特集ワイド:続報真相 福島第1原発事故 汚染水、本当の深刻度

2013年07月26日

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 ◇ルート未特定、まずは地下水の全体像つかめ

 国際原子力機関(IAEA)が、東京電力福島第1原発事故の「収束への最大の壁」と呼んだ汚染水。これまで一応管理できているとされてきた放射性汚染水が、海に流出しているという。今そこにある「汚染水危機」の実態は? 防止策はあるのか。

 ◇原子炉建屋から?分かれる見解

 13年前まで福島第1原発の所長を務めていた二見常夫・東工大特任教授(70)は22日夜、自宅でテレビを見ていた。

 「東京電力が放射性汚染水が海へ拡散している可能性があることを認めました」。アナウンサーの言葉に「やっぱり!」と思った。すぐに東電のホームページで情報を確認。「もっと早くから海への拡散に対応しておくべきだった。また後手後手に回ってしまった……」。ため息が出た。

 6月3日、海から約30メートルの1、2号機近くの井戸から1リットル当たり50万ベクレルのトリチウム、1000ベクレルのストロンチウム90が検出された。その後、近くの井戸からも放射性物質が次々と検出され、7月10日にはセシウム134が1万1000ベクレル、セシウム137は2万2000ベクレルに上った。ちなみに飲料水の放射性セシウムの基準値は10ベクレル。事故直後の暫定規制値でも200ベクレルで、井戸の汚染は深刻だ。

 現在原子炉建屋には、1日約400トンの地下水が流れ込んでいるとみられている。建屋は1~4号機とも事故時に大きく破損しているが、線量が高すぎて近寄れず、詳細はいまだに分からない。

 汚染水はどんなルートで海へ流出しているのか。東電は「タービン建屋から海へトレンチ(配管などを通しているコンクリートのトンネル)がのびている。そのトレンチにたまった汚染水が流出している可能性がある」。トレンチの汚染水は事故時に大量に水が漏れたり、海水を取り込んだりしたもの。原子炉建屋から汚染水が漏れ続けているわけではないと主張する。だが、専門家の間で意見は分かれているのが実情だ。

 国の汚染水処理対策委員会の大西有三委員長(67)=京都大名誉教授=は東電の主張を肯定し「正確には分からないが、爆発した原子炉建屋から今も流れ出ているわけではないと思う」と話す。建屋の中の水位を周囲の地下水の水位より低くすることで、水圧を低くしていることが理由だ。「原子炉建屋のあちこちに亀裂ができ、そこから地下水が流れ込んでいるだろうが、逆に外へはあまり流れ出ていないはずだ」と話す。

 一方、二見教授は「原子炉建屋で溶けた燃料に触れて汚染された水が、現在もタービン建屋を伝ってトレンチに流れ出ている可能性がある」とみる。

 現在、原子炉建屋とタービン建屋を渡る配管やケーブルの貫通部の隙間(すきま)などから、原子炉に注水された水がタービン建屋に漏れている。さらに2号機と3号機ではタービン建屋の水位が変わるとトレンチ内の水位も変わることが確認されており、タービン建屋とトレンチの間で水が行き来している可能性がある。この二つがつながることで、原子炉で汚染された水がトレンチまで流出するルートが想定できるという。

 原子炉建屋から直接地下水に漏れている可能性を懸念する専門家もいる。産業技術総合研究所の丸井敦尚・地下水研究グループ長(55)は「原子炉建屋の壁はとても厚いが、その壁の外側から1日400トンもの地下水が流れ込んでいる。家庭の風呂の約2000杯分で、壁に大きな亀裂があると考えてもおかしくない」と指摘。その上で「そこまで壊れているのに水位を下げているから汚染水が絶対に外に漏れない、というのはちょっと乱暴な説明ではないか。漏れていると想定して先手の対策を講ずるべきだ」と話す。

 ◇港外への漏れの有無、わき水観測で可能

 現場では故吉田昌郎元所長が指揮を執っていた頃から「廃炉に向けて汚染水の処理が大きな課題」と言われていた。最も避けるべきなのは海への流出だ。また汚染水が増え続けると保管場所の確保が困難になり、廃炉作業の障害になる。海への流出が明らかになった今、汚染源や流出ルートの特定が急務だ。

 海への流出ルートがトレンチだけなら「まず大量の汚染水がある2号機と3号機のトレンチと、タービン建屋のつなぎ目を早く塞ぐことが必要」と二見教授は言う。効果的なのは「つなぎ目を凍らせること」で、トレンチを水抜きし、コンクリートで埋める作業が必要だ。

 しかし、トレンチだけが流出ルートとは限らない。丸井グループ長は「とにかく観測井戸が少なすぎる」と厳しい表情で語り、原発敷地の地下水の流れの全体像がつかめていないことを問題視する。「建屋と問題の井戸の間に10本も掘れば、漏れ始めたところはどこか計算できる。時間がたつとどんどん汚染が広がって調査が難しくなる。一日でも早いほうがいい」と指摘する。

 東電は「専用港の外の海には漏れていない」と説明するが、丸井グループ長はその点にも疑問を示し「専用港の外側に建つ防波堤の海側の海底に地下水がわき出る場所がある。そこを調査すべきだ」と強調する。魚がよく集まる場所で、福島県の水産関係者や漁師も知っているという。海水の調査だけでは海流ですぐ希釈されてしまうが、わき出ている部分で地下水を直接観測すれば、汚染されているかどうかが分かるからだ。

 東電の計算では、地下水は1年に約30メートルの速さで海に向かって流れている。問題の防波堤の海側までは建屋から2キロぐらいあり、丸井グループ長は「今ならまだ拡散を止められる」という。

 海への流出とは別に、回収した汚染水の保管場所も大きな問題だ。現在約32万立方メートル(ドラム缶換算で160万本)をタンクに貯蔵しているが、大西委員長は「敷地内に保管するとなると、残るスペースはあと2年分ぐらい」と話す。二見教授は「放射線量が高い中での作業のため貯蔵タンクは急造で、溶接不良やつなぎ目の締め付けが十分でないところがある」と苦い顔だ。そこから漏れる恐れもあり「周辺の工業団地や福島第2原発の施設を使い、仮設ではなく十分に耐用性があるものを造るべきだ」と力を込める。

 ◇「凍土で壁」に国予算 際限ない維持費

 汚染水処理対策委員会は、1~4号機の原子炉建屋とタービン建屋のまわりの土を全体的に凍らせ、水を通さなくする「凍土遮水壁」を地下水対策の「切り札」として投入することを決めた。

 「問題なのは、世界で誰もやったことがない大規模な工事であることだ」と大西委員長は言う。今までの日本の地下トンネル建設で経験された長さの100倍ぐらいにはなるという。U字形のパイプを80センチから1メートルの間隔で埋め、そこに不凍液を流して周辺の土を凍らせる工法だが、本当に間の土が凍るかが大きな課題だ。

 うまくいけばトレンチごと凍らせることができ、タービン建屋とトレンチの間を埋めることができる。国が予算をつけて、今年中に現地で実験する予定だ。大西委員長は「これができれば建屋内に入り込む水をある程度コントロールでき、溶けた燃料に触れて新たに生まれる汚染水を減らすことができる。周囲の線量を下げることも可能。燃料の取り出しに向けて大きな進展となる」と期待する。

 これに対し丸井グループ長は「凍土方式は最新技術だが、一回始めたらやめられない麻薬のようなもの」と説明する。毎年維持費として膨大な電気代がかかるうえ、凍らせていた土が解けた場合、もともと水を通しにくかった粘土質の土に隙間ができるなど逆に水を通しやすくなってしまう。「凍土壁が解けた場合を想定し、凍土の外側に鉄の連続壁を造ったり、さらに外側に井戸を掘って周辺の地下水を減らしておくなど二重三重のバリアーが必要」と警告する。多重のバリアーは海側にも造り、遮水壁やガラス系の薬液を投入する防止壁など重層的な対策をなるべく早くしなければならないという。

 「東電は『自分たちが何に困っているのか』をオープンにして、知識や技術を広く求めなくてはいけない。国はこれまで現場作業や調査はほとんど東電にまかせきりだったが、今後は本格的に協力しないととても収束ははかれない」と二見教授は忠告する。

 海への汚染を広げず、何十年にもわたる廃炉の道を歩むためには、国内外の英知の結集が求められている。【田村彰子】

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