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【社会】

「原発は構造的問題」 東海村・村上村長一問一答

2013年7月25日 10時03分

終始伏し目がちに話をする東海村の村上達也村長(左)=茨城県庁で

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 茨城県庁で二十四日会見し、引退を表明した東海村の村上達也村長(70)。約一時間にわたった会見中、終始伏し目がち。質問には淡々と答えた。最後に「もう疲れたよ」と漏らし、中国の詩人・陶淵明が退官の決意をうたった「帰去来辞」の一節を引用して「まさに『帰りなんいざ、田園まさに荒れなんとす』という心境だ」と語った。主な一問一答は次の通り。(成田陽子)

 −引退を決断した理由は。

 四期目を起承転結の「結」として、私の目指す村政を決着したいと考えていたが、二〇一一年三月の原発事故以降、村内の原発にどう対応するかが大きな課題になった。それに対して「もっとやってくれ」という声が強かったが、もともと四期十六年が限度だと思っていた。

 −引退を決めた時期と相談した人は。

 村議の何人かとか、後援会の人たちと相談してきた。東海第二原発の再稼働を止めたいという人たちとも話してきた。最終的にいつ腹を決めたのかと言うと、まさに私の妻の告別式の後ということになる。

 −今月、奥さまが亡くなったことが理由か。

 全てではないが、私の心の中では全然ないとも言えない。

 −今も後ろ髪引かれる思いはあるか。

 やはり東海第二原発の問題が未決着であるということ。安全対策工事が相談もなく着工され、(電力会社の)社長が再稼働申請をすると表明されたこともある。私も強く抗議し工事中止を求めているが、そのことが未解決の中で引退を表明することは非常に後ろ髪引かれる思いだ。

 −震災以降「脱原発」を表明し、社会は変わったと思うか。

 参院選を見ると、表層雪崩のようにどんどん悪い方に行っている気がする。大震災や原発事故を経験して、経済や発展を優先する日本人の価値観が変わり、もっと地に足が着いた社会を目指していくのかと思っていたが、そうなっていない。しかし、原発問題については完全に変わった。参院選では争点にならなかったが、過半数以上の国民が原発廃止を求めているはずだ。

 −後継者とした山田修副村長について評価する点は。

 行政能力があり、役場職員に対する指導力もある。特に人事問題については私と極めて考え方が同じ。村民の意見を聞く姿勢もきっちりある。何よりもこういう難局で村長を引き受ける決断をしたことは常人ではできないこと。その思いを私は高く評価している。

 −今後は一個人として脱原発活動に携わる考えは。

 私は「脱原発をめざす首長会議」の世話人をやっている。辞任後も続けたいと思うし、もっと全国的な活動に展開していくように注力していきたい。

 −脱原発派の先頭で旗を振り続けるつらさを感じたことは。

 私は鈍感だからあまり感じなかった。原発問題は日本の構造的な問題。これを解決しないと、民主化も新しい産業の発生もない。原子力業界は強大な権力集団で、民主主義に反するものだ。福島であれほどの事故を起こしながらも、そういう権力集団があるために方向転換できない。最後は自滅に向かっていくと心配している。日本の将来を考えて、言うべきことは言わなくてはならないと危機感を持っている。今後は憲法問題についても発言していきたい。

 −村長の辞任で脱原発の流れが変わる可能性は。

 変わらない、と私は思っている。中央で原発再稼働の動きが急になってきて強い危機感を持つ人たちが増えている。私が辞めることによって変わることはないと確信している。

(東京新聞)

 

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