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<不安に踊る>(3) 思いやりなき本音

友だちとパンの生地をこねて遊ぶ京香さん(中)。母親の有香さん(右)は、ネット上の中傷に「どんな人がと思うと怖い」と話す=名古屋市瑞穂区で

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 ある女の子をめぐるインターネットの掲示板が今月、また新しくなった。書き込みは千回ごとに一枚更新され、これで三十六枚目になる。

 女の子は、生まれつき全身の筋肉が萎縮する難病を患う「京ちゃん」こと名古屋市瑞穂区の林京香さん(8つ)。同市では初めて人工呼吸器を付けながら健常児と同じ公立小学校に通っている二年生だ。

 掲示板は頑張り屋の京ちゃんや父智宏さん(38)、母有香さん(37)を励ますため、ではない。「親の自己満足」「普通の子ごっこをしたいだけ」。並ぶのは三人への罵詈(ばり)雑言だ。

 掲示板ができたのは東日本大震災から半年が過ぎた二〇一一年十月。両親が京ちゃんの普通学級進学を河村たかし名古屋市長に要望したニュースが新聞、テレビで報じられたのがきっかけだった。

 書き込みは、すべて匿名で、文面から察するに障害児の親といった境遇が似通った人たちでもない。

 母有香さんは「いったい、どんな人がと思うと怖い。心が疲れちゃって、夫婦同士で、ささいなことでケンカになることも増えた」と打ち明ける。

 他者への思慮にかけた暴言の類いは昔からあった。が、東北大文学部教授(社会心理学)の大渕憲一さんは「ネットの普及によって表現形態が変化しているのでは」と話す。本来は隠すべき、恨みや憎しみ、ねたみといった負の感情が、反撃の恐れがないネットという手段で容易かつストレートに表出されるというわけだ。

 「みんな将来のこととか不満がたまってんだろうね。芸人から政治家まで、他人のことなんかお構い無しで、刺激的なことを言ってスカッとしようというくさい芸風が日本中にはびこってる」

 こう語るのは名古屋市中区の大須演芸場で長年、話芸のプロを見つめてきた席亭の足立秀夫さん(79)だ。

 例えば、お茶の間で人気を集める芸能人の「ぶっちゃけトーク」。相手の気持ちを考えず、きつい言葉をぶつけることが「本音」だとしてもてはやされる。

 橋下徹大阪市長が五月に従軍慰安婦について「当時(戦時中)は、必要だった」などと語った発言もそう。女性への差別発言などとして、世論の反発を招いたが、一部では「よくぞ本音を言った」とたたえる声も。そういえば、京ちゃんを中傷するあの掲示板には「橋下さんが市長なら普通学級への入学を許可しないはずだ」との書き込みが…。

 足立さんは二十年以上前、「天才漫才師」と呼ばれた故・横山やすしさんが若手芸人をしかる場面に居合わせたことがある。厳しすぎると心配したが、横山さんはこう言った。「あのくらいなら大丈夫やって、ワシかて計算してまっせ」

 「芸のある人は相手のことを考えて、言葉を使う。毒舌が売りだった、あのやっさんだって…」と足立さん。本音とは決して感情をむき出しにすることではない。

 京ちゃんの母有香さんは先日、体育の授業を見学して胸が熱くなった。ドッジボールで外野を務めた京ちゃん。同級生たちはボールが当たりそうになると前に立って守り、京ちゃんが厚紙に傾斜を付けてボールを転がす姿を「かっこいい」とほめてくれた。

 感情をむき出しにしがちな子供たちだって相手を思いやるすべは知っている。さて、手本となるべき大人たちは…。とがった言葉が飛び交うこの国で、参院選の舌戦が最終盤を迎えている。