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第一章:幼年期
プロローグ
 あらすじ通りの惨状が起こった。

 遊園地殺人事件のトリックを暴いて幼馴染と帰宅途中、見るからに怪しい黒ずくめの男を発見した。
 探偵の血が騒いで後を付いて行ってみれば、案の定怪しい取引現場を目撃。
 ここまではよかった。
 警察に電話しようと携帯を開いた瞬間、迂闊にも画面の発光が強すぎて見つかってしまったのだ。
 逃げようと踵を返したのも時既に遅し。
 背後に待ち構えていた黒ずくめの仲間にバットで殴打されて意識は混濁。
 そこへ毒薬を飲まされてしまい、俺はあっけなく殺されてしまった。
 そこまでは覚えている。

 だが目を覚ますと、俺は赤ん坊になっていた。

 最初は一命を取り留めて意識が回復したくらいに思っていた。
 あそこで起こった出来事と犯人の顔を警察に伝えなければと、正義感が俺を突き動かした。
 しかし目覚めたことを知らせるためにナースコールに手を伸ばそうとするのだが、どうにもうまく動かせない。
 まるで体中の筋肉が全てなくなってしまったような倦怠感で体が重かった。
 まさか、頭部へのダメージで全身麻痺? それとも毒薬の影響で?
 待て、焦るんじゃない。
 恐らく何ヶ月も意識不明の重体で、筋肉が衰弱しているだけだ。
 とりあえず声を出してみよう。
 筋力低下で大声は出せないかもしれないが、声を出せば気付いてくれる人がいるかもしれない。

「あー、うあー」

 何も喋れない。
 絶望が一気に膨れ上がった。
 うめき声ともあえぎ声ともつかない音が口から出た。
 脳の一部にもダメージがあるのかもしれない。
 まだ高校生だというのに、ここに来て俺の人生は幕を閉じてしまうのか。
 情けなさで涙が頬を濡らした。

「あら、どうしたんでちゅか? ママがいなくて寂しかったんでちゅか?」

 そんな俺を上から覗いてきたのは、金髪の美女だった。
 彼女はそう言うと俺を軽々と抱え上げ、「よちよち」とあやし始めたのだ。
 突然の怪力を見せびらかされた俺は、目を丸くして彼女を見つめることしか出来なかった。

「おいジェニー、何をしたんだ。怖がってるじゃないか」

 そこへ現れたもう一人の人物。
 綺麗な栗色の髪をした青年だ。
 彼はいきなり抱え上げられた俺の恐怖心を察してくれて、彼女から俺を引き離してくれた。
 あなたなら分かる。筋肉質だし、大人一人抱え上げてもなんら不思議じゃない。
 でも、抱え上げる意味を俺は見出せていなかった。


 自分が生まれ変わったのだと分かったのはその日のうちに、女性が自らのおっぱいを俺に飲ませたことで理解できた。



 それから1ヶ月が経過して、いろいろ分かったことがある。

 まず目覚めて最初に見た男女が俺の両親であるらしい。
 20代前半といった若い夫婦だ。
 そしてまさかとは思ったが、どうやらここは日本ではないようだ。
 まず両親の顔立ちがそもそも日本人ではないし、服装も民族衣装っぽい。
 最初は普通に理解できかたらあまり気にしなかったが、よくよく考えれば言語も完璧に日本語じゃない。
 これが胎教ってやつなのか。
 そして服装からして、ここが先進国ではないことは明らかだった。
 夜暗くなれば電気ではなく炎の明かりが家に灯り、テレビの音は聞こえない。
 何より家の天井やら壁やら隅々まで木製で、避暑地のログハウスのような造りだった。

 メイドらしき人物がいるのでまさか貧乏だということはないと思うが、それならここは電気も通っていない未開の部族集落という可能性が高い。
 両親の肌の色は白人よりなので、ペニスケースをつけて高所から落下する成人の儀がある地方ではないだろうと踏んではいるが、まだ安心は出来ない。

 でも、ただで美女の母乳を吸えるのは最高だ。



 そして半年後、俺はここが異世界であると知った。

 原因は父親が、俺を庭に連れ出してロッキングチェアに座らせたことが始まりだった。
 何をしでかすのかと思えば、父親はいきなり剣を振り回し始めたのだ。

(ちょ、え? 何やってんの?)

 この集落では狩りを行って生計を立てているんですか? 
 それも今時剣でですか?

(あ、やべ)

 驚いて身を乗り出した拍子にしまったと思った。
 まだ重い頭を支える筋力はなく、乗り出した勢いで前のめりになると自分で支えることすら叶わなかった。
 ゆらゆら揺れるロッキングチェアがさらに倒れこむ運動を手助けし、俺は頭から地面へと落ちてゆく。

「キャア!」

 悲鳴が聞こえた。
 見れば、母親が口を押さえて青ざめている。
 脳天の痛みはそれほどではないので、心配は無用ですよと安心させるために微笑みかけてあげる。

「……わ、笑ってる。大丈夫なのかしら?」

 駆け寄って俺を抱き上げると、母親はようやく安堵の息を漏らした。
 落っこちた箇所に手を当てられると、すこしヒリヒリと傷んだ。
 母親の反応を見ればどうやら血は出ていないようだが、表情が少し不安そうに歪んだ。
 痛みが顔に出てしまっていたのか。

「念のため……。記憶に撒かれた生命のダスト、迷宮を震わせ、運命に背く。『イキス』」

 噴き出しそうになった。
 もしかしてこの夫婦は重大な病気にかかっているのかもしれない。
 先進国では主に中学時代に発症し、多くの人々に思い出したくない過去を作り上げる恐ろしい病だ。
 未開の地では、そんな症状が大人になっても治らないでいるのか。

 と、思ったのもつかの間。
 母親の手が淡く光り輝いた瞬間、一瞬で痛みが消えた。

(…………え?)
「さ、これで大丈夫でちゅよ。ママはこれでも昔は名の知れた冒険者だったんでちゅからねー」

 剣、詠唱、冒険者、イキス、……イキス?
 そんな単語が頭の中をグルグルと回っている。
 ――魔法だ。
 そして父親が振り回していた剣。
 思い返してみれば、両親やメイドさんの会話にはなにやら違和感があった。
 聞いたこともない国や領土の名前、馬を走らせれば二日で着くとか、そんな話題も上がっていた。
 そもそもいくら電気が普及していなくても、衣類や生活用品は車を使って運ぶこともできる。
 それに未開だというには、この家はしっかりとした造りをしすぎていた。
 もしかするとここは……。
 いや、もう断定していいだろう。

 ここは地球じゃない。
 剣と魔法の異世界だ。


 上等じゃないか。
 前世では高校生探偵と持てはやされて調子に乗り、あっけなく殺された。
 しかしそもそも、俺に力があれば襲ってきた犯人を返り討ちにできたはず。
 面白い。
 俺はこの世界で強くなる。
 もう何者にも理不尽に殺されないように、全力で。


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