5歳になった。
誕生日はみんなが祝ってくれた。
この国には誕生日を毎年祝うという習慣がなく、一定の年齢になると、家族や近しい人物が何かしら送るのとするのが通例であるらしい。
一定の年齢というのは、5歳、10歳、15歳。
15歳で成人とするらしいので、その年が祝いの品をもらえる最後の年となるのが一般的だそうだ。
ロックスは剣を贈ってくれた。
小さな木剣を一本。
俺の身長と手の大きさに合わせて作られたようで、少し重いが、持ちやすい。
「いいか、レリィ。男には守らなければならないものがある。何者かにそれが脅かされた場合は、己の力で立ち向かわなければならないんだ」
酒の入った父親の話は長い。
欠伸を我慢していると、最終的にジェニーが「長い」と咎めた。
ロックスは苦笑し「明日からは、本格的な剣術の訓練にとりかかる。いつも以上に精進するように」と締めくくった。
要約すると、剣を持つことへの自覚と覚悟を説きたかったらしい。
ジェニーからは一冊の本を貰った。
「レリィは本が好きだから」
そう言って手渡されたのは、『デリックパーソン最後の一振り』というタイトルの小説だ。
デリックパーソンという名前は、ひねくれ者の鍛冶屋としてちょくちょく他の小説にも名前が上がる。
この世界の小説はノンフィクションで書かれている場合が大半で、同じ人名などが全く別の著者の作品に登場することも多々ある。
その中でもデリックパーソンは名脇役で、家においてある小説の全てに名前が出るほどだ。
その人物が主役の小説とは、なかなか読み応えがありそうだ。
「ありがとうございます。母さま、とってもうれしいです」
そう言うと、ぎゅっと抱きしめられた。
ドロシーからもプレゼントを貰った。
手の平を縦に二枚分といった長さの、先端に小さな水晶がついたロッドを手渡された。
「誕生日おめでとうございます。師匠は初級魔術を覚えた弟子には杖を送るものだったのですが、うっかりしていました。お詫びというわけではありませんが、少し工夫を凝らしましたので普通のものよりは使いやすいと思いますよ」
このうっかり屋さんめ。
いつもは素手で魔術を使用していたので杖の使いやすさとかはあまり分からないのだが、まあよしとしようではないか。
「大切にします、師匠。これからもご指導よろしくお願いします」
師匠はどこか困った顔をして頭を撫でてくれた。
リリーナはいつも以上に料理に手塩をかけたという。
みんなから祝福され、おいしい料理に舌鼓を打ち、その日は心に残る一日となった。
―――
剣術には3つの流派が存在する。
1つは剣神サザーランドが広め、他2つの流派の祖ともなった剣神流。
攻撃こそ最大の防御と言わんばかりの攻めの剣術であり、この世界では最も使い手の多い剣術だ。
もう1つは守神流。
サザーランドの弟子の一人であるデュアレスが編み出した流派で、師である剣神の猛攻を御する術を極めた剣術と言える。
後の先を理とする防御の流派である。
最後に黙神流。
これは剣術というより、兵法に近い。
剣神の教えをソロルドという弟子が自分なりに解釈し、分かりやすいように実践して広めようとしたところ剣神流とは全く違った剣術となってしまったという成り立ちがある。
ようするにおバカが考案した剣術だということだが、なかなかどの流派よりも実践向きで応用に優れているとのこと。
こういうものを編み出してしまう人物を天才と呼ぶのだろうな。
そして、これら剣術は強さを表すランクがある。
初級、中級、上級、聖級、王級、神級。
王や神などと、どの世界でも強さの基準は非常に分かりやすい。
ちなみに魔術師も同じようなランク分けがされている。
呼び方は、剣士の場合は剣聖、剣神。
魔術師の場合は水聖級、水神級などと呼び、『級』をつけるのが一般的のようだ。
例えば、ドロシーは『風聖級魔術師』と呼ばれるらしい。
風の魔術が得意なんだそうな。
「魔術を一つの系統のみに偏るなど愚かとしか言いようがありません。全てを均等にこなしてこそ苦手系統のフォローもできますし、得意系統の強化にも繋がります」
いまドロシーが説明しているのは複合魔術のことだ。
霧を発生させる魔法は教本には載っていない。
なので魔術師は、水系の魔術と他の魔術を組み合わせることによってそれを再現させる。
創意工夫と研究によって、こういった魔術は生み出されていくのだ。
「ただし魔術を過信してはいけません。魔術師にだって出来ないことはあるんです」
と締めくくりにドロシーに窘められた。
大岩を持ち上げてくれとか、屏風の虎を捕まえてくれなどというトンチンカンな無茶を言いつけられる以外ならそれほど困りはしなさそうなんだがな。
応用次第では本当に万能な気もするが、師匠がそう言うからにはそうなのだろう。
自分はなんでも出来ますよと吹聴して回る必要もないだろうし。
「それにしても、レリィは本当に賢いですね」
いきなり褒められて俺は目を丸くした。
話題の提供にしてはいささか突飛すぎるだろう。
照れちゃう。
「いえ、師匠の教えの賜物です」
そんなことを言いつつもニヤニヤ顔が治まらない。
そう、俺は褒められて伸びるタイプなのだ。
「それに決して驕ることもなく、私を立ててくれる。そんな人は今までいませんでした」
ああ、それは分かる気がする。
幼い見た目に加えて、この子はすこしドジっ子なのだ。
以前も木の根元に大量に水を撒いて腐らせてしまったことがある。
ようは舐められやすいのだ。
だが、この小さな魔術師はすごいんだ。
ドロシーがこの家に来てからというもの、村人が訪問する機会が多くなった。
どうやらドロシーに頼りたいことがあるらしい。
ドロシーは俺の授業がないときは、こうして村の人々のために魔術を駆使して助けてあげていたのだ。
人族は魔族に対する差別意識がまだ残っているとのこと。
ドロシーはそれを払拭し、自分の、ひいては魔族の評価の底上げに貢献したのだ。
「今まではそうかもしれませんが、これからは違います。少なくとも、この村の人々も、僕も、ドロシーが大好きです」
「……ありがとうございます」
ドロシーは俺をぎゅっと抱き寄せた。
貧しい胸が顔に柔らかく、気持ちいい。
「……ですが、そろそろ私の教えられる事も少なくなりました。卒業も近く行う予定ですので、覚悟はしていてくださいね」
………………なぬ?
卒業?
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