先の参院選は、自民党1強体制を生んだだけではない。底流では、着目すべき変化の兆しがあった。
ミュージシャンの三宅洋平さん(35)は、緑の党から比例区に立候補した。
有名ではないし、組織の後ろ盾もない。でも17万6970票は、落選した比例区候補の中で最も多く、最少得票で当選した人の7倍近い。
選挙戦最終日。東京・渋谷での「選挙フェス」は、演説と音楽を融合させた手法もさることながら、訴えの内容もまた、他の候補にはないものだった。
■「パワハラ民主主義」
「民主主義は、多数決じゃあだめなんだ。すべての人が大声を出せるシステムじゃなきゃだめだと思うんだ」
「議会をパワハラじゃなく、おれたちの話し合いの場に戻そうよ」
考えてみれば、多数決で勝てない人たちの利益は、あれもこれも侵害されている。非正社員の待遇。将来世代への負担のつけ回し。沖縄への安保のしわ寄せ。たしかに多数派によるパワハラかもしれない。
「だけどね、国会議員を孤独にさせて闇を生んだのはおれたちだぜ。注目し続け、意見し続け、政治を孤独にしないこと」
「一票入れてくれなんて、おこがましくていえない。好きに選んだらいい。自分が『こいつとなら6年、付き添える』っていう人間に、意見し続け、情報長者にするんだよ」
問題の根っこは、有権者の政治へのかかわり方にもある。演説は、私たちの民主主義の問題点を言い当てている。
三宅さんは、単純に敵・味方で分けることもしない。原発の廃炉を唱えたが、「原発をつくったやつにも事情があったんだよ」。中国でライブやったよ、いいやついっぱいいるぜ。韓国にも、マッコリ飲むたび尊敬の念しかわかないね……。
異なる意見をたたきつぶそうとする物言いが、世にあふれている。その連鎖をとめたい。
三宅さんはそう話す。
■「敵」をつくる政治
そんな訴えが新鮮に聞こえるのは、現実の政治が対極にあるからだろう。
郵政事業が、抵抗勢力が、官僚が悪い。生活保護は問題だ。既得権益に切り込めば日本は立ち直る――。近頃の政治は、「敵」や「悪者」を仕立てあげ、たたいてばかりだ。
経済成長が止まり、利益の分配で支持者をひきつけるのは難しくなった。それを穴埋めするために、敵との戦いを演出する「劇場型」の政治が広まった。
だが、それで少子高齢化やグローバル化といった問題が解決するわけではない。それどころか、支持をつなぎとめるため、さらに敵意をあおる悪循環に陥りかねない。
「敵」への不信感を接着剤にして、有権者とつながろうとする政治は危うい。信頼でつながる方法を探らねばならない。
かぎは、政治への市民の「参加」と「対話」にある。
三宅さんへの支援の核となったのは、音楽仲間やファンたち若い世代だ。
三宅さんは、ネットを活用する一方、ネットから飛びだそうと呼びかけていた。それに応えた若者たちが、一晩かけて親を説得したりして、支持が広がったという。
■流されない民意を
この選挙では、有名無名の個人が、特定候補を推薦する動きも目についた。
「年越し派遣村」村長だった湯浅誠さん(44)は5人の候補を推した。民主党政権で内閣府参与を務めたとき、どの政治家が何に、どんな思いで取り組んでいるか間近に見たからだ。
業界団体や労組のような組織は細った。代わりに個人が、人と人、人と政治をつなぐ役割を買って出ている。ネットの普及やネット選挙運動解禁で、働きかけやすくもなっている。
そんな環境を生かしながら、政治的立場を明かして対話することを当たり前にしたい。大切なのは、世代や立場の異なる人と話すことだ。そうすれば「敵」と思っていた人の抱える事情もわかってくる。その繰り返しが、敵をたたく論法に流されない「民意」をつくり出す。
参加と対話をどう促すか。そのための環境整備も必要だ。
壁となる制度は取り払わなければならない。たとえば選挙の際の戸別訪問だ。1925年に禁止され、同時に治安維持法が制定された。庶民が政治運動に加わるのを抑えるねらいがあったとされる。こんな時代遅れの規制は撤廃すべきだろう。
仕事でくたくたになり、対話どころではないという人が大勢いる。湯浅さんは「長時間労働を規制し、『市民としての時間』を取り戻さなければならない」という。
気の遠くなるような道のりだ。だが、そんなところから積み上げなければ、政治は育たないのかもしれない。