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鈴木寛の落選 - 応援団に加わった湯浅誠・内田樹・中島岳志
今回の参院選、東京選挙区に一点集中して政治戦に参加していた。そして、狙いどおりの結果を得た。一夜明けたが、感無量の気分だ。全体の結果としては、自公の大勝で、潰滅するはずだった維新がしぶとく生き残り、共産も都議選の勢いを持ち込めず、最悪の結果になった選挙なのだけれど、今回は負けたという感じがしない。むしろ逆で、勝利の余韻に浸っている。東京選挙区で、狙いどおり吉良よし子を当選させ、そして山本太郞を当選させ、鈴木寛を落選させることに成功した。だから、昨年末の衆院選の絶望感と同じではなく、2010年夏の参院選の敗北感とも違うものがある。特に終盤の1週間、鈴木寛と山本太郞のネットでの対決が焦点となり、いつの間にかその政治戦に参入し、SPEEDI隠しの争点で論陣を張って山本太郞を支援する立場になっていた。自分をその戦場に駆り立て、いわば銃をとって戦う身にさせた契機は、言うまでもなく、「すずきかんを応援する会」の発起人名簿の衝撃と戦慄である。あれこそが私の不倶戴天の政治的思想的な真性敵であり、ガザの子どもがイスラエル兵にするように、銃がなければ石ころを投げ、徒手空拳でも立ち向かい、歯を立てなければいけない相手だ。私は自分の持てる武器と敵側の弱点を鑑み、最も効果の出る攻略作戦としてSPEEDIの陣を選び、山本八重のように狙いすまして銃弾を撃ち続けた。押し寄せる右翼の大軍と、その向こうで重武装の豪勢な陣を構え、デマの十字砲火を浴びせてくるネット利権屋とエセ文化人。


鈴木寛がSPEEDI情報を隠し、福島の子どもに20ミリシーベルトの放射能環境を押しつけた張本人であることは、誰でも知っていることだ。2年前からの脱原発の経緯を見ていた者、報道やネットで情報に接していた者なら、誰でも知っている基本的なことだ。SPEEDI隠しは原発事故の中でも重大な問題になり、どうして情報が握り潰されたのか、誰がこの不作為に関与したのかにずっと注目していた。結局、SPEEDI隠しも20ミリシーベルト問題も、文科副大臣の鈴木寛が意志決定の責任者だったことが明らかになり、選挙の際に鈴木寛の責任が問われるのは火を見るより明らかだった。東京選挙区の候補者ならばなおさらだ。選挙で責任が問われるとは、一票の鉄槌を受けるということだが、ネットの中で落選運動の標的にされ、非難囂々の糾弾と罵詈を浴びるということでもある。鈴木寛は、そうした批判から身を守るため、これまで培ったあらゆる人脈を総動員し、各界の名士が壮麗に集合する「応援する会」を組織した。自民支持のグリードなネオリベ経営者から左派系岩波文化人まで、著名人をずらりと並べ、彼らのエンドース・コメントで防備を固めて対抗の陣を張った。ネットの中でも、津田大介、東浩紀、湯浅誠、佐々木俊尚が鈴木寛支持を言い、ネット世論を味方につける動きが着々と進められ、山本太郞支持派をデマ集団呼ばわりするネガティブ・キャンペーンが猛然と行われた。特に、情勢報道で山本太郞が当選圏入りすると、右翼を巻き込んでその勢いは烈火の如く燃え上がった。

湯浅誠・内田樹・中島岳志の3人は、一体どうしてSPEEDI隠しで反原発派の市民から糾弾されている鈴木寛の支持に回り、その運動員になったのだろう。この問題は、きわめて重大な政治思想史的事件であると言える。内田樹は、あるとき文科副大臣の鈴木寛を訪ね、いろいろ大学教育の制度関係で陳情をしたところ、その話を最後までフムフムと聞いてくれたから、鈴木寛の政治家としての度量を評価し、だから自分は応援団の一員になったのだと映像の中で言っている。だが、本当にそんな床屋政談的な些末な話が、この国の商業論壇で堂々たる地位にある売れっ子思想家が、他の候補者(大河原雅子や山本太郞や吉良よし子)を押し退けて、鈴木寛への投票を有権者に呼びかける理由になるものか、内田樹の読者(信者)たちはTWで首を傾げていた。この3人は、脱原発の言論をリードする週刊金曜日だの、岩波の月刊誌の世界に記事を書いている常連で、左派系の定番のポピュラーな論客だ。原発や放射能の問題でも論じてきたし、最近は橋下徹に対するアンチの集団を形成し、大阪を拠点にして、そこで仲良く論壇ごっこを繰り広げてきた連中でもある。私の直観だが、おそらく、私的な交友関係も蜜で、日常的にメール交換したりする間柄だろう。一緒に(関西で)飲みに行って、橋下徹をコキ下ろしたり、左派系党派や市民運動の悪口を言ったり、大学関係者や出版編集者の噂話を交換したり、へらへら睦み興じ合う仲間関係ではないか。辻元清美も顔を出したりするのかもしれない。

3人のうち誰かが音頭をとり、他の2人を誘ったのではないか。湯浅誠か、内田樹か。例えば、長妻昭あたりが湯浅誠にコンタクトして依頼し、湯浅誠が他の2人を名簿に引き入れたのではないか。東大閥からすれば毛並みの悪い中島岳志は、鈴木寛とは面識がなくパッシブな立場だろうと窺われる。これまで鈴木寛に何か恩義を受けたわけではないだろう。この名簿に中島岳志が入っていることが、この会とこの事件の怪しさを醸し出している。湯浅誠が主導して、内田樹を引き入れて、最後に中島岳志に呼びかけて、「鈴木寛を応援しとくと後でいいことがあるよ」と囁いたとしたら、この3人が揃って応援団に名を連ねた事情がよく納得できる。つまり、中島岳志の名簿入りは、利害と欲得の動機によるものであり、湯浅誠・内田樹との仲間付き合いの行為だ。湯浅誠はTWで、「私としては、すずかんさんが文科副大臣とし低所得・貧困家庭の子どもたちの教育分野で力を発揮し、政策を進めてくれたことに敬意を表し、この流れを続けるためにも国会に残っていただきたいと思っています」と言っている。佐々木俊尚や津田大介などと持ち回りで、鈴木寛のネット選挙運動であるTWを使った「討論会」の対談役を買って出て、投票前の大事な時期に鈴木寛の政治宣伝に協力してやっている。かなり本格的な肩入れだ。湯浅誠は、鈴木寛の応援団名簿に入ったことを批判され、ネット上にその弁解のようなテキストを書いて上げていたが、今日(7/22)それを確認すると、その文書が読めなくなっていた。記憶では、鈴木寛が「デマ攻撃されている」と同情していた。

鈴木寛陣営の「すずきかん(鈴木寛)を応援する会のブログ」は、ネットでの鈴木寛への批判に対して「非常識な誹謗中傷が散見されます」と言い、「福島第一原子力発電所事故への対応をめぐる鈴木寛氏への批判について」と題した「反証レポート」を上げた。これは7/17のことだ。この文書は、現在でも削除されずに残っている。「反証」と言いながら、実際には何の反証でも論証でもなく、ウソとデタラメを言い、鈴木寛のやった本当のことを否認し、全く別の「事実」を捏造し、批判をデマだと言い返すプロパガンダ文書だった。この中で、SPEEDIの問題について鈴木寛陣営は、「(1)放出源の値がわからないので、マニュアルに定められたSPEEDIの本来の使い方はできない」と書いている。放出源の情報はわからなくても、仮定の値を挿入して、住民避難に有用な予測情報は出力することができた。実際に、文科省は3/11の震災発生直後からSPEEDIを緊急時モードで動かし始め、79時間以内の刻々の予測を始めている。そして、官僚たちは予測図面を出力して見ていた。「放出源の情報がないので」という説明は、不作為を合理化するアリバイ工作にすぎない。住民が放射能被曝する緊急の事態に、住民の避難をサポートしなくてはいけないのだから、仮定の数字でよかったのだ。また「(3)SPEEDIの情報は原子力安全委員会及び官邸が判断することとなっており、鈴木寛氏はSPEEDIの取り扱いについて判断する立場にはなかった」と言っているが、これもウソだ。SPEEDIの管轄運用の権限と責任は文科省に属し、これを勝手に変更することはできない。

報ステの2011年末の特集番組では、官邸にいた官房副長官の福山哲郎が、事故発生後にSPEEDIの情報が官邸に上がってきた記憶はないと言っている。この証言そのものも怪しいが、福山哲郎の「証言」が菅内閣の正式な立場なら、文科閣僚(鈴木寛)がSPEEDI情報の活用を官邸に具申していなかったことになる。この不作為は原子力災害法違反だ。また、安全委が判断する立場だったとする鈴木寛の証言は、このとき、勝手に権限を斑目春樹に移す工作を鈴木寛がやっていたらしい。そんなものを一方的に押しつけられても安全委は困るのだが、鈴木寛は電話でそれを斑目春樹に頼んでいる。閣議決定も通さずに。責任逃れのためだ。この件は、鈴木寛が事故後1年の3012年3月2日に共同通信の記者に証言しているのだが、あらためて、斑目春樹や福山哲郎に証言させ、真実を追及し究明する必要があるだろう。ともかく、この「反証レポート」こそ、まさしく選挙の火事場でのデマビラであり、7/21の選挙だけにフォーカスしたその場凌ぎのプロパガンダ文書である。デマを言っていたのは、山本太郞陣営ではなく、鈴木寛陣営なのだ。だからこそ、この文書には署名がなく、書いた本人が誰なのか分からず、後で鈴木寛がシラを切ることができる仕組みになっているのだ。


by thessalonike5 | 20="outline:none;">報ステの2011年末の特集番組では、官邸にいた官房副長官の福山哲郎が、事故発生後にSPEEDIの情報が官邸に上がってきた記憶はないと言っている。この証言そのものも怪しいが、福山哲郎の「証言」が菅内閣の正式な立場なら、文科閣僚(鈴木寛)がSPEEDI情報の活用を官邸に具申していなかったことになる。この不作為は原子力災害法違反だ。また、安全委が判断する立場だったとする鈴木寛の証言は、このとき、勝手に権限を斑目春樹に移す工作を鈴木寛がやっていたらしい。そんなものを一方的に押しつけられても安全委は困るのだが、鈴木寛は電話でそれを斑目春樹に頼んでいる。閣議決定も通さずに。責任逃れのためだ。この件は、鈴木寛が事故後1年の3012年3月2日に共同通信の記者に証言しているのだが、あらためて、斑目春樹や福山哲郎に証言させ、真実を追及し究明する必要があるだろう。ともかく、この「反証レポート」こそ、まさしく選挙の火事場でのデマビラであり、7/21の選挙だけにフォーカスしたその場凌ぎのプロパガンダ文書である。デマを言っていたのは、山本太郞陣営ではなく、鈴木寛陣営なのだ。だからこそ、この文書には署名がなく、書いた本人が誰なのか分からず、後で鈴木寛がシラを切ることができる仕組みになっているのだ。

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