ずいぶん前ですが、沖縄へ行きました。
それまで行ったことなかったのです。
沖縄というと、大勢で行ってビーチできゃあきゃあ騒ぐというイメージしかなくて、およそわたしの旅のスタイルからはかけ離れていたのです。
だけど、だからこそ、「ひとりぼっち」を際立たせてくれる場所でもあるのではないかという気がして出かけることにしました。
( ↑ 金城石畳道 / 日本の道100選・那覇市首里金城町)
羽田を離陸する機内は浮き足立った観光客で満席。
わたしの座席の前には「いかにも」な若いOL二人組。
こいつらがまじでうるさい。
ふだんからこのテの、、、
こういう女たち、、
なんて言ったらいいか、、、
男の視線を常に気にしながら女同士でつるむような、、、
ブレブレの写メと1行の文章でブログやってるような、、
食事に行こうというとすぐ「和食ダイニング」って言うような、、
時間の管理もできず「あ〜ん終電なくなっちゃったあ ぷ〜」なんて言うような、、
「え〜?終電なくなったからホテル?なーんかヘンなこと考えたりしてないよね〜?」なんて言いながら、てめーがいちばんヘンなこと考えてるような、、、
そのくせキスはやたら積極的で、、、
そのくせ「あ、下はだめぇ」なんて平気で抜かすような、、、
沖縄のおみやげを渡すとき、男が内心ドキっとするのを知っていながら、そんなのまったく気づかないフリで、わざと「はい、ちんすこう」って清純な笑顔で言うような、、
・・・こういう女が大嫌いです。
(上記のうち2項目はrisaSpec該当^^;)
そういう女が2人もわたしの前に座ってきゃあきゃあ大声ではしゃぎまくります。
もちろん片足を前の座席の背もたれに強く押し当て、こんな女たちにシートを倒したくつろぎは許しません。
2時間半しゃべりっぱなしの丸の内の恵子と明美のせいで(名前までおぼえちゃったよ)、仮眠もできず那覇空港へ到着。
空港の手荷物のターンテーブルでさえ
「あ!あれじゃない?あれじゃない?あーちがったー あはははは」
自分のスーツケースやろ?「あーちがったー」って、それ、いったいどーゆーことやねん?
今ベッドにいるのが、自分の彼氏なのかどうか、ちゃんと見分けられてるのか心配になってくるよ。
この2人は到着ロビーでもわたしのすぐ前を歩いてたんですが、ここでバカ極まれりの発言を明美がします。
「ねえ恵ちゃん、日本語、通じるんだよね??」
この子たちもはじめての沖縄なのです。
わずか2時間ちょっとで東京の日常から、この景色に飛ばされたら、外国に来たかのような錯覚も理解できなくはないけど、おまえいいかげんにしとけよっ
さてこんな人たちはほっといてわたしはモノレールに、、、
・・・あれ? モノレールはどこかな?
あ!あの警備員さんに聞いてみよう。
「エ、エクスキューズミー」
「ははは。ここは日本ですから。日本語でだいじょうぶですよ」
「あ・・はは・・そうですよね・・沖縄、はじめてなんで^^;」
那覇の街をホテルを探しながら、がらがらスーツケース引きながら歩いてました。
途中でバスターミナルがあったので、そこのベンチで休憩。
たしか5月だったと思うけど、もう真夏です。
大阪の新世界のおっちゃんのようにベンチでコーラをぐびぐび飲んでると、65歳くらいのおじさんが声をかけてこられました。
「観光?」
「いえ、冒険です」(観光旅行が大嫌いなの)
「東京から来たの?」
「はい。あ、おじさん、このホテル探してんねんけど、どうやって行ったらええの?」
「大阪から来たの?」
「東京です。」
道を教えてもらった後、おじさんにこう言われました。
「おれ、明日休みだから、クルマで沖縄を案内してあげようか?」
・・・え? ナンパ?? 65歳で??
「はい。お願いします。」
即答。2秒。
おじさんびっくり。
どうだい?みんな。
わたしの、この、貞操観念のなさは。
おっと。でも「下はダメ」だから。
翌朝、ホテルの前に待ち合わせの時間通りおじさんは白い商用車で来てくれました。
おじさん「ごめんな。仕事用のクルマなんだ。ぽんこつで」
risa「ええよええよ、そんなん」
おじさん「エアコンこわれてるんだよ」
risa「ええよええよ。窓開けよう,全部」
おじさん「キレイな海見えるとこ行こう」
risa「ええよええよ、海なんか。キレイなんもう知ってるし。写真で見たし」
おじさん「じゃあ、どっか行きたいとこあるの?」
あるんですよ。
おじさん「え?そんなとこよく知ってるね。で、そんなとこ行って何するの?」
そこは、那覇からは遠く離れた、沖縄でもけっこうDEEPな場所だと思います。
米軍のためのキャバレーが密集しているのですが、これがほんもののアーリーアメリカン。
カメラを持ってクルマを降りて、いちばん雰囲気のあるキャバレーの中に入って行きます。
そのとたん。。。
「う〜〜」といううなり声が聞こえ、はっと見ると、全速力で3頭のドーベルマンがわたしに向かって突進してきます。
もうね。
「きゃ〜〜」とかじゃないよ。
「うぎゃ〜〜〜」みたいなわけのわかんない悲鳴を上げながら全速力で走りました。
人間、本気で走ったら、ヒールはいててもドーベルマンより速いかもと思いましたが、もうすぐ数センチのところに3頭の吠える声!
キャバレーの門を出てもさらに全速力で走りつづけます。
人は誰もいません。
もうそろそろ噛みつかれてもおかしくないんですけど、、あれ?
振り返ると、ドーベルマンは遠く離れたキャバレーの門のところに3頭ともおすわりをしてじっとしています。
敷地から追い払ったら、役目は終わったということですね。
30メートルくらい離れたところから、ドーベルマンに思いっきり
「ばーか!」と叫ぶと、
「わおわおわお」と吠えられ、
・・・また全速力で走って逃げました。
ああ、、ひどいめにあった。
ふざけんなよ、まったく。
あたしを誰だと思ってんだよ、、
心臓が口から飛び出しそうになりながら「はあはあ」してると、おじさんがクルマでやって来て、「どうしたの?何やってるの?」
「あ、あはは。ちょっとワンちゃんたちと遊んでました^^;」
再びクルマに乗せてもらって、えーとどこまで行ったかなあ。
宜野座くらいかな。
途中でお昼を食べました。
「びっくりドンキー」で。笑
いや、わるいじゃんか。
立ち食いそばだってよかったよ。
そしてコザへ引き返し、ここでおじさんと別れます。
おじさん「那覇までどうやって帰るの?」
risa「わかんない。バスあるんとちがうんですか?」
おじさん「あるけど、、もう夕方だよ」
こういうとき、わたしはまったく計画性がありません。
しかし、バスの時間を気にして動くようなら、恵子や明美と大差ありません。
旅に出たら、野宿だって覚悟の上です。
え? 「襲われたらどうするの?」って?
そんなことでびくびくしてるんなら旅などでないで、和食ダイニング行ってたらええやんか。
安全が保障された旅なんかに、お金つかうのはいちばんもったいない。
旅に出るときは、多少のリスクも覚悟の上です。
・・・でも、下はだめぇ
埃っぽいコザの商店街を歩いて、嘉手納基地へつづくゲート通りに出る。
一日を終えた米兵たちが夜の街へ繰り出して行く中、わたしは歩道の隅に座って、老人が吹くハープ(ハモニカ)をじっと聴いてた。
沖縄の人になら、声をかけられたら秒速でクルマに、わたしは乗る。
東京にはアメリカ人の友人も何人かいる。
しかし、米兵となると、話はちょっとちがう。
わたしはこういうとき、本能的に、日本の血がたぎる。
仮にナンパされたら「ナメてんじゃねーぞ」みたいなノリになっちゃうだろう。
軍人は力が強いだろうが、
こっちだって、ついさっきドーベルマン3頭をやっつけてきたという強い自信があるっ
日本は傷みを負った。
とくに、この沖縄は。
そしてわたしたちは、アメリカの論理性がかっこいいと、こぞって日本の情緒はかっこわるいよって自らの意思で捨ててしまった。
ここが。
これこそが、日本が敗戦で負った、もっとも大きなものではなかったか。
だけど。
ふしぎなんだよ。
コザの、海沿いにあるフェンスの向こうのAMERICAに向かって、ゲート通りを吹き抜けて行く風の中にいると、アメリカの悲しみの歌も聞こえてくるんだ。
せつなくてせつなくて、胸をかきむしりたくなるような。
ハープの音が止まる。
ちらりとわたしのほうを見て、老人が、小さく笑った。
すこし首を傾けて、それに応える。
どうもありがとう。
こんなに心に染みたブルースは、初めてだったよ。
(いったんこれでブログ終わりです。)
(ここから先、おまけです。おそらく後日、自粛のため削除します)
バスもちょっとめんどくさかったので、クルマに乗ってた若いお兄ちゃんに「那覇に行きたいんですけど。下はダメなんですけど」と声をかけると、「いいですよ」と言ってくれた。
沖縄の人たちはやさしい。
彼は基地で働いてる青年でした。
昼間、おじいさんからも、沖縄が本土へ復帰したとき、いきなり翌日から道が左側通行に変わり、とくに交差点では大混乱だった、みたいな話を聞いたけど、彼からもいろんな話を聞いた。(でもとても書けない)
首里城にも連れて行ってくれて、那覇のホテルに着いたのは、すっかり夜になってました。
お礼にごちそうするから、とステーキハウスへ。
シーフードステーキを食べたんだけど、すごくおいしかった。
わりと率直に「エッチがしたい」と申し出られて好感がもてたけど、「あ、それはわたし、ホテル帰って一人でするから。今日はありがとう」と別れました。
いい人だったからね。
明美か恵子を紹介してやればよかったなあ
あいつらどこのホテルなんだろ・・
(22:10 以下、自粛のため、削除しました)