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一票を聞く(下) 憲法学者・樋口陽一さん

「戦後の日本を決めてきたのは選挙」と語る憲法学者の樋口さん=長野県軽井沢町で(嶋邦夫撮影)

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 「『選挙に行っても何も変わらない』と言う人がいます。でも、戦後日本を決めてきたのは、やはり選挙なのです」。憲法学者の樋口陽一さん(78)は穏やかな表情で語る。政治の側がいくどか試みた改憲についても、一票が重しであり続けた。

 一九五六年の参院選で、当時の鳩山一郎内閣は、改憲の発議に必要な三分の二の議席確保に失敗した。以降、自民党は改憲を公約にするのを避けてきた。「議論がタブーだったわけではなく、票に結び付かないと判断した。つまり国民は選挙を通じて、『憲法を変えない』という選択をしてきたのです」

 今回の参院選は、憲法の大きな岐路となる。近著「いま、『憲法改正』をどう考えるか」では、自民党の改憲草案を分析。「安倍晋三首相の言う『戦後レジームからの脱却』は、戦後日本が欧米諸国と共有してきたはずの価値観や社会の仕組みからの脱却だ」と警鐘を鳴らす。

 公民の授業で習う英哲学者ロックや仏哲学者ルソーの社会契約論では、独立した「個人」が社会の基礎となり、国家を承認する。それらの思想がフランス革命に影響を与えたとされ、民主主義の源流となっていく。今の憲法でも第一三条で「すべて国民は、個人として尊重される」と明記されている。

 だが、自民の草案では個人を「人」と言い換え、社会の基礎単位も「家族」に変更してしまった。「家族をつくれない人は基準から外れるし、血族的な国家観は排外的になりやすい。とはいえ、それも成り立ちうる一つの考え方。要は、国民がどちらの社会を選ぶかということです」

 改憲の手続きを緩和する九六条の改定の動きに危機感が募り、反対する学者らで五月に「九六条の会」を結成し、代表に就任した。念頭にあったのは、五〇年代の改憲反対派の学者らがつくった「憲法問題研究会」だった。「戦争を体験した世代から受け継いだ憲法の考え方を、無にしてしまうわけにはいかない」という責任感に突き動かされた。

 民主党政権の失敗、乱立する新政党−。今回の参院選で、判断のよりどころに迷う有権者も多い。樋口さんは「より良くするのが難しい局面では、悪くなる程度をより少なくする選択をしてはどうか」と提案する。「レス・ワース(less worse)」という考え方だ。

 日本が右肩上がりだった時代は、国民が政治を放っておいても、ありあまる富が勝手に配分されていた。「その甘えはもう捨てなければなりません。少しずつでも良い状態にするために、『より少なく悪い選択』(レス・ワース)が何なのか考えてほしい」

 投票をした結果、失望することもある。でも、それはどこの国でも繰り返されたことだ。「その都度、デモや集会で声を発すればいいのです。この数十年、デモのない社会だった日本も、福島第一原発事故を経験し、その習慣を思い出してきたではないですか」 (樋口薫)

<ひぐち・よういち> 1934年、宮城県生まれ、東北大法学部卒。各国の憲法を研究する比較憲法学が専門。東北大、東大、早大、パリ第2大などで教授・客員教授を歴任。作家の故・井上ひさしさんとは高校の同級生で、共著「『日本国憲法』を読み直す」もある。日本学士院会員。



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