【特集・憲法】9条 世界に伝えよう - 鈴木敏夫

スタジオジブリ

2013年07月27日 08:30

 ジブリの企画は、いつも宮さん(宮崎駿監督)から「次どうしよう」って相談があるんです。たいがい、僕が「これがいい」って言うと、「分かった」ってやってくれる人なんですよ。ほとんど躊躇なく。

 ところが、今回は違った。彼が模型雑誌に描いていた「風立ちぬ」の原作があって、僕が「これをやろう」と言ったら、いきなり怒りだしてしまって。鈴木さん、何考えてるんだ、と。「アニメーション映画は子どものためにつくるもの。大人のための映画はつくっちゃいけない」と。三十年間付き合ってきて、初めての出来事でした。

 も、僕は食い下がった。宮崎駿は一九四一(昭和十六)年生まれ。子どもの頃は戦争中。だから、宮さんの言葉を借りれば、物心ついた時に絵を描くとなると、戦闘機ばかり。でも、一方では大人になって反戦デモにも参加する。相矛盾ですよね。

 もしかしたら、それは彼だけの問題じゃなく、日本人全体が、どこかでそういう矛盾を抱えているんじゃないか。まんが雑誌とかで、戦争に関するものをいっぱい知っているわけですよ。戦闘機はどうした、軍艦はどうした、とか。でも思想的には、戦争は良くないと思っている。その矛盾に対する自分の答えを、宮崎駿はそろそろ出すべきなんじゃないか。僕はそう思った。年も年だし。これはやっておくべきじゃないか、と。

 日本が起こした戦争をどう描くかによって、将来の日本のビジョンが見えてくる。今回、宮さんらしいなと思ったのが、国のために色々やった人を描くんじゃない、というところ。それは、どの作品でも一貫してると思います。「紅の豚」(九二年公開)という映画も主人公はある時期、国のために戦ったわけです。そのむなしさを知ったがゆえに、豚になって生きているという設定。「ハウルの動く城」(二〇〇四年公開)は反戦というか、厭戦です。

 現実の写し絵です。日本はずっと戦争がないけれど、世界の各地では減るどころか、増え続けているわけでしょ。いつまでこんな愚かなことをやり続けるのか、っていうことでしょうね。

「風立ちぬ」に戦闘シーンは出て来ません。起きていることとして、みんな知ってるわけでしょ。多くの映画は、そういうものを描いていますけれど。

 みんな戦いが好きですよね。自分が勝つ側に立つからでしょう。負ける側に立った途端に、やってられない。ジブリでも昔、「戦争の名人」と呼ばれた名将を取り上げたいと言ったやつがいて。「おまえ、自分のこととして考えろ」って言いたくなった。もしその企画をやるとしても、僕なら名将に連れて行かれてひどい目に遭う、一兵卒の視点から描きたいですけどね。

 平和ぼけですね。想像力に欠けているわけでしょ。安倍さんなんかはね、年が若いのになぜああいうことを考えるのか、ちょっとピンときません。もう少し上の世代だったら分かる気もするんですが。やり方を間違えたから日本は負けた。間違えなかったら勝っていた。そう考える、ある年齢の人たちがいるのを僕は知っていますしね。

 やっぱり、「三分の二※1」じゃなくちゃいけないんじゃないですか。そんな大事なことを決めるのに、「二分の一」じゃだめですよね。それをやっておいて、将来、何になるかって問題でしょ。やめてほしいですよね。そもそもいま憲法改正に、みんな、そんなに興味あるんですかねぇ。そうじゃないでしょ。そんなことより、自分たちの生活をどうするんだってことの方が大変で。だから、僕は、政治家の独りよがりだと思っています。

 アメリカがつくった映画と闘おうとか※2、そういうことは一度たりと考えたことはありません。僕らは日本の人に見てもらうものをつくる。それを外国の人が見て、面白いと言ってくれるんなら、うれしい。それだけなんですよ。

 僕、日本が憲法九条を持っているって、海外の人はほとんど知らないと思う。だって自衛隊があるしね。そっちを知っているわけでしょう。だから日本が世界にアピールするとしたら、九条ですよね。これだけの平和は、九条がなければあり得なかったわけですから。僕はあってよかったって立場だし、たぶん宮さんもそうなんじゃないかと思います。

 日本には美しい森林もある。自分の国は自分で守るという考え方もあるでしょうが、平和憲法を持ち、森と水がきれいな国をね、みんな侵せますか。そこへ侵略する国があったら、世界の非難を受ける時代でしょ。現代って、一国の暴走に世論がブレーキをかける時代なんです。宮さんや僕が尊敬する作家の堀田善衞さんが、こんなことを言ったことがあるんです。「人間の歴史は、殺し合いだ」って。その殺し合いが、だんだん残虐になったのが歴史だと。最初は宗教をめぐる争いで、あるときから国家同士の争いになった。人間というのはそういうことをするもんだなぁっていうのが、実際にあるわけですが、その中でね、やっとたどり着いたわけでしょ、この平和憲法に。すごい理想主義でしょ。人間がそこまできたってのは、すごいこと。僕はそう思いますけどね。

(映画プロデューサーすずき・としお)



  ※この原稿は、2013年5月3日、中日新聞朝刊、「『われら』の憲法」に掲載されたものです。脚注は今回編集部が入れました。

 [編集部注]
 *1......日本国憲法第条には「この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする」とある。安倍首相は、最終目標を憲法九条改憲としつつ、まずその前段階として、三分の二を二分の一に引き下げたいという旨の発言をしている。

 *2......ジブリ作品は海外での評価も高い。「千と千尋の神隠し」は、第回ベルリン国際映画祭で、アニメーションとして史上初の金熊賞を受賞、第回アカデミー賞では長編アニメーション部門のオスカーを受賞している。


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