「東北6県ロール」プロジェクトから声がかかったとき、「京都吉兆」総料理長の徳岡邦夫(53)は迷わず、「福島」でやりたいと思った。
じつは、会津を拠点に地域の食と農業のプロデュースにかかわる人物から誘われ、福島で新たな商品開発ができないかと、何度か足を運んだことがあった。
そんなとき、震災と原発事故が起きた。2カ月後、徳岡は福島に入って、人々の声を聞く。彼らは守られたいのではなく、立ち上がりたいんだ。そう気づき、中断していた福島での商品開発にあらためて取り組もう、と決めた。
「せっかくつくるのなら、世界のマーケットに売りだそう。それには、だれにでも馴染みのあるクッキーはどうだろう」
フクシマの名はいまや、世界中で「放射能」と同義と受け止められている。なんとか、そのイメージを変えるために、世界一安全なクッキーをつくろう。そのために、放射性物質の全品検査をし、独自の安全基準をつくる。また、子どもたちが小遣いで買えるぐらいの値段にする。次々とアイデアがふくらんだ。生ものではないため、比較的賞味期限が長いという利点もある。
クッキーで大きなうねりを生みだせるのではないか。そう考えていたところに、リバースプロジェクトから「6県ロール」プロジェクトへの参加を呼びかけられた。徳岡は二つ返事で引き受けた。
ただ、ふたつ条件があった。地元の食材を採り入れることと、地元の雇用につなげること。あくまで、復興のためのプロジェクトなのだ。
クッキーづくりは小麦粉を使うのが一般的だが、徳岡が選んだのは福島らしさを演出できる、会津産のそば粉。ただ、そば粉の素朴な風味はクッキーとしては物足りない。そこで、殻がついたままのそば粉を挽(ひ)いて、香りを引き出した。さらに、地元でとれるはちみつ、卵、ドライフルーツを加え、深みのある甘さを引き出した。こうして試作を重ね、世界のどこにもないクッキーが生まれた。
このレシピをもとにクッキーをつくるのもまた、福島の人々だ。会津若松市の社会福祉法人「心愛会」が運営するベーカリー&カフェ「コパン」。障がいがある人たち60人が働いている。
心愛会常務の三瓶英司(35)は「助けてもらうだけじゃなくて、自分たちの力でやりとげる喜びを感じてもらいたい」と話す。障がいと被災という二重の意味でハンデを負う人たちが、「世界標準」の味を広めることができるか。いまは催事など、予約販売が中心で、食べた人からの反応は悪くないが、まだまだ改良の余地があるという。レシピは一般にも公開され、だれもが作ることができる。
クッキーをプロデュースした徳岡は言う。
「『地産地消』もいいですが、地方から東京、さらにパリ、ニューヨークへと広がれば、福島が潤う。『地産外消』になれば、なおいいですよね。農業など日本の1次産業は世界に誇れるもの。夢が広がるよう、あきらめずに努力していきたい」。挑戦は始まったばかりだ。=敬称略(つづく)
(ライター 松田きこ)
俳優、映画監督の伊勢谷友介が09年に株式会社リバースプロジェクトを設立。東京芸術大学の同級生らとともに、デザインで、社会的に利用価値が低いとされているものに新たな命を吹き込み、よみがえらせる「再生プロジェクト」を展開している。原発事故で見送られた卒業式を飯舘村の子どもたちにプレゼントするなど、社会貢献につながる「元気玉プロジェクト」なども活動している。
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