「国立がん研究センター」研究費プール問題の深淵
厚生労働省はなぜか「第三者機関」を設置しなかった。二・二六事件から77年が経過した2月26日。厚労省仕切りの記者会見で国立がん研究センターは発表した。
情報公開に後ろ向きな掘田氏
「中央病院の牧本敦・小児腫瘍科長が国の研究費、約2570万円を不正にプールしていた。一部を家電製品の購入などに私的流用した。牧本氏を懲戒解雇とする」
報道によれば、牧本氏は2007年度から08年度にかけて、厚労省から合わせて約2億2000万円の研究費を受け取っている。物品納入業者に架空発注し、代金を過大に払う→その分を不正にプールする手法で「裏金」を作ったといわれる。09年1月~11年5月の間、私物であるテレビやエアコンなど62品目の代金に578万円を充てていた。
この会見に本誌は出席していない。堀田知光理事長への「政権交代」以降、国がんの情報公開への姿勢は一変。前任者である嘉山孝正前理事長時代であれば、普通に送られてきた会見開催のプレスリリースの送信がばったり途絶えた。特に厚労省や文部科学省が関与している会見はその傾向が顕著。記者クラブ系メディアにのみ門戸を開いている。
牧本氏を引き上げたのは高上洋一氏(現聖路加国際病院教育・研究センター研究管理部部長)だといわれている。高上氏は徳島大学医学部の医局で牧本氏の先輩に当たる。この高上氏を抜擢したのが総長として国がんに君臨した垣添忠生氏だ。
「『倫理』以前の問題として、研究者は生き残りのために民間からのキャッシュフローに転換していかざるを得ない。大学の寄付講座でも立ち上げ当初は科研費に頼ったとしても、いずれは減らしていく。パイ全体が急速に収縮している環境なら当然です。ところが、その点で科研費が恒常的につく国がんは異常。牧本氏の最大の特徴は業績がゼロに近いこと。10年間で一流誌への論文掲載は皆無。にもかかわらず、億単位の公的研究費を得ている。これは『大教授』級のランクです」(国がんで勤務経験のある医師)
問われるのは「出していた側」の見識である。厚労省と審査の担当者は牧本氏のどこに可能性を見いだし、血税から億単位の出費を恒常的に認めてきたのか。
厚労省による科研費の恣意的な分配。この弊害は本誌でも指摘してきたし、半ば公然の秘密といえる。
一例を挙げる。05年度「第3次対がん総合戦略研究事業」で厚労省はは総計39課題を採択。22億3000万円を交付している。驚くべきことに、このうち18課題で国がん関係者が主任研究者の任にある。76%に当たる17億1000万円が交付された。
国がんは10年、独立行政法人化。理事長に廣橋説雄総長は就任できず、山形大学医学部長だった嘉山氏が任命されている。嘉山氏の手腕に期待が寄せられた。だが、科研費運用は厚労省マターとあって、岩盤の固さが尋常ではない。10年度の同事業は63課題を採択。国がん関係者が主任研究員を務めたのはこのうち29課題。全体の6割を占める19億7000万円が築地と松戸に下りている。
問題の根幹はどこにあるのか。
「国がんの看板である『政策医療』にその一端がある。医師不足をはじめ、医療問題が世間の注目を浴びれば、厚労省は動かざるを得ない。手っ取り早い『対策』は予算をつけ、研究班を立ち上げることです。班長は厚労省の息がかかった施設から選任されることになる」(同前)
「厚労省と一体」(公的病院幹部)である国がんはその施設の最右翼。理事長は厚労省の意向に唯々諾々と従うだけ。「置き物」である。例えば、堀田氏は2月、政府の健康・医療戦略参与に任命されている。これはまさに厚労推薦枠そのものだ。
そもそもこれらの政策課題が浮上した背景には厚労省の推進した政策の失敗がある。ひとまず世論に迎合し、対策を取った形を装うことで厚労官僚の責任はうやむやにできる。厚労省は科研費運用で幾多の「弾よけ」を量産しているにすぎない。
「この事件ではすでに警察が動いている。贈収賄での立件を視野に入れています」(国がん関係者)
事は牧野氏に限った問題ではない。国がん病院幹部を経て関西地区の大学に転じたある医師の事例。
「とにかくよくたかってくるんです。海外出張の際は女性同伴が当たり前。当人は『妻だ』と説明しますが、そんなもの確認のしようがありません。しかも、『同伴の事実は国がんには届けるな』と厳命してくる」(国内大手製薬企業関係者)
患者への説明は後回し
実績に乏しい牧野氏が研究費に事欠かなかったのは、「政治的」な後見役、しかも相当に有力な人物を抱えていたからだ。垣添氏である。
09年の政権交代直後、仙谷由人・行政刷新担当相は自らのライフワークと思い定めるナショナルセンター改革に乗り出す。国がんはまさに頂門の一針。嘉山氏の人事もその一環だった。仙谷氏は垣添・廣橋両氏をはじめ、歴代総長が温存してきた風土や文化の一掃を企図する。
「牧本氏の師である高上氏は依願退職しました。垣添氏に抜擢された『経歴』が問題視された。垣添色の排除が狙いです」(国がん関係者)
牧本氏は10年以降、科研費を獲得できていない。仙谷氏と嘉山氏の手による改革の進展で垣添氏の影響力が著しく低下した時期に重なる。
救急医療が地域で完結せざるを得ないのとは対照的に、がん医療には比較的時間に余裕がある。それは「雑念」や「夾雑物」が入り込む素地でもある。今回の事件は厚労省が「(統制が利きにくい)関東軍」と呼ぶ国がんだからこそ起こり得た。
「ナショナルセンター間の勢力図は長く1強5弱の常態。政治権力とつながりやすいのが力の源泉です。政治家は国がんを支援者に紹介できれば点数稼ぎになる。国がん側は厚労省と対抗する上での後ろ盾として政治家を活用する。官僚にとっては間接的な情報提供はありがたい。ずぶずぶの関係です」(同前)
垣添氏の栄華も例外ではない。
「彼は泌尿器科医。50歳以上で発症することが多く、治癒率も高い前立腺がんの治療を通じて要人と接点を持つ機会が多かった。国がん内で権力が失墜しても、読売新聞の一面に連載コラムを持つことで影響力を何とか維持できました」(同前)
最大の問題は患者が不安に駆られていることだ。例えば、牧本氏の更迭後も診療は継続されるのか。国がんからはまともな説明すらない。
厚労官僚の恣意的な運用。従順な子分だけを優遇。世論による批判逃れの意図。見せ掛けの「実績」を作る──。今回の事件が浮上した土壌は「医療版事故調査委員会」をはじめ、厚労省の本質にも通じる。
やはり、厚労省はお得意の第三者機関設置を急ぐべきではないか。
2013年4月 1日 09:30 | 厚生労働省・病院・行政