環境整えば入籍も 安藤美姫が明かす出産、復帰までの日々

dot.2013年7月18日(木)11:11

安藤美姫さん(25)が女児を出産していたことを発表した。
未婚であり、父親の名前を伏せたことでさまざまな憶測を生んだ。
だからこそ、もう一度伝えたい、出産と復帰までの葛藤と決意を。

*  *  *

 「やっぱり、いろいろ言われちゃうだろうなあ……」
 5月、まだ目のあかない愛娘をあやしながら、安藤美姫(25)は出産を発表した後の世間の反応を気にしていた。

「いろいろ言われることは、もう慣れっこ。だって私、15歳のころからずっと言われっぱなしだもん」

 安藤は4月に女児を出産した。現役アスリートであり、さらに未婚のままの妊娠・出産という事態に加え、2年のブランクを経てソチ五輪を目指すことが世間にどう受け止められるのか−−。口調はちゃかすようだったが、その話題になると、少し顔を曇らせた。

 彼女は強い女、と呼ばれる。ジュニア時代から、滑りのスタイルは少女というよりも女性の強さを表現するもの。気の強そうな発言も相まって、誤解を受けることも多かった。

「よくね、街で会った人に、『あなた、笑うのね』って言われるんです。テレビでは、試合の後のきつい顔ばっかり映ってるからかな? 『そんなふうに笑うんだ』って、驚かれる(笑)。ほんとの美姫は、よわっちいのにね……」

◆スケートっていいわあ◆

 不安でいっぱい、そんな彼女がしたことは、医師のOKが出次第、すぐに氷の上に戻ることだった。練習再開は、出産からたった1カ月後。

 出産前、周囲が密かに心配していたことがある。あまりの子どものかわいさに、心が満たされてしまうのではないか。「もうスケートがなくてもいいや。この子がいれば!」などと思ってしまうのではないか。スケート漬けだった10代のころから、女の子としての生活や人生も楽しみたい、将来は結婚して子どももほしいと語っていた彼女のことだ。言い出しかねない。

 しかし体調が整い、久しぶりに滑ったスケートは、あまりにも新鮮で楽しかったという。

「『スケートって、いいわあ……』。あの美姫がそんなことを言うんですよ。信じられる?」

 周囲も、あきれたように笑っている。
 確かに安藤は他のスケーターたちに比べると、スケートに対して少しドライなところがあった。「スケート……好き、かなあ(笑)」と照れながら言う。そのくらいの距離感だったのだ。

 そんな彼女が嬉々として氷の上に乗り、やがて壮絶な練習を始めた。6月初旬のアイスショー「アート・オン・アイス」までには、「ある程度のジャンプは跳べるようになっておきたい」と。半年間氷に乗らず、筋肉の落ち切った身体。しかも妊娠、出産を経た授乳中の身体だ。わかっていても、ダブルアクセルで大きく転倒し、悔しさで氷を殴りつける彼女の姿を見るのは、ショックだった。かつては4回転サルコーも成功させた、世界一のジャンパーである。トリプルでもほとんど失敗することはない。試合はともかく、練習で転倒するところなどほとんど見せなかったのだ。

「小さいころ、トリプルの練習を始めたとき以来かな。美姫がこんなに転ぶのは……」

 家族や近しいスケーター仲間も、見守るしかない。転びすぎて身体中、青あざだらけ。打ちつけ続けた腰もかなり痛めてしまった。練習スタート時の嬉々とした様子は、もうない。痛々しさに、アイスショーでは無理してジャンプを跳ばなくてもいいんじゃない? 秋の試合に間に合えばいいんだから、もう少しゆっくり調整したら、と話したこともあった。

◆ちゃんとしてたら認めてもらえる◆

 「それはダメです。この子のためにも! 結婚しないで出産したこと、いろいろなことを言われちゃうと思う。ジャンプも跳べなかったら、2年も休んで何をしてたんだ、って言われちゃう。きちんと跳べるようになったら、選手としてもちゃんとしているところを見せたら、この子のこともきっと認めてもらえます。せめてショーでも、トリプルサルコーまでは跳びたいな」

 女性としての幸せも、競技者としての夢も両方手に入れようとするなら、努力しなければ。そんな覚悟があったから、彼女は氷の上でも、愛娘を抱いている時も、常に堂々としていた。

 しかし安藤といえど、あの身体で、たった1カ月で100%のジャンプを取り戻すことはできなかった。何度も転んでショーを壊したくはなかった。9カ月ぶりの氷上復帰となった6月の「アート・オン・アイス」は、「ジャンプなし」のプログラムに。

「やっぱりジャンプなしだと、ぬぼーっとしたスケートになっちゃったかなあ……?」

 ショー出演後、そんな弱気で感想を尋ねてくるのは初めてのことだ。復帰の場で、絶対ジャンプを跳ぶ! その誓いが達成できなかったことを、おそらく深く気にしていた。

◆もう一度本気でやっていく◆

 そして約1カ月後のエキシビション、「ドリーム・オン・アイス」で、念願だった3回転サルコーを成功−−実に10カ月ぶりの「ジャンプの美姫」の姿だった。
「えへへー」

 やっとスタート地点に立った彼女は、ただはにかんだように笑うだけ。妊娠中の、母になる幸せをかみしめる表情でもなく、産後見せた決意に満ちた表情でもなく、ジャンプが楽しくてしょうがなかった若きジャンパー・安藤美姫の笑顔を、久しぶりに見たような気がした。

 その直後の7月1日、4月に出産していたことを発表。当初、6月初旬のアイスショー後を予定していたが、きちんとジャンプを跳ぶところを見せてから皆さんにお話ししたい、という思いから、1カ月遅れとなった。

 奔放に生きているように見えながら、安藤のアスリートとしての意識は高い。だからこそ、自分のプライベートのことで世間を騒がせることを恐れ、「ジャンプを跳ぶまでは」と頑なに発表を拒んでいたのだ。発表の形もできるだけ大げさにしたくない、と。できれば普通の競技に関してのインタビューのなかで一言、「プライベートのことですが」と出産を報告する。そんな形にしたかった。

 父親のことにも、言及しない。なぜなら自分はあくまでもアスリートだから、まずはこれから、スケートをもう一度本気でやっていくことをはっきりと伝えたい。パートナーとはきちんとしたお付き合いをして、オリンピックシーズンの後に結婚も考えていたところの妊娠だった。今は未婚の母だが、親子3人で暮らせる生活環境やスケーターとしての練習環境が整ったら、籍を入れるつもりだ。それまではパートナーや、その周囲の人にも迷惑をかけたくない、そんな思いがあった。

◆せめてこの子とお散歩がしたい◆

 もちろん、このままソチシーズンが終わるまで、入籍するまで公表しないことも考えていた。しかし、週刊誌などに暴かれる形で大切な娘のことが世間に知られるよりは、自分からきちんと伝えたい。妊娠がわかってからここまでの日々、大変なこともあった。このままでは、一番かわいい時期の愛娘を抱いて外を歩くことすらできない。

「難しいと思うけれど……せめてこの子と、お散歩がしたいんです。誰かに写真を撮られちゃう、って心配なんかしないで」

 だが、そんなささやかな彼女の願いは、かなうことはなかった。父親の名前を言わなかったことは、結果的に大きな騒ぎとなってしまう。だからこの記事を書くにあたり、もう一度彼女と家族に確認をした。ここであなたの言葉で、お父さんのことを話しますか、と。悩んだ末の彼女の回答は、否だった。

「一度、報道の皆さんに『氏名をお知らせすることは控えさせていただきたい』というファクスをお送りしました。それを簡単に翻すことは、したくない。でもこの子のお父さんは、お父さんとしていてくれます。生きているんだから、いつでも会える。美姫のお父さんと違ってね(笑)」

 出産発表から、数日後。安藤は自らの呼び起こした騒動のただ中、誰よりも混乱した状態で、アイスショーのリハーサルを淡々とこなしていた。彼女がいちばん気にかけているのは、自分が発表をしたことで多くの関係者が取材攻勢を受け、迷惑をかけてしまっていること。またスケートリンクなどに記者が押し寄せることで、ジュニアの選手たちが落ち着いて練習できない状態になっていることだ。

 自分のしたことを肯定する気はないし、興味本位で見られてしまう覚悟はできている。

「でも、私のせいで、結婚していないお母さんが、生きにくくなってしまったら嫌だな」

 そんな葛藤の中、改めて固まったソチ五輪を目指す決意。娘とともに競技者としての最後のシーズンを送る覚悟。この騒動を経ても、燃え始めた心の火を消さない。彼女にその強さは、あるだろうか。(文中敬称略)

 (ライター 青嶋ひろの)

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