そこを行くリクルートスーツの君。きょうは参院選の投票日だって知ってた?まだ内定がとれないんで、投票に行く余裕がない?君が「なんとか、正社員に」って[記事全文]
人々の暮らし向きが苦しくなると、官僚に注がれる視線は厳しくなりがちだ。けれども、そんな風潮に便乗して政治家が官僚をたたき、喝采を浴びようとしたらどうなるか。優れた人材が[記事全文]
そこを行くリクルートスーツの君。きょうは参院選の投票日だって知ってた?
まだ内定がとれないんで、投票に行く余裕がない?
君が「なんとか、正社員に」って必死になるのは当然だ。就職したとたん、年収は正社員と非正社員との間で平均80万〜160万円の差がつき、年齢が上がるにつれどんどん広がる。
90年代以降、正社員への門は狭まるばかり。最近は大卒男子でも4人に1人は、初めて就く仕事が非正規だ。
そうなると、職業人として鍛えられる機会が少なくなる。伸び盛りの若いころ、その経験をしたかどうかは大きい。
「とにかく正社員に」という焦りにつけいるブラック企業もある。「正社員」をエサに大量採用し、長時間のハードな労働をさせ、「使えない」と見切ればパワハラで離職に追い込んでいく。
「若い頃はヘトヘトになるまで働かされるもんだ。辛抱が足りない」なんて言う大人もいるけど、まったく的外れ。
非正規もブラックも、若者を単なるコストとして扱う。会社の目先の利益のために。人を長期的に育てていこうという意識はない。
おかしいよね、こんな人材の使いつぶしが横行する社会は。
しかも団塊世代と違って君たちの世代は数が少ない。一人ひとりが目いっぱい能力を磨いて働き、望めば家庭をもち子どもを育てられる。そうしないと、日本の将来は危ういに決まってる。声をあげなきゃ。
こんな試算がある。
20〜49歳の投票率が1%下がると、若い世代へのツケ回しである国の借金は1人あたり年約7万5千円増える。社会保障では、年金など高齢者向けと、子育て支援など現役世代向けとの給付の差が約6万円開く。東北大の吉田浩教授と学生が、45年にわたるデータを分析した。
もちろん因果関係を証明するのは難しい。でも、熱心に投票する高齢者に政治家が目を向けがちなのは間違いない。
どの党や候補がいいか分からないし、たった一票投じたって意味ないって?
こう考えたらどうだろう。政治家は、有権者の「変化」に敏感だ。票が増えれば、そこを獲得しようと動くはず。
前回の参院選の投票率は、60〜70歳代が7割以上、20歳代は4割以下だった。でも低いからこそ上げやすい。上がれば政治家はプレッシャーを感じる。
さて、投票に行ってみようって気になったかな。
人々の暮らし向きが苦しくなると、官僚に注がれる視線は厳しくなりがちだ。
けれども、そんな風潮に便乗して政治家が官僚をたたき、喝采を浴びようとしたらどうなるか。優れた人材が集まらず、政策立案能力も落ちる。結局、そのツケは国民に回ってくる。
ここ数年、そんな官僚バッシングが横行していた。
いかにして官僚の力を引き出し、国民のために役立てるか。与野党は知恵を絞ってほしい。
この問題をめぐる政治の動きは、迷走続きだった。
08年に自民、民主両党などが歩み寄って国家公務員制度改革基本法が成立。必要な法的措置などを盛った行程を定めた。
これを受けて、3代の内閣が法案を国会に提出したが、いずれも与野党対立のあおりで廃案に。法律を一本も成立させられないまま、今月10日、期限とされる5年を迎えてしまった。
その過程は、官僚にいかに厳しくあたるか、政治の意のままに操れるようにするかの競い合いの様相だった。
例えば、内閣人事局をめぐる論議だ。人事局は、中央官庁の幹部人事を内閣が取り仕切るために設ける。省庁の垣根を越えた異動を容易にする。信賞必罰を明確にし、降格しやすくする。そんな狙いがあった。
ところが、案をまとめるたびに、もっと格下の人事権限も内閣に集めよ、大幅に降格できるようにせよ、政治家に直接差配させよと、与党の中からも野党からも「もっと大胆に」の声がわく。
こんな声に応えていたら、政治家の顔色ばかりうかがう官僚が量産されないかと心配になる。政権交代のたびに大勢の官僚が入れ替わり、業務に支障を来す事態も起きかねない。
大切なのは、「官僚を懲らしめる」ではなく「よりよく生かす」へと発想を変えることだ。
まず、政治家の好き嫌いで人事が決まらぬよう、透明な評価・選抜の仕組みをつくる。
天下りは規制すべきだが、逆に官僚が霞が関にこもりっきりでも困る。若いうちに官民の人材交流をもっと積極的に行い、民間からの中途採用も広げよう。社会の実情をよく知らない人が政策をつくるより、よほど役立つに違いない。
民主党政権は、「政治主導」をはき違え、官僚を使いこなせず短命に終わった。一方で、かつての自民党政権時代のような「政官もたれあい」に逆戻りすることも許されない。
成熟した「政」と「官」の関係へ、歩を進めるときである。