〔アングル〕ねじれ解消で問われる政権の真価、消費増税など試金石 痛み伴う政策実行が課題
[東京 22日 ロイター] - 参院選で自民、公明の与党が過半数を獲得し、衆議院と参議院の多数派
が異なる「ねじれ」が解消した。今後は与党ペースで政策が進むことになるが、財政健全化目標を具体化す
る「中期財政計画」の策定をはじめ、消費増税の判断や環太平洋連携協定(TPP)交渉、社会保障改革な
ど課題は山積している。痛みを伴う政策を実行し、これらの課題を前に進め、経済中心の政策でデフレ脱却
を実現することができるのか、安倍晋三政権の真価が問われるのはここからだ。
<巨大与党に3年の猶予>
自民、公明の与党が参院選で圧勝してねじれを解消した結果、安倍首相が衆院を解散しなければ、次の
参院選までの3年間、国政選挙がない可能性が高まった。国政選挙への影響を考えずに思い切った政策展開
を実行できるフリーハンドを安倍政権は手にしたと言える。
その政治的なパワーをどのように活用するのか──。21日夜の報道各社の質問に対し、安倍首相は「
強い経済を取り戻す。まずそこに集中したい」と発言した。強い経済力を取り戻すことが、安倍政権にとっ
て引き続きメインテーマとなる。
まず、8月に中期財政計画を策定し、財政健全化への道筋を具体的に示すことが最初のハードルとなる
。2015年度の基礎的財政収支の対国内総生産(GDP)比赤字幅を2010年度比で半減する目標に向
け、消費増税を予定通り実施できるかが最大の試金石となる。
また、8月には社会保障制度改革国民会議が報告書をとりまとめる。社会保障費への切り込みでは、7
0─74歳の高齢者の医療費窓口負担を本則の2割に戻すなど、痛みを伴う政策を実行に移せるかがポイン
トとなる。
さらに環太平洋連携協定(TPP)交渉や公務員制度改革での内閣人事局設置など、与党内に抵抗があ
る改革について、政治主導を貫くことができるのかどうかも、政権の姿勢を試すカギとなる。
参院選の勝利で古い自民党の利益誘導型体質が復活するとの懸念もあるが、政治評論家の有馬晴海氏は
「民主党政権の失敗が自民党の砥石(といし)になっている」と指摘。党内の意見対立で政策を前に進める
ことができなかった民主党と同じ轍を踏まないよう、参院選後も自民党内で反安倍の動きは出にくいとみて
いる。
<消費増税、経済状況を総合的に判断か>
消費税の判断については「税収が減っては元も子もない」(安倍首相)との立場も明確だ。すでに消費
税引き上げの駆け込み需要の反動が出てくる来年4月の経済状況が「重要な問題」(麻生財務相)との認識
が、政府内にもある。麻生財務相は、来年度の予算編成で4月の落ち込みに配慮する考えを示している。
成長戦略に絡めて、秋の臨時国会では補正予算の議論も浮上する可能性がある。その際に投資減税のほ
か、景気の落ち込みへの対応も含めて補正予算を編成し、消費増税判断を担保するという考え方もあり得る
。
消費増税の判断のカギとなる経済状況では、4─6月のGDPが8月12日に発表される予定。こうし
た数字に加え、その後の経済対策も含めて総合的に判断することになりそうだ。
麻生財務相は、20カ国(G20)財務相・中央銀行総裁後の記者会見で、来年4月に上げる方向で予
定通りやりたいとの考えを示している。安倍首相は21日夜のテレビ番組で消費増税の判断時期について「
しっかりと秋に判断していきたい」と述べた。
政府内では消費増税に伴う景気の落ち込みを懸念して、デフレ脱却までは先送りしてもいいという考え
方もある。内閣官房参与の浜田宏一米エール大学教授は「消費増税による日本経済へのショックはかなり大
きい」と指摘。また、景気への影響を軽減するためには、補正予算編成より、法人実効税率引き下げで景気
を刺激するのがいいと述べている。
<注目される靖国参拝の判断、G20首脳会議で財政健全化を説明へ>
参院選後の政権運営では、8月が大きなポイントになりそうだ。1つには8月15日に安倍首相が靖国
神社に参拝するかどうかだ。前回の首相在任時に参拝できなかったことを「痛恨の極み」と表現してきた首
相だが、中国、韓国との関係が万全でない中で、参拝への判断が注目されている。
駿河台大学教授の成田憲彦氏は「日中、日韓関係は今がボトムだから、長期政権を見据えて、行くなら
今だというシナリオが自民党内にある」と指摘する。長期政権を前提に関係の立て直しに時間をかけられる
という読みだ。
ただ、このケースでは中国、韓国から強い反発を招くリスクがあるほか、米国からも懸念が示される可
能性がある。一方、参拝しなければ、保守派の支援者から批判が出る可能性もある。
9月にはロシアでG20首脳会議が行われる。今年6月の主要8カ国(G8)首脳会議では、日本に対
し、信頼できる中期財政計画が必要と指摘されており、安倍首相は財政健全化の取り組みについて説明する
ことになる。
IMFは今月9日の世界経済見通し発表の際、アベノミクスについて「世界経済へのリスクになり得る
」と指摘した。麻生財務相はG20財務相・中銀総裁会議で「9月のサミット(G20首脳会合)までに国
際社会の期待に応えられるような信頼に足る中期財政計画を策定すべく取り組んでいきたい」と述べている
。
<党役員人事・内閣改造の可能性、秋の臨時国会で投資減税>
9月末には自民党役員の任期が来るため、党三役の一部を入れ替え、内閣改造に踏み切るとの観測があ
る。甘利明経済再生担当相は6月、党人事と政府人事を一緒にやるとの見通しを示していた。
ただ、安倍首相は21日夜のテレビ番組で人事について「政策課題を前に進めていってほしいというの
が国民の声だ。そのことを勘案して考えたい」と述べるにとどまった。10月に召集される臨時国会は、現
在の閣僚で臨むとの一部報道が21日夜にあったが、実施されても小幅な改造にとどまるとの見方が出てい
る。有馬氏は「基本的に大きく変える必要はない。あっても3、4人ではないか」とみる。
党役員人事では原発再稼働に関する発言で批判を浴びた高市早苗政調会長が交代するとの見方も出てい
るが、駿河台大学の成田教授は「政調会長に誰がなるかは、今後の(政権の)スタンスを占う上でポイント
になる」とみている。
10月上中旬に召集される予定の「成長戦略実行国会」では、「産業競争力強化法案」が提出され、投
資減税を柱にした追加策を打ち出していくとみられている。
<安倍アジェンダより経済、株価が政権を左右>
憲法改正については当面は「無理しない」(政治評論家の屋山太郎氏)との見方が強い。駿河台大の成
田教授も「(政権運営の)原動力は経済であり、端的に言うと株価だ」と指摘。「株価を無視して安倍アジ
ェンダに走ることはない。安倍アジェンダではなく、経済をベースに行く」とみている。
安倍首相自身が当面は経済でいくと明言していることもあり、当面はいわゆる「安倍アジェンダ」を抑
え、経済を中心に政権の推進力を保っていくことになる。TPP問題では、農業などを中心に打撃を受ける
産業への補償として、新たな財政措置を求めることが早くも自民党内でうごめいており、予算の上積みを求
める動きが出てくる可能性がある。
ただ、利益誘導型の古い自民党的な動きが出てくれば、世論の風向きも変わりかねない。安倍首相のリ
ーダーシップで、改革を進めていけるか。政策の停滞を「ねじれ」のせいにできない状況で、政権の真の力
が問われることになる。
参議院選挙後に予定される主な政治・経済日程は以下のとおり。
7月
15日 TPP交渉マレーシア会合(25日まで)
25日─27日 首相がシンガポール、マレーシア、フィリピンを訪問
30・31日 FOMC
8月
2日から 臨時国会(参議院の正副議長など選任ほか)
7、8日 日銀決定会合
中期財政計画、概算要求
12日 4─6月GDP
15日 終戦記念日
21日 社会保障制度改革国民会議の期限(骨子策定)
下旬 首相が中東4カ国訪問(バーレーン、クウェート、オマーン、カタール)
9月
4、5日 日銀決定会合
5、6日 G20首脳会合(ロシア・サンクトペテルブルグ)
7日 2020年オリンピック開催地決定
9日 4─6月GDP2次速報
17、18日 FOMC
18日から 国連総会
党役員人事・内閣改造?
税調スタート(投資減税)
ドイツ下院選挙
米国債務上限問題
10月
1日 9月日銀短観
3、4日 日銀決定会合
7、8日 APEC首脳会議(インドネシア)
臨時国会(上中旬)
G20財務相・中銀総裁会議
IMF・世銀総会
29、30日 FOMC
31日 日銀決定会合(展望リポート)
(石田 仁志 吉川 裕子 編集;田巻 一彦
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