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一票を聞く(上) 作家・平野啓一郎さん

「投票率が下がれば古い体制が温存される」と話す平野さん=都内で(由木直子撮影)

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 民主主義が半分に縮んでいる。昨年の衆院選の投票率は59・32%で戦後最低。六月の都議選の投票率は43・50%と、半分を割り込んだ。たとえ政治不信の中にあったとしても、一票を投じる意味は何だろう。岐路に立つ憲法や、政治に思いを寄せる人たちと考えた。

 「非現実的」。平和問題やエネルギー改革などを考えるときに壁となり、政治へのあきらめにもつながるこの言葉に、作家平野啓一郎さん(38)は、まず疑義を投げかける。

 「グローバル化でイノベーション(技術革新)が加速した現代では、十年後のことなんて誰にも分からない。今日明日のことだけ言えば確かに『現実的』に聞こえる。しかし、それは一世代前の情報に依拠した『現状追認』でしかない」

 未来の可能性に想像力を広げれば、選択の幅はぐっと広がる。「長い時間がかかることを一生懸命やろうとしている党や候補者に僕は投票したい」

 デビューから今年で十五年。著作を通じて個人の問題を突きつめてきたが、五年ほど前から憲法に意識が向き始めた。きっかけは二十世紀末以降、既存の価値観が揺らぐ中で、「なぜ人を殺してはいけないか」という根源的な疑問について考えたことだった。

 当初は倫理的な答えを模索していた。だがある時、「憲法で基本的人権の尊重が規定されているから」という答えもあると気づいた。「殺し合わない社会を国民が選択し、ルールとして定めた。宗教的な規範意識を持つ人が少ない日本では、自分たちがどういう政治的共同体かを憲法が規定し、国家の根幹になっている」

 個人がどう国家と結び付くか、というテーマに、平野さんはいま小説を通じて向き合っている。「昔は強大な国家権力に反発するだけで良かった。だが、僕らの世代はどこまでも弱体化する国家を維持しなくてはならない。そのためには、法の規定をクリエーティブ(創造的)に考え直す必要がある」

 現行の選挙制度もその一つ。「政治も経済も、決定的な問題は同じ。少子高齢化で人口構成比が逆ピラミッド型になったこと」。社会や経済を中心となって動かしている若年から中堅の世代の人口が多かった時代は、選挙でその意思が色濃く反映されることで、社会は新陳代謝してきた。人口構成比の逆転で、その効果が薄れてきたとみている。

 解決策として、若者の投票権を一人二票に増やすという提案をする。「一票の格差が生じる、という批判はあるが、世代間の一票の格差という問題を考えないと。年金問題だって、票を持っている高齢者を優遇するだけでは解決しない」

 低投票率もまた、社会の新陳代謝を遅らせる。政治に失望し、投票に行くのをためらう人には、こう呼びかける。「選挙に行かないのは、今のままでいい、ということ。政治について語る資格を持つためにも、まず投票してほしい。何より一票を投じることによって、自分が変わりますから」 (樋口薫)

<ひらの・けいいちろう> 1975年、愛知県生まれ。京大法学部在学中の99年、デビュー作「日蝕(にっしょく)」で芥川賞受賞。「個人」という概念を、対人関係ごとに現れる「分人」に分割して考える「分人主義」を著作中で提唱、注目を浴びている。近著は小説「空白を満たしなさい」。



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