目黒警察署物語 〜佐々警部補パトロール日記〜
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元警察官僚で作家、危機管理の専門家である佐々淳行さんの著作「目黒警察署物語 〜佐々警部補パトロール日記〜」を読みました。 内容は警察官になったばかりの若き日の佐々さんが、警部補として目黒警察署の外勤主任を務めておられた頃の物語です。 時は1954年。 自治体の財政問題や治安の悪化などの理由により、GHQによって作られた「国家地方警察」「自治体警察」というアメリカ式の戦後警察制度が、国家警察と地方警察の折衷案である「警察庁と都道府県警察」という体制に移行した直後のこと。 警視庁目黒警察署の門を、一人の若いキャリア警察官がくぐりました。 名は佐々淳行、階級は警部補。 まだ始まって間もないキャリア制度を担う警察官僚で、その職務のスタート地点としてこの目黒警察署に赴任してきたのです。 しかし自治体警察の勇であった東京警視庁は警察法改正に反対の立場だったので、キャリア官僚には必ずしも暖かくありません。 しかも警部補と言えば普通の警察官は何年も勤めないとなれないもの。 大学を出て間もない若造がキャリアの警部補として赴任してきたわけですから、全員が歓迎するはずがないのです。 なかでも署長の次席である警部は、最初から高圧的な態度で臨んできます。 そんな彼が任されたのが、パトロール班である外勤第三班の主任の座。 目黒警察署に四つある外勤班の中で、第三班の勤務評価はビリでした。 次席警部はこんな厄介なものを佐々警部補に押し付け、「第三班の成績を上げて見せろ」といきなり難題を吹っかけます。 しかし佐々警部補も一筋縄ではいかない人物。 持ち前の反骨精神で「この第三班を一番にしてやろう」と意気込みます。 こうして、佐々淳行の警察官人生が始まりました。 内容を一言で言うと、佐々さんの青春グラフティーといった感じです。 若き日の佐々さんが生活と職務を通じて感じたことや興味深い体験談を綴っており、「三丁目の夕日」などとは異なる視点で、焼け跡がまだ残る戦後日本と、その頃の警察の姿を描いています。 次席警部との対立、色々な失敗、同期のキャリア官僚、彼の部下となった愛すべき巡査と巡査部長たち、警察官になって始めて知った東京の裏側、戦争体験などが綴られています。 ユーモア溢れる文章で度々笑いを誘い、一方で普遍的な教訓となることも記されています。 テンポ良く読めるので、ほぼ一気に読破してしまいました。 それにしても登場する面々のキャラがかなり立っています。 まず佐々さんを補佐する三人の巡査部長ですが、一人は自他に対して厳しい謹厳実直なお巡りさん、一人は田舎訛があって若い巡査から「とっつぁん」と慕われる中年男性、一人は髪をポマードでバッチリきめた20代後半の若者と、この三人が出てくる時点でもう面白いですね。 件の次席警部は、恐らく本人からすると悪者に書かれすぎだと言うでしょうが、あまりいい人物ではないようですが個性はあります。 さらに佐々さんの警察大学校の同期生がこれまた凄い。 当時は今のように「一流大学卒から即入庁」というテンプレートのない時代で、一念発起して巡査からキャリアへ歩みを進めた現職警察官、何度も乗艦を撃沈されながらも生き残った元海軍士官など、主人公である佐々さんが霞むぐらいの強いキャラクターの持ち主ばかり。 そんな人物らのお話が、平凡なものであるはずがありません。 ・巡査時代、夜のパトロール中に塀に立小便をしたら、そこへ塀の間口を開けて泥棒が出てきたので現行犯逮捕した。 ・パチンコに金を突っ込みすぎたので同期の学生に給料を預けた。 ・朝寝坊の常習者が朝の点呼に慌ててやってきたら夏服と冬服を間違えていた。 ・射撃訓練で一発余計に持っていて、一人だけ六発撃って下手を誤魔化そうとした。 ・夜遊び帰りに犬に吼えられたので餌付けして潜り抜けた。 ・ポリグラフの実験で被験者になった時に嘘を突き通した。など、色んな意味でトンでもないエピソードが並んでいます。 その後全員が、管区警察局長だの本部長だの警視総監だの警察庁長官だの警察幹部になっているわけですが、そんな人々にも若気の至りがあったということでしょう。 一方で佐々主任と言えば、ともかくどうやれば実績を挙げられるのかと、頭を捻って考えます。 班としてはビリでも、個人別では優秀な成績を残しているものもいる。 そこで優秀な人間を核として、チームとして錬度を上げていくことを既定方針にします。 またチマチマとセコイ取締りをするよりは、職務質問を重視して窃盗犯や強盗など、本当に悪い奴を捕まえていこう。 職務質問をする時も、なにかしら口実を付けて相手の気分を害さないようにし、何もなければ「ご協力ありがとうございます」と感謝を示して都民の理解を得ようということに。 上席者やベテランが若手を指導し、職務質問のプロを育てて成績を上げ、都民の役に立つ警察になっていくことで検挙実績も上げようということですね。 しかし佐々主任自身にも欠点があり、また時代はまだ戦後警察黎明期、そう簡単になんでもうまくはいきません。 まず佐々主任は致命的な方向音痴で、夜勤の日に巡視に出かけて迷子になった挙句、間違って隣の碑文谷警察署の派出所に巡視を行ったりします。 射撃訓練に出てみれば、米軍払い下げの45口径リボルバー「M1917」は強力で扱いづらく、まともに点数を取れないどころか、標的の木枠を撃って標的を倒すものも出てくる。 まるでギャグのような、だけどギャグではないことが起きるのです。 それでも規定した方針が上手くいき、第三班は実績を挙げていきます。 自動車泥棒を発見したものの取り逃がした巡査が処分されかけた時は、佐々主任が「彼が真面目に巡回をしていたから、泥棒を発見した。逃がしたのは年齢によるところもあるのでしょうがない。それより自動車窃盗を防いだことを表彰すべき」と上申し、巡査が表彰されたことで第三班に俄然活気が起こります。 このように、活き活きとした人々と一緒に働くことを通じて、また海軍士官心得や監督者向けのハウツー本から佐々さんが学んだことが、普遍的な教訓として記されています。 部下を褒めること、挨拶をすること、部下をしかる時は場所や相手を考えること、部下に理不尽な要求を無理強いしないこと、仲間と苦労を分かち合うこと、など。 これは普遍的にどの組織でも大事なことでしょう。 警察の話だけでなく、佐々さんの当時の生活も具体的に書かれています。 当時の佐々さんはショートピースを吸っているのですが、これがやたら高い。 なんでも毎日二箱吸ったら、給料の二十数パーセントがなくなっちゃうとか。 現在は一箱150円、秋には値上げになってしまいますが、これが二つだと300円、毎日吸っても9000円。 物は随分と安くなったのだと感じます。 東大卒で交友も広いことから女性と会う機会を作ってもらうものの、とてもじゃないけど警部補の給料じゃお付き合いできる相手ではない。 また共産党の火炎瓶闘争や学生紛争などもあり治安が悪化したことから、社会に貢献しようと警察官になったものの、そこはやはり若者。 一流企業に就職した同窓生のことを思っては、「あいつらは俺よりいい給料貰って、お嬢さん育ちの同僚女性に囲まれて、いい生活してるんだろうなぁ。一方で俺は男くさい職場で、安い給料で、酔っ払いの相手や揉め事の処理に奔走して…」と煩悩にかられる。 こういった「普通の若者としての佐々淳行」を読むのも、また面白いものです。 ところで普遍的なことといえば、何も良いことばかりではありません。 「これは今でもあるだろうな」と思った中には、実に腹に立つ話もあります。 お父上の死後、佐々さんは高校や大学へ通うのに育英会から奨学金を得ていたので、警察へ就職してからはローンでそれを返済しています。 しかし東大の同窓生には、まるっきり返す気のないものもいたそうです。 十分な金があるのに「貰えるなら貰っとけ」と育英会から奨学金を得ておきながら、「あんなもん、いくらでも返済猶予があるから返さなくていい」と開き直るボンボン。 「この金は、反動の吉田茂が俺達から奪った金だから、返す必要のないものだ」と、生活費や運動費に突っ込んだ挙句に身勝手な理屈を付けて居直る運動学生。 奨学金だからどうこうという話ではなく、こういった自己中心的な輩は戦前から現代に至るまで沢山いると思います。 違いが有るとするなら、後者は戦前であれば国士気取りだったであろう、ということぐらいでしょうか。 簡単にご紹介しましたが、とてもこれだけでは説明したことにならないぐらい、本書の内容は豊かです。
興味のある方はお読みになってはどうでしょうか。 |