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荒物屋探訪〜北千住商店街で懐かしいアレに遭遇の巻〜

2009年11月23日

写真実家から送ってもらった茶ひつの写真。もちろん現役活躍中写真よくみれば頭上にこんなにかわいいホウロウのジャグが写真このサイズ豊富さ。「ないものはない」感じが炸裂した陳列から掘り出し物をみつけるのが好き

 荒物屋や金物屋は絶滅寸前の危機にあるとみている。ホームセンターや百円ショップやスーパーに客を取られているからだ。しかし、私は全力でこれらの業種を応援する。なにせ、荒物屋には会話がある。歴史がある。そして逆に、ないものはない。

 荒物屋巡りをしているとどこに行っても客と店主が話し込んでいることに気づく。立ち聞きしていると(そんなつもりはないが聞こえてくるのだ)、たいてい会話は「庭のホースある?」といった客の質問から始まる。店主は慣れたふうに「何メートル? 口径は?」と訊ね返す。そこから「この間までつかっていたのが割れちゃってさ。安いビニールはだめだね」などと会話が始まる。ホームセンターにはこの間(ま)がない。

 それから、だいたい親子二代続けている店が多いので、なにしろ商店街の歴史に詳しい。滋賀県彦根市には、江戸から四代続く店があった。客の大工も親子二代にわたってそこの金物を愛用している人もいるのだと、店主のおばあさんは誇らしげに語っていたっけ。

 「ないものがない」というのは、荒物屋は不思議で、そう大きな店舗でなくてもバックヤードには必ずいろんな商品が山積みでストックされている。棚のしたにも隠れ収納庫みたいなのがついていて、鍋のサイズ違いや鍋ぶたなど、客が願うものは、百発百中どこからともなく魔法のように店主は「あいよ」と言って出してくる。これ、おおげさではない。何日もいろんな商店街の荒物屋を見て回ったが、客から訊ねられたものを「ありません」と答えている店主はひとりもいなかった。ないものはないんだと、私はしみじみ感服した。

 おまけに、どの店の店主も荒物・金物に関して博識である。どんな小さな商品も、なんの素材でいつ頃から売られていて、本来はどう使うものなのか、たずねれば立て板に水のごとく解説してくれる。やはり、これは、どう考えても失くしてはいけない職業である。

 さて、東京・北千住の千住本町商店街の荒物屋であるものをみたとき、すぐに名前が出てこなかった。ええっと、ホームドラマによく出てくるちゃぶ台の隣に置かれていたあれ。実家では、たしか茶の間のキャビネットの上に置いてあった。大事なお客さんが来ると、母は大事そうに鎌倉彫の丸い蓋を開け、とっておきの九谷焼の湯飲みやねずの茶托、急須を取り出していたっけ。

 店主はさらりと言った。

 「ああ、それ茶ひつ。最近はあまり買う人がいないけど、それでも年に一つ二つは売れるんですよ」

 そう、茶ひつ! 思わず大きな声が出た。もう何年もその単語を忘れていた。古い旅館ではよく見るけれど、名を呼んだことがなかった。

 いったいいつから、家庭で見かけなくなったのだろう。

 調べると、茶ひつは茶櫃と書き、「ちゃひつ」「ちゃびつ」と呼ぶ。元々は煎茶道具を入れる容器で、茶道では「茶ひつ手前」といって、今でも蓋の上でするお手前があるそうだ。

 北千住のその店では2800円だった。2千〜4千円台の安いものは荒物屋に。特上ケヤキをくりぬいて作り、漆をすり込んだ70万、80万円という工芸品は百貨店の展示会や漆器店、器の専門店で売られている。

 ものぐさな私の考える茶櫃の最大のメリットは、お茶を煎れているときに席を立たなくて良いということだ。その場でもてなしを始め、完了する、小さな家に住む日本人らしい道具だなと思う。

 茶葉は匂いの移りやすいものなので、ここに入れておけば安心である。私は、お茶、コーヒー、紅茶類のいっさいをいれておく引き出しをもうけていて、かつて、大事な茶葉にハーブティーの匂いが移ってしまい、台無しにしたことがある。密封できる袋に入れておいたが、匂いの強いものを吸収しやすいらしい。特にデリケートな日本茶は、茶ひつに隔離しておくと安心である。茶ひつごと運べば、どこでもお茶を煎れられるのも嬉しい。

 日本の田の字型の家は、ひとつの部屋が客室にも寝室にも居間にもなる。布団もちゃぶ台も箱膳もすべて持ち運び、しまうことができるからこその住まい方だ。茶ひつもそんなポータブル文化の象徴。なかなか便利ではないか。

 2800円の赤札がついたそれを、荒物屋で眺めながら思った。お茶以外にも活躍してくれそうなポータブルミニキッチン。私ならどう使ってやろう。

 荒物屋という、ついこの間まで日本のどの町にもあった、この便利日用雑貨の小宇宙探訪記はこれからも不定期に掲載する予定です。

プロフィール

大平 一枝(おおだいら・かずえ)

長野県生まれ。女性誌や文芸誌、新聞等に、インテリア、独自のライフスタイルを持つ人物ルポを中心に執筆。夫、14歳、10歳の4人家族。

著書に、『見えなくても、きこえなくても。〜光と音をもたない妻と育んだ絆』(主婦と生活社)、『ジャンク・スタイル』(平凡社)、『世界でたったひとつのわが家』(講談社)『自分たちでマンションを建ててみた。〜下北沢コーポラティブハウス物語〜』(河出書房新社)、『かみさま』(ポプラ社)など。【編集または文の一部を担当したもの】『白洲正子の旅』『藤城清治の世界』『昔きものを買いに行く』(以上「別冊太陽」)、『lovehome』『loving children』(主婦と生活社)、『ラ・ヴァ・パピヨン』(講談社)。最新刊は、『センス・オブ・ジャンク・スタイル』『スピリッツ・オブ・ジャンク・スチル』『ジャンク・スタイル・キッチン』(風土社)の3部作。

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