シネマの週末・この1本:たとえば檸檬 ずしりと胸に迫る力作
毎日新聞 2012年12月14日 東京夕刊
20歳のカオリ(韓英恵)は彫金の学校に通うが、母の家庭内暴力や過干渉、万引きの後始末に追われる。チンピラだが野心を持つ石山(綾野剛)に出会い、母の支配から抜け出そうとする。40歳の香織(有森也実)は大会社の役員秘書だが、引きこもりの娘を持つ。2人のかおりの生々しい魂の物語であり、濃厚な母娘の愛憎劇だ。
ストーリーの構築、展開のうまさもあるが、俳優がすばらしい。香織の圧倒的な存在感、愛情を渇望する姿は見ていて息苦しくなるほどだ。有森の女優魂に感服した。
カオリは、母への揺れ動く思いを眼光の強弱やわずかな顔の表情などで表現。少女から女への変化を見せた。韓にとって本格的女優への第一歩となろう。
2人を要に、室井滋、伊原剛志、内田春菊、古田新太らのベテラン、若手の綾野、白石隼也、佐藤寛子らを巧みに配置した。ややくさいセリフや、多用される手持ちカメラの是非なども吹き飛ばして余りある。
中途半端な希望を作り出さないラストにも共感。鑑賞後の感覚は重たいが、お手軽で噛(か)みごたえのない作品が跋扈(ばっこ)する昨今の日本映画界で、ずっしりと胸に迫る力作だ。「アジアの純真」の片嶋一貴監督作品。2時間18分。シネマート六本木。(鈴)
◆もう一言
母娘の激しい対立や暴力など、一見、母性の醜い奇形ばかり。しかし実は、それは二つに割れたレモンの一片で、もう片方の優しさや愛と起源は同じ。そんな酸っぱい真実を教えてくれる。(広)
◆さらに一言
きれい事でない人間の奥底を描こうとする腕力は相当なもの。ただ力が入りすぎたか、ところどころ過剰でいびつ。不完全燃焼感が。(勝)
◆技あり
カオリが赤い自転車で、街や林を駆け抜ける場面に不思議な爽快感がある。何度か出てくるので、釘宮慎治撮影監督は、スローにしたり色を変えたり、白黒にしたり最後はパステル調に。目先を変える努力をしているが、ドラマから浮き上がっていないか心配だ。(渡)