妹さんの影響力について (あるいは交換日記の話)
- 1 :名も無き被検体774号+:2012/05/28(月) 22:37:26.93
ID:AdpNOxmE0
- 知り合いに、妹の頼みなら、何でも聞く兄ちゃんがいた。
体が弱く、長い入院生活を送る妹さんは、
たちの悪いことに、なんか妙に可愛かった。
ある日、兄ちゃんは、妹さんに写真を見せてやった。
花見に行ったとき、友達と撮ったものだった。
「桜なんて、病室からでも見えるけどさ」と兄ちゃんが言うと、
妹さんは首をふり、「こういうの、もっと欲しい」と言った。
大事件だった。
妹さんが音楽以外のことに興味を示すのは、
四年前にスヌーピーにはまったとき以来のことで、 ”これを利用しない手はない!”と兄ちゃんは考えた。
- 4 :名も無き被検体774号+:2012/05/28(月) 22:39:44.49
ID:AdpNOxmE0
- 以来、妹思いの兄ちゃんはカメラを常に持ち歩き、
まばたきと同じくらいの頻度で写真を撮るようになった。
それも、ただ適当に撮るわけではなかった。
ろくでもないインチキの写真を見せると、 妹さんはすねて髪をひっぱってくるので、
兄ちゃんは一枚一枚を真剣に撮らざるを得なかった。
妹さんは、兄ちゃんの撮ってきた写真を、
せっせとアルバムにして、枕の下に置いていた。 暇さえあれば、それを開いて眺めていた。
- 6 :名も無き被検体774号+:2012/05/28(月) 22:44:13.18
ID:AdpNOxmE0
- 「よくやったほめてやろう」と妹さんに言われたくて、
兄ちゃんは何をどう撮るべきか、授業中も常に考えていた。
そりゃあ、趣味でやっている人間と差が出るわけだ。 妹狂いの兄ちゃんにとって、写真=妹=人生だったから。
翌年、野球部員のはずである彼は、 全高総文の出場権を獲得することになる。
ようするに、個人戦の全国大会に進んだのだ。
念のため言っておくが、兄=俺ってわけじゃない。
- 7 :名も無き被検体774号+:2012/05/28(月) 22:45:23.79
ID:dl5f/MrN0
- 妹=>>1
- 8 :名も無き被検体774号+:2012/05/28(月) 22:49:54.82
ID:AdpNOxmE0
- なぜ野球部の彼が、写真部の活動に加わっていたのか?
全高総文への出場を、周りがどれだけ妬んだか?
そういった話は、ここでは省いておく。 いつまでも話が進まないし、楽しい話でもないからな。
とりあえず、妹さんは、「でかした」と兄ちゃんを褒めた。 たたえる感じの曲を口ずさんで、拍手した。
ちゃーんちゃーんちゃちゃーんちゃん、 ちゃちゃちゃちゃちゃんちゃんちゃーん。 ちゃちゃちゃちゃーんちゃちゃーんちゃーん、
ちゃんちゃんちゃーんちゃちゃーん。
それだけで兄ちゃんは、かなり満足していたようだ。
- 9 :名も無き被検体774号+:2012/05/28(月) 22:50:06.98
ID:XYKS2wg/O
- 全高総文って何だ?
- 10 :名も無き被検体774号+:2012/05/28(月) 22:56:03.65
ID:AdpNOxmE0
- >>9
>>6で書いたように、個人的なイメージとしては、 個人戦の全国大会っていうか、文化部の頂点っていうか
写真甲子園ってのもあるが、それは確か団体戦
- 11 :名も無き被検体774号+:2012/05/28(月) 22:59:56.56
ID:AdpNOxmE0
- 翌夏。ついに全高総文が始まるんだが、これによって、
兄ちゃんは六日間もお見舞いに来れなくなった。
これが妹さんにとって大事件だった。 妹さんは毎日気の合う相手と会話しないと、 貧乏ゆすりが止まらなくなるんだ。
妹さんが「なにもそこまでしなくても」という悲しい顔をするので、 兄ちゃんは笑って頭を五回撫でてやったあと、
「代わりのやつを通わせるよ」と言った。 あーかわいい!
- 13 :名も無き被検体774号+:2012/05/28(月) 23:04:55.95
ID:AdpNOxmE0
- で、妹さんは、よくわからないまま「うん」と答えた。
代わりのやつ? おにいちゃんって、二人いたっけ? いないよなー。
- 14 :名も無き被検体774号+:2012/05/28(月) 23:13:58.65
ID:AdpNOxmE0
- 実を言うと、以前から妹さんは、
兄ちゃんの撮る写真に頻繁に写っている、 兄ちゃんの友達と思われる男に、 ちょこっと惹かれていた。
いっつも参考書やノートと向き合っていて、 気難しい顔をしてばかりのその男を見て、 このひといいなあ、と妹さんは思ったらしい。
……いや、なにが「いいなあ」なんだろう? 本当によくわからない。
でも、”びびっときた”らしい。
びびっときたなら仕方ないよな。
- 15 :名も無き被検体774号+:2012/05/28(月) 23:25:15.10
ID:AdpNOxmE0
- そう、ここでようやく俺が話に絡んでくるわけだ。
兄ちゃんは暇さえあれば写真を撮っていたが、
一人で写真を撮るのは結構恥ずかしいものだ。
そこで兄ちゃん――つまり俺の友人は、俺を誘って、
撮影を見守らせたり、ときには被写体にしていた。
一方でそれは、何かに憑りつかれたように 勉強ばかりするようになった俺を心配した、
友人なりの配慮だったんだと、今は思う。
あほみたいに勉強してたんだよ、当時の俺。
- 18 :名も無き被検体774号+:2012/05/28(月) 23:37:41.39
ID:AdpNOxmE0
- というわけで友人は、妹さんが思いを寄せる、
けれども写真でしか見たことのない男を、 家をあける六日間、自分の代わりに、
病室に通わせることを約束した。
- 19 :名も無き被検体774号+:2012/05/28(月) 23:40:50.07
ID:WM/q5Nxx0
- ほうほう
- 20 :名も無き被検体774号+:2012/05/28(月) 23:41:55.56
ID:AdpNOxmE0
- その計画を正確に知らされて、
「おいおいちょっと待ってくれよ」と思ったのは、 俺ではなく、妹さんの方だ。
確かに好きだよ? あの人いいなーって思うよ。 でもおにいちゃん、私、極度の人見知りなんだよ!
- 23 :名も無き被検体774号+:2012/05/28(月) 23:49:24.89
ID:AdpNOxmE0
- しかし妹さんは見栄っ張りだったし、
兄ちゃんをがっかりさせたくなかったから、 「おにいちゃんありがとう!」と言ってしまった。
ジャズに詳しくて理知的で世慣れた妹像を、 妹さんは、意地でも守り通したかったらしい。
そんなものは最初から妹さんの中にしかないんだけどさ。
- 24 :名も無き被検体774号+:2012/05/28(月) 23:53:27.25
ID:NwbEOTovO
- 癒される文章だ
俺を癒してくれ
- 27 :名も無き被検体774号+:2012/05/28(月) 23:56:48.51
ID:AdpNOxmE0
- 俺と妹さんが初めて会ったときのことを話す前に、
俺と友人の間に生じていた誤解について説明しておく。
- 28 :名も無き被検体774号+:2012/05/28(月) 23:57:20.30
ID:AdpNOxmE0
- 確かに俺は、妹さんの話を彼からよく聞かされていた。
「あいつ、お前の写真をぼーっと見てるんだよ」とか、
「『この人、名前はー?』って妹が聞いてくるんだよ」とか。 悪い気分じゃなかったね。
でも俺は、妹さんが小学生くらいなんじゃないかと 勝手に想像していた。言動が幼い感じだったし。
- 29 :名も無き被検体774号+:2012/05/29(火) 00:02:44.95
ID:AdpNOxmE0
- 病弱な小学生の見舞いに行って、話し相手になってやる。
そういう夏休みも、いいんじゃないかと思った。
ひょっとすると、友人は、意図的に誤解を 生むような説明をしていたのかもしれない。
確かに、十六歳の女の子が相手だと知っていたら、 俺はお見舞いに行く気にならなかったかもしれないから。
舞い上がるのが怖いんだよ、俺は。
- 31 :名も無き被検体774号+:2012/05/29(火) 00:07:35.88
ID:AdpNOxmE0
- 初めて目が合ったときの、お互いの慌てぶりは割愛。
妹さんと打ち解けるまでに、大体十分くらいかかった。
「実を言うと、小学生だと思ってたんだよ」
そう俺が言うと、妹さんは初めて笑ったんだけど、
その笑い方の品が良いんだ、これが。 こういう品の良さって言うのは、才能だな。
「予定が外れて、ちょっと困ってる」と俺は素直に言う。
「大丈夫ですよ、私も困ってますから!」と妹さん。
「えーと……何に困ってるの?」
「私、おにいちゃん以外の人と話すの、久しぶりで」
「そっか。お互い困ってるわけだね」
「困った困った」妹さんは枕を抱えてそこに顎をうずめる。
- 32 :名も無き被検体774号+:2012/05/29(火) 00:18:40.72
ID:va83xvoH0
- この時点で俺は、妹さんに”びびっときて”いる。
照れると俺は、なぜか本当のことを言ってしまう。
「六歳くらいを相手にするつもりで準備してきたんだよ。参ったな」
「ちなみに、六歳だったら、どうするつもりだったんですか?」と妹さん。
「電話で姉貴に相談したら、『交換日記でもすれば?』って言われてさ」
「じゃあ、交換日記するつもりだったんですか?」
大笑いする妹さん。これで緊張がとけたらしかった。
「うん。しかし十六歳となると、話は違ってくるね」
「違いませんよ。しましょう、交換日記!」
- 33 :名も無き被検体774号+:2012/05/29(火) 00:28:51.28
ID:va83xvoH0
- ということで、俺は十八歳にもなって、
十六歳の女の子と交換日記をすることになった。 いいのかよそれで妹さん。
俺がやたら妹さんの当時の心情について詳しいのには、 そういう理由がある。日記に書いてあったんだ。
今じゃ、俺は姉貴に感謝している。 この子と接する上で、交換日記ってのは、 いちばん優れた方法だったのかもしれない。
- 34 :名も無き被検体774号+:2012/05/29(火) 00:31:39.60
ID:XL4NBky00
- うんうん
- 35 :名も無き被検体774号+:2012/05/29(火) 00:32:42.84
ID:lGhp/cyM0
- いいじゃん交換日記
- 37 :名も無き被検体774号+:2012/05/29(火) 00:35:51.99
ID:va83xvoH0
- 面会は二十分程度でいいと友人が言っていたので、
俺はそれくらいで引き上げることにした。
「今日はありがとうございます」妹さんが頭を下げる。 「いやいや。俺も楽しかったよ」俺も下げる。 「明日もありがとうございます」
「えーと……任せて!」
正直なところ、もっと話していたかったんだけど、 こういうのは、話し足りないくらいで帰るのが一番だ。
- 38 :名も無き被検体774号+:2012/05/29(火) 00:40:11.80
ID:va83xvoH0
- 「明日、日記渡すんで、待っててください」
帰り際、妹さんが楽しそうに言った。
俺は「わかった」と口では言いつつも、
浮かれて何も耳に入っちゃいなかった。
この忠告をきちんと聞いておかなかったために、 俺は翌日、交換日記を裸で持ち歩くことになり、
ちょっと恥ずかしい思いをすることになる。
- 39 :名も無き被検体774号+:2012/05/29(火) 00:50:23.71
ID:va83xvoH0
- 翌日、課外授業を終えた俺は、
病院までのぐねぐねした坂道を、 自転車で汗だくになって登った。
さて。交換日記を始めるにあたって、一つ問題があった。 それまで俺は文章と言うのが苦手で、
小論文や感想文といったものが大嫌いだった。
交換日記っていうのも、一見素敵なんだけど、
文章を書いたり読んだりすることに、少しげんなりしていた。
しかし、妹さんが照れ笑いしながら
「字、汚くてもうしわけないっす」と言って 手渡してくれた日記を見て、俺の考えは変わる。
- 41 :名も無き被検体774号+:2012/05/29(火) 01:08:54.19
ID:va83xvoH0
- 妹さんが恥ずかしがるくらい、俺は日記を熟読した。
「やめてくださいよー」って言われた。
五回以上文章を読み返したのは、実はこれが初めてだった。
書いてあること自体は、ごくごく普通のことだ。
交換日記を書く上で感じる恥じらいとか、 思い出す小学時代のこととか。
でも、普通の書かれ方をしていないんだよな。
知っていることでさえ、初めて聞くように感じさせてくれる。
文ってなかなか素敵じゃん、と思った。
ただ、はしっこに書いてあるカモのイラストは、 なんというか……独特だった。
- 42 :名も無き被検体774号+:2012/05/29(火) 01:11:15.34
ID:va83xvoH0
- 夕方にホテルから電話をかけてきた友人は、
俺が妹さんと交換日記を始めたと聞くと、 妹さんと同じような笑い方をした。
「すごいな、さすがに交換日記は予想してなかった」
「俺もしてなかった。どう、優勝狙えそう?」
むこうでは、あらためて撮影会が行われるらしく、 三日間で、いかに良い写真を撮れるかを競うらしい。
「芸術家ぶった勘違い野郎と、素人しかいないよ」
「そりゃあ良かった」
「あいつらの敗因は、妹がいないこと」
「妹がいないんじゃ難しいよな」
野球部のこいつが最優秀賞を取ったら、 他のやつはどんなことを思うんだろう。
このままだと本当に優勝しちゃいそうだけど。
- 44 :名も無き被検体774号+:2012/05/29(火) 01:20:58.40
ID:9lHjObaii
- 独特なカモのイラスト
- 46 :名も無き被検体774号+:2012/05/29(火) 01:31:40.46
ID:va83xvoH0
- >>44
なんかすっごくひゅるっとしてるんだよ
- 48 :名も無き被検体774号+:2012/05/29(火) 01:37:21.40
ID:9lHjObaii
- >>46
ひゅるっとしたカモ いかん、想像できなさ過ぎて笑いが止まらん
- 45 :名も無き被検体774号+:2012/05/29(火) 01:26:32.82
ID:va83xvoH0
- その夜、俺は考えた。
妹さんが書いてくれたのと同じくらい、 人を良い気分にさせるものを、俺も書きたかった。
なにより、俺も友人と同じように、妹さんに、 「よくやったほめてやろう」とか言われたかった。
いや、「すばらしいあいしてる」くらい言わせたかった。
オーケー。こう考えよう。
これは夏休みの絵日記か、読書感想文みたいなもんだ。
いままできちんと書いてこなかったツケが来たんだ。
ここでいっちょう、まともな文章を書けるようになろうか。
- 47 :名も無き被検体774号+:2012/05/29(火) 01:35:54.21
ID:va83xvoH0
- というわけで俺は、それからは一日ごとに、
一晩中、交換日記と格闘することになる。
虫が入らないよう、窓を閉め切って蒸し暑い中、
汗がノートに落ちないように気を付けながら、 妹さんに送る言葉を慎重に考える。
行きづまると受験勉強に戻り、
ふと思いついて、日記帳に書き込む。
なんだか小学生か中学生に戻った気分だった。 交換日記って楽しいなー。
- 49 :名も無き被検体774号+:2012/05/29(火) 01:45:10.09
ID:va83xvoH0
- 初日の交換日記を書き終える頃には夜が明けて、
鳥やひぐらしの鳴き声が聞こえていた。
そういえば早朝もひぐらしって鳴くんだなー、
って感心していたことをよく覚えている。
なんだかいいことをしたなあ、と俺は思った。 俺の人生において、それは貴重な体験だった。
- 51 :名も無き被検体774号+:2012/05/29(火) 01:55:34.54
ID:va83xvoH0
- 妹さんは俺の日記を読んで、想像以上に喜んだ。
「気が合いそうです、仲良くなれそうです!」 そりゃそうだ、仲良くなるために書いたんだから。
「私、五回も読み返しちゃいましたよ!」 「そうなんだ。嬉しいな」 「あれ、照れないんですか? 大人ですか?」
「むしろ褒めて欲しいくらい」
妹さんは、ちょっと考えてから言う。 「よーしよし、よくやった」
こんな言葉でも、この子に言われると、 すごくしっくりきちゃうんだよな。
- 52 :名も無き被検体774号+:2012/05/29(火) 02:08:36.43
ID:va83xvoH0
- 笑い方の品の良さや素敵な文章、その上、
向こうからも好意を持たれていると分かっていれば、 俺が妹さんに惚れないはずもなかった。
なんていうかもうベタ惚れだった。 病気じゃなければ持ち帰ってるところ。
物事は都合よく行き過ぎているように見える。
しかし、これらの話が、この病弱な妹さんより、 俺の方が遙かに病弱であったことが 分かる前の話だってことを踏まえてみよう。
ちょっと見方が変わってくるだろう?
- 53 :名も無き被検体774号+:2012/05/29(火) 02:12:05.25
ID:ABEbDLBu0
- 何だろうこれ。
すこく、引き込まれる
- 58 :名も無き被検体774号+:2012/05/29(火) 04:26:06.40
ID:RY2G9TOV0
- 続きが気になる
- 62 :名も無き被検体774号+:2012/05/29(火) 08:09:45.64
ID:llioa4ai0
- これはまた楽しみなスレを開いてしまったな
- 66 :名も無き被検体774号+:2012/05/29(火) 08:57:04.88
ID:6ZfNbMEoP
- 泣きそう
- 67 :名も無き被検体774号+:2012/05/29(火) 09:53:41.69
ID:va83xvoH0
- それからというものの俺は、
交換日記のことで、頭が一杯になってしまった。 ようするに妹さんのことで頭が一杯になったということ。
受験生なのに何やってるのって感じだが、 勉強効率は、落ちるどころか上がってさえいた。 生活に張りがあると、やっぱり違うんだね。
日記に一度に書けるのは大体600文字くらいで、 その空間をどんな言葉で埋めるかというのは、 考え出すと結構おもしろいものだ。
何を見ていても、何を考えていても、 日記に書く内容に結びつけてしまうようになっていた。 友人の気持ちがちょっと分かった気がした。
- 68 :名も無き被検体774号+:2012/05/29(火) 10:07:02.94
ID:va83xvoH0
- 「先輩は勉強熱心なんですよね?」
三日目に会った妹さんは、そんなことを口にした。
「最近はそうかもしれない。受験生だしね」
「そっかあ。それなのに、わざわざありがとうございます」
「俺が好きで来てるんだよ。断ることだってできた」
「でも、学校からも、結構遠いでしょう?」
「んーとさ、俺も、こんな感じで入院してたことがあるんだよ」
「へえー」
「誰も見舞いに来ないし、一カ月もすると、 『もう俺のことなんて、皆覚えてないんじゃないか』
って思うようになって、嫌な感じがしてさ」
「だから来てくれるんですか?」
「みたいだね」
もちろんそれだけじゃないけどね。
- 69 :名も無き被検体774号+:2012/05/29(火) 10:11:45.10
ID:bTS6wggP0
- なんだろう。引き込まれるな…
- 70 :名も無き被検体774号+:2012/05/29(火) 10:21:11.44
ID:va83xvoH0
- ところで、その日受け取った日記には、
数日後に控えている大規模な祭りについて、 なんだか恨みがましいことが書いてあった。
「最近の屋台は、トルネードポテトなんてのもあるんでしょう?」 妹さんが手をくるくる回しながら俺にそう聞く。
なるほど、書いてある絵は、想像上のトルネードポテトか。 「なんか、異様に油っぽいという噂ですけど」
「祭りには、しばらく行ってないの?」
「いえ。去年は行けたけど、行かなかったんです」
「じゃあ結局行ってないじゃん」
「そうですね。行ってません」
「……あ、俺もしかして、無神経なこと言った?」
「おお、よくわかりましたね!」
「……ごめん」
「いえいえ嘘です、からかってみただけです」
- 71 :名も無き被検体774号+:2012/05/29(火) 10:36:43.78
ID:va83xvoH0
- 「先輩は祭見に行くんですか?」と妹さん。
「行って欲しい?」と俺は返す。
「なんですかそれ。決定権、私にあるんですか?」
「うん。俺自身はどっちでもいいからね」
「どうしてもらおう」
「お好きな方を」
「じゃあ、行ってきて、写真撮ってきてください」
妹さんが、棚からカメラを取って、俺に差し出す。
現在友人は、学校から借りた高級なカメラを使っていて、 普段使っているデジカメは、妹さんが預かっていた。
- 72 :名も無き被検体774号+:2012/05/29(火) 10:57:41.37
ID:va83xvoH0
- 「いいけど、あいつほど上手く撮れないよ?」
俺はカメラを受け取り、操作方法を確かめながら言う。
ついでに妹さんを撮影する。妹さんが無表情でピースする。
「大事なのは、先輩が撮ってきた、ってことなんです」
「でも、そしたら時間的に、その日の面会これないよ?」
「いいですよ。私、先輩の写真とお喋りしてますから」
「やめとけ」
「こういうの慣れてるんで!」
「そうなりそうになったら、電話でもかけてきなよ」
俺は携帯の番号を書いて、妹さんに手渡しておいた。 さり気なく番号教えてやったぜ!
- 76 :名も無き被検体774号+:2012/05/29(火) 13:14:39.42
ID:bTS6wggP0
- なんだろう、この感じ。面白い。
- 77 :名も無き被検体774号+:2012/05/29(火) 13:47:31.39
ID:lGhp/cyM0
- いいなあ
- 78 :名も無き被検体774号+:2012/05/29(火) 14:04:21.51
ID:NqvLhsI80
- 流石だな
今作も引き込まれるわ wktk
- 83 :名も無き被検体774号+:2012/05/29(火) 22:08:31.63
ID:va83xvoH0
- 祭に行けとは言われたものの、誘う相手もいないし、
いつも通り面会に行くことにしようと考えていたら、
翌日、部活動でマネージャーさんだった子に、 「暇なら行こうよー」と祭に誘われた。
”流れで誘いました”感をかもしつつ、
実のところ、本気で誘っているようだった。
ここでようやく俺は、妹さんとその子を、 秤にかけることを余儀なくされた。
マネージャーさんと祭に行って写真を撮ってくるか、 妹さんの病室へ行って、交換日記を読むか。
- 84 :名も無き被検体774号+:2012/05/29(火) 22:13:17.85
ID:va83xvoH0
- しかし俺は、誰が見ている訳でもないのに、
存在しない誰かの期待を裏切りたくなった。
俺さえも予想しない行動に出てみたくなった。
というわけで、俺はマネージャーさんの素晴らしい誘いを断り、 課外が終わるなり大急ぎで祭の会場へ向かい、
一人で屋台や山車を撮影した後(気が狂っている)、 また大急ぎで病室へと向かい、妹さんにあきれられた。
- 85 :名も無き被検体774号+:2012/05/29(火) 22:17:44.15
ID:llioa4ai0
- 交換日記してたから読ませるのが上手いのかな?
- 86 :名も無き被検体774号+:2012/05/29(火) 22:32:10.76
ID:va83xvoH0
- 「こんな日に面会なんて、馬鹿じゃないですか?」
「誰にも誘われなかったんだ」
「本当ですか?」
「ほら、これがトルネードポテトの写真」
「おおー……行ってきたんじゃないですか」
「まあね」
「うそつき」
「まあね!」
「うそつきは泥棒の始まりですよ」
俺はいつもなら踏みとどまるような
あほな思いつきを実行に移した。 「うん。恋泥棒なんだ」
妹さんは笑うまいと努力したらしかったが、
ついふきだしてしまって、悔しそうにしていた。
- 90 :名も無き被検体774号+:2012/05/29(火) 23:11:22.90
ID:va83xvoH0
- 「馬鹿じゃないですか?」
妹さんは笑いが収まらない様子だ。
俺は交換日記を手渡して言う。 「まあ本心は日記に書いてくれ」
「わかってます。わかってますよ」
「期待してるよ」
「誰と撮ってきたんですか?」
「一人でだよ。恥ずかしかった」
「何やってるんですか……」
「でも、よく撮れてるでしょ?」
「本当に。屋台って撮るの難しいんですけど」
「そうそう。神輿といい屋台といい、祭ものは難しい」
「詳しいですねえ」
「いつも君の兄さんの隣で見てたからね」
- 91 :名も無き被検体774号+:2012/05/29(火) 23:21:03.34
ID:bTS6wggP0
- すごくイイ。ペースも良いし、文体が魅力的だ。
- 93 :名も無き被検体774号+:2012/05/29(火) 23:40:26.62
ID:va83xvoH0
- 一通り撮影技術について二人で話すと、
妹さんは、祭の写真を、ちょっとだけ遠くに置いた。 俺はその動作が、なんだか妙に気になった。
俺はその写真に手を伸ばすと、ひっくり返して置いた。 妹さんはそれを見て、「ばれたか」という顔で笑った。
「ちょっと嫌な気分になった?」
「あはは、そうなんですよ。自分で頼んでおいて」
「やっぱり自分で行きたいよね、祭りは」
「ていうか、写真見て、『ここにいたかったなあ』って思って」
「そっか」と言った俺が感じていたのは、 正直なところ、祭に行けない妹さんへの同情ではなく、
彼女が俺と祭に行きたいと思ってくれていたことへの嬉しさだった。
- 94 :名も無き被検体774号+:2012/05/29(火) 23:47:31.65
ID:va83xvoH0
- その日の妹さんの日記は、
文末にハートマークが三つあった。
俺はハートひとつにつき一回のガッツポーズをした。
- 96 :名も無き被検体774号+:2012/05/30(水) 00:10:43.95
ID:GzJVChvk0
- 六日目にあったことで覚えているのは、
二人で友人(兄ちゃん)に電話をかけたことだ。
話題が尽きて、二十秒くらい沈黙が流れたあと、
妹さんは突然、「電話かけましょう」と言った。
まずは、俺が一人でいる風を装って電話をかける。
妹さんが横で、「私がそばにいるのは内緒ですよ」と言う。
電話に出た友人は、妹のことが心配なのか、 自分の話も早々に切り上げて、
「仲良くやってるか?」と聞いてくる。
「帰ってきたお前が嫉妬するくらいに」と俺は答える。
「へえ……実際のところ、妹のこと、どう思う?」 言い逃れはさせないぞ、という感じの声。
- 97 :名も無き被検体774号+:2012/05/30(水) 00:17:38.30
ID:GzJVChvk0
- 俺はどうやってはぐらかそうか考えたが、
そばに妹さんはいないことになっているので、 嘘偽りなく本心を言うことにした。
「関係を壊すのが怖くて安易に告白できないほど好きだよ」
友人は案外驚かない。
「そうだろうなー。お前ら、気が合いそうだと思ってたんだ」
「妹さんくれ」
「親に言えよ」
それから俺は、俺の衝撃発言を受けて 挙動不審になっている妹さんに電話を代わる。 俺はなんだか楽しくて一人で笑い転げてしまう。
- 101 :名も無き被検体774号+:2012/05/30(水) 00:27:15.08
ID:GzJVChvk0
- 妹さんが友人と何を話していたのかは忘れてしまった。
俺自身も、自分の言ったことに動揺していたのかもしれない。
ただ、妹さんは、一回の電話の中で忙しく、 怒ったり笑ったり困ったり喜んだりしていて、 電話を切る直前、最後にぼそっと、
「関係を壊すのが怖くて安易に告白できないほど好きだよ」
そう言ったことだけは覚えている。 真似かよ。
- 103 :名も無き被検体774号+:2012/05/30(水) 00:35:42.80
ID:GzJVChvk0
- そういう感じで夏は過ぎて行った。
まあ後は、ひたすら仲良くしてただけだ。
一般的な両想いの男女がするような探り合いを楽しんでた。
でもそれこそが幸せってもんだよ。
友人は全高総文では、良い賞は取れなかった。
いや、賞を取っただけでも、すさまじいことなんだけどさ。 友人が言うには、「審査員が腐っていた」らしい。
くだらないパンフレットの写真みたいなのが最優秀賞だった。
友人が帰ってきて、夏休みが終わり、
俺が面会に行ける機会は少なくなったが、 それからは、友人が交換日記配達人になってくれた。
- 104 :名も無き被検体774号+:2012/05/30(水) 00:41:39.41
ID:GzJVChvk0
- 一度はクラスメイトに日記をわたす現場を見られ、
俺と友人が交換日記をしているという 一番されてはいけない種類の誤解を受けた。
妹さんにそのことを話すと、 「あほだー」と一通り笑ったあとで、 ”学校いいなー”みたいな顔をしたので、
髪をわしゃわしゃやってやった。
当然妹さんも俺の髪をわしゃわしゃしてきた。 この子が早く学校に戻れればいいなあ。
そう思った。
- 105 :名も無き被検体774号+:2012/05/30(水) 00:51:38.71
ID:GzJVChvk0
- 急に電話が来た夜があった。
「もしもし? 10円は60秒なので、手短に言いますね」
「そういえば番号教えてたね。かけてくれて嬉しいよ」
「ここじゃ、あんまり大きな声では言えませんけど、
私、じつは先輩のこと大好きなんですよ」
「俺も君のこと大好きだよ。かっさらいたいくらい」
「やったー! よかったー」
「よかったよかった」
「……参りました、40秒くらい余りました」
「どうしようか」
「ふー」
「息吹き込まないで」
「照れ隠しです」
「ふー」
「わー、うるさい」
- 107 :名も無き被検体774号+:2012/05/30(水) 01:21:55.80
ID:Q7hpYihQ0
- 「照れ隠しです」
「ふー」 この感じ、たまらん
- 108 :名も無き被検体774号+:2012/05/30(水) 01:23:43.39
ID:GzJVChvk0
- 一度、八月の寝苦しい夜に、
妹さんと蛍を見に行く夢を見た。
だから俺は蛍の撮り方を勉強して、
友人と協力して蛍の写真を一杯撮った。
その写真を作る工程がいかに複雑か 説明しながらふと妹さんの顔を見ると、
ちょっと目が潤んで赤くなっていて、 俺は知らないふりをして説明を続けた。
交換日記には妹さんの本心も書かれていた。
その辺りで、俺の外の生活はお終い。
- 109 :名も無き被検体774号+:2012/05/30(水) 01:26:02.93
ID:W2yy4GR7O
- おい
おい…
- 110 :名も無き被検体774号+:2012/05/30(水) 01:27:49.95
ID:GzJVChvk0
- 妹さんの病気が治って欲しいという俺の願いは、
想像以上に早く聞き入れられた。
でも、俺は他人のことを心配してる場合じゃなかったらしい。 入れ違うようにして、俺の入院生活が始まる。
怪我して病院にいったときの検査で、俺の体に、 笑っちゃうくらい重大な欠陥が見つかったんだ。
今まで普通に過ごせていたことに、首を傾げてしまうくらいの。
- 112 :名も無き被検体774号+:2012/05/30(水) 01:35:48.83
ID:GzJVChvk0
- 今では、高校の制服を着た妹さんが
俺の見舞いに来て、交換日記を置いていく。
友人も、かつて妹にしていたように、
写真を撮ってきて、俺に外の様子を知らせてくれる。
妹さんが映っている写真を俺は毎日眺めて、
一日の大半をベッドの上で過ごしている。 たぶん妹さんは、こんな感じの生活だったんだろう。
- 113 :名も無き被検体774号+:2012/05/30(水) 01:50:18.31
ID:GzJVChvk0
- 俺はそんなに悲観的に考えちゃいない。
そりゃあ、たしかに、妹さんと祭に行きたかったさ。
ろくでもない油まみれのポテトを一緒に食べたり、 山車や屋台にくだらない感想を言って歩きたかった。
妹さんが気に入っている写真を撮った場所に、 友人と妹さんと俺の三人で実際に行って、
同じような写真を、今度は妹さんを含めて撮りたかった。
写真も交換日記も電話もいらないくらい、 うざったいほど隣にいてみたかった。
そういう望みを挙げ出したらきりがない。
- 114 :名も無き被検体774号+:2012/05/30(水) 02:00:53.38
ID:BcPpTan70
- なんか泣いてしまいそうだ
- 115 :名も無き被検体774号+:2012/05/30(水) 02:02:45.29
ID:GzJVChvk0
- でもさ、今だってあの夏休みに劣らず楽しいし、
俺がこうなったことで、かえって好転したこともあるかもしれない。
なにより、妹さんと知り合ってからの一連の経験で、俺は、 「もののみかた」ってやつが変わった気がするんだ。
上手く説明できないけど、それは、この世に起こることの中で、 もっとも素晴らしいことのひとつだってことに、最近気づいた。
そういうわけで俺はしあわせに思う。 そこそこね。
- 117 :名も無き被検体774号+:2012/05/30(水) 02:10:41.21
ID:GzJVChvk0
- 歯切れの悪い終わり方だけど、これで話はお終い。
読んでくれた人は本当ありがとうだよ。
最後に、ちらっと宣伝だ。 http://fafoo.web.fc2.com/other.htm 念のための釣り宣言ってことでもある。
- 123 :名も無き被検体774号+:2012/05/30(水) 08:57:05.62
ID:739hikT7O
- これぐらいのペースが一番いい
素敵な話ありがとなー
- 128 :名も無き被検体774号+:2012/05/30(水) 17:39:15.28
ID:0wZ3DsJOi
- タイトルは村上春樹を意識してそう
なんこか見たことあるわ。乙
- 129 :名も無き被検体774号+:2012/05/30(水) 17:54:36.57
ID:EapcieS00
- おもしろかった
日本語が、きれいだ
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