【 散る花 02 】
written by ぱっきーちゃん illustrated by 猫ママちゃん
散り敷かれた桜の花びらが、白銀灯の下で青白く光っていた。
顔を合わせてもいきなり言葉は出ない。
ひとりで過ごした時間を言葉に換えるのは、それが真澄でも容易ではなかった。
二人はただ、言葉少なに窓の外を見ていた。
「1ヶ月半…そんなにか」
「この前はまだ冬でした。コート着て…
ほら、雪もちょっと降ったし。
寒かったのに、速水さんずっと外に立ちっぱなしで」
言葉と表情が少しずつほぐれていく。
離れた時間が埋まっていく。
「なら言えばよかったじゃないか」
「だって、あんまり嬉しそうにしてるんだもの…
雪は好きだって言ってたでしょう?」
話すうちに、記憶の糸が解けていく。
「言ったか?」
「あたしの傘差して平気で歩いてました」
「そうだ、イチゴ柄だ…あの時か。よくそんなことを」
―覚えていたんだ。
彼女の記憶にある自分が憎悪の対象だけでなかったことに、今更ながら真澄は驚いた。
無意識に体に張りつめていた力が抜けていく。
「その時の速水さん、不思議だったんです。今までと何か違うって。
だから覚えていたんだと思います」
意味のわからなかった記憶の断片がつながり始める。
二人のそれぞれに、新たに見えてくるものがある。
目線を落として、マヤはひとつひとつを確かめるように言葉を継いだ。
「やっと最近わかったんです。
伊豆の、ほら『隠れ家』の話。
あの時と同じ表情(かお)だって。
本当に好きなんだって。
そのときだけでも『本当の自分』っていうのに戻れるんだなって思ったら、あたし、何も言えなかっ
たんです。
邪魔しちゃいけないな、って」
語りながら口元が、そして目元がやわらぐ。
蕾が綻ぶような笑顔が、街灯を映して柔らかく廊下を照らした。
(どうして)
こみ上げるものに、彼は不意を突かれた。
抑え込もうして、言葉が詰まった。
何も言わずに真澄はマヤの背中を抱いた。
「…あの……」
「黙ってなくていいんだ。
言いたいことは言えばいい。そうだろう」
「でも、言えないことは言えません。
あなただってそうでしょう?」
上を向いた顔が、真下から男を見つめる。
「言わないこと、ないんですか?」
不意を突かれて、真澄は再び言葉をなくした。
はぐらかすつもりはなかった。
それでも、彼女の問いに真っ向から答えることはできなかった。
「君にはあるのか?」
マヤは顔を伏せた。
身体に回した腕に、静かな重みと温もりを真澄は感じていた。
「…あります。どんなにか言いたいけど、言うのが怖くて」
「同じだ。俺にもある。多くはないが」
風が向きを変え、雨足が窓ガラスを叩く。
窓の外の桜が、濡れた窓を通してゆらめく。
それぞれの記憶の中で、しかし同じ風景を二人は見ていた。
「桜、もうじき終わりですね」
回された腕の中から、低くマヤが呟いた。
「桜の花ってきれいだけど、すぐに散ってしまってさびしいなって思うことがあります」
脳裏に浮かぶ鮮烈な花の色は、目の前の桜とあまりに対照的だった。
「梅の谷ではずっと花が咲いていたから、余計にそう思うのかもしれません。
それに、今日みたいに雨が降ったらもっと早く散ってしまって……」
「梅も散る。見たんだ」
「え?」
やにわに真澄が口を開き、マヤは思わず頭上の顔をのぞき込んだ。
「いや、散るというより枯れたんだがな。
紅梅村で君がくれた花が、村を出たとたん全て枯れ落ちた」
「そんな……」
暗がりの中でも、マヤの顔が青ざめていくのが見て取れた。
「社務所にあった伝説…まさかそんな」
「ああ。信じられなかった」
記憶と共に、彼は蘇るものを感じていた。
虚無感、あるいは絶望。
自分の在りようを拒まれ、受け容れられず、ひとり取り残された孤独。
空洞になった体内を吹き抜けていく風に体温を奪われていくような寒さが、彼を襲った。
温もりを求めて、真澄はマヤの身体を抱き締めた。
それでもなお苛む寒さに耐えかねて、彼女の細い肩に彼は顔を埋めた。
苦渋の中から絞り出される震えた声を、初めてマヤは聞いた。
「全てを否定された気がした。
あの日は幻だと」
花に降る雨。
濡れて冷えきった身体。
口にできない思いを抱えて寄り添った一夜。
……ふたりだけの記憶。
「あれは全て夢だったと、何もない現実を叩きつけられた気がした。
誰にも言えなかった。
一人になって思い出すのが苦しかった。
やっと話せた。
今君にだから言えた。
信じたくなかった。
考えたくなかった。
……怖かったんだ」
身体の前で組まれた真澄の指先が白んでいた。
触れたその冷たさに、マヤは胸を鷲掴みにされたような痛みをおぼえた。
− つづく −
2011.05.12
|NEXT|BACK│PRESENT TOP│
|