業績改善が投資や家計消費を押し上げ、それが企業業績を支えるという好循環には乗り切れていない。デフレ脱却と本格的な経済成長への入り口にこぎつけたのに、増税で台無しにならないか――。
しかし、同時に財政規律への目配りを忘れてはならない。
先進国の中で最悪の財政難のなか、日本銀行は金融緩和のために、市場を通じて国債を大量に買っている。
これが「中央銀行による財政の尻ぬぐい」と疑われれば、国債相場は急落し、金利が急上昇して景気の足を引っ張る。そうなるとデフレ脱却と経済成長、財政再建のすべてが遠のいてしまう。
政権が消費増税から逃げるかのような姿勢を見せれば、その危うさは高まる。国際社会から「信頼できる中期財政計画」を示すよう求められているだけに、なおさらである。
消費税の増税分は、社会保障に回される。その一部は保育所の整備など子育て支援策に充てることが決まっている。
成長戦略の中で首相が重視する「女性が活躍できる社会」には欠かせない対策だが、増税を先送りすれば、その実現もおぼつかなくなる。
日本経済は、本当に増税に耐えられないのだろうか。
注目されるのは、8月中旬に発表される4〜6月期の経済成長率だ。民間調査会社の多くは年率換算で3%台の成長を予測しており、「増税の環境は整いつつある」との見方が強い。
リーマン・ショックのような世界経済の激変に見舞われない限り、予定通り増税を実施する前提で、残された課題に力を注ぐべきだ。
経済を自律的な回復軌道へと後押しするため、成長戦略の具体化と補強を急ぐ。
所得が少ない人たちへの現金給付など、負担増を和らげるための対策をまとめる。
増税前の駆け込み需要とその後の落ち込みをできるだけならすよう、知恵を絞る。
手をこまぬいている時間はない。