今週の本棚・本と人:『歴史認識を問い直す』 著者・東郷和彦さん
毎日新聞 2013年06月16日 東京朝刊
(角川oneテーマ21・820円)
◇外交における“謙虚さ”とは何か−−東郷和彦(とうごう・かずひこ)さん
バブル崩壊後の「失われた20年」は経済力だけでなく、外交の力まで削(そ)いだ。その間、中国は高い経済成長と強大な軍事力を背景に台頭した。先の米中首脳会談で尖閣諸島問題が長時間協議されるなど、一触即発の日中関係の行方は国際社会の大きな関心事である。繰り返される「外交敗北」にどう対処すればいいのか。外交官出身の著者は本書で「世界で通用する歴史認識の構築が何よりも重要」と重ねて説いている。
領海侵犯を続ける中国を前に、著者は「戦後日本外交が直面したことのない危機にある。『平和ボケ』から脱却を」と声を大にするが、タカ派的言動とは趣を異にする。国際政治のセオリー通り、相手の圧力には、こちらも相応の力で応じる「抑止」と、戦争を避けるための「対話」で当面臨むしかない。その際求められるのが「謙虚さ」と指摘する。「第二次大戦で日本が苦痛を与えた人々の立場になって、心の窓を開いてもらうことが欠かせないのです」。それは、いわゆる自虐史観とは一線を画すものだ。
「中国は『日本帝国が侵略し尖閣を窃取した』と物語を作り、国内外の世論に訴える。靖国問題と同じ文脈です。日本の『右傾化』と相俟(あいま)って爆発的な相乗効果を生む」。こうして日本を見る目は厳しくなっていく。慰安婦問題もしかりである。ユダヤ社会と連携する韓国系米国人が、ホロコーストと慰安婦を同列に「人道問題」と批判。歴史認識で中韓両国が足並みをそろえ、国際社会での「孤立化」も懸念される中で飛び出した橋下徹大阪市長の「風俗活用」発言への強い反発は論を俟たない。
いざという時の日米安保条約「万能」論にも疑問を投げかける。「日本が自ら領土を守る覚悟が必要です。理念を大切にする米国からすれば、指導者が戦中の残忍行為を否定したり、女性の人権を傷つけたりする国のために、自国の兵士の血を流せないと判断しても不思議ではない」
結びで新たな国家ビジョンにもページを割いたのは外交現場で長年培った愛郷心ならではだろう。<文・中澤雄大/写真・藤原亜希>