15
呆然とした表情で自身の前に立つ少女を見つめるアカネに内心ほくそ笑みながら、マコトはその少女へ意識を向けた。
カオリさん。
『2番目の大陸』で出会い、自身で前を進ませるきっかけを作ったプレイヤー。
先刻、《索敵》スキルに新たに反応があった際、俺はそれが彼女だと悟った。
別に根拠があった訳ではない。むしろ、100%勘だ。トウカあたりに事情説明すれば卒倒しそうなモノだが、事実は小説より奇なり、とも言う。現実で起こったのだから結果オーライといったところだろう。
「助かったよ、カオリさん」
「マコト君、後でお話がありますから」
笑顔でこちらを振り向く彼女に俺の背中に冷たい汗が流れる。
これは断じて笑顔ではない。
現実でコミュ症だった俺でも、彼女の笑顔の裏に何かが潜んでいるのは分かった。
「逃げないで下さいよ?」
「…い、いえっさ〜」
目に見えぬオーラに蹴落とされ、思わず了承してしまう。
もう師弟関係とか無えな。
「カオリー。隠れた一面を出さなくていいから、この状況をどうにかしてくんない?」
ナイス!!内心でトウカに感謝しつつ、大剣を抜く。
耐久値は半分程度まで減少しているだろうが、《倶楽部》の連中相手になら充分だろう。
「カオリさん。あいつらのHPを限界まで減らせ。ただし殺すな、あんな奴ら相手に犯罪者になる必要は無いからな」
「はい」
トウカにMP回復ボージョンを渡すと、カオリもまた臨戦体勢をとる。
「それじゃあ、反撃開始といこうか!!」
俺の声を合図に、《倶楽部》との戦闘が開始された。
「カオリは…行ったのか」
視線の先で石段に腰を下ろす少女に確認する様に呟く。
ネメアと呼ばれる少女は、先刻と同様《王族の墓地》にある台座に腰を下ろしていた。
常日頃、マコトの側に存在している彼女にとっては珍しいことだが、その心情を察することは出来ない。
「これも君の…ネメアの予想通りかい?」
「私のでは無い。けど、概ねその通り」
「そうか。成長したんだな、カオリは」
ネメアの表情が変わることは無い。変えることはない。
無表情で答える少女に嘆息しながらも、彼女はここに呼び出された理由を問う。
「何で、私をこんな下層の大陸に呼んだんだい?今『7番目の大陸』で何が起こってるのか…知らないわけじゃないだろう?」
「マコトは、カオリを上層の大陸に連れていくつもり」
「……そうか。それは阻止しないとな。多少の実力行使しちゃうけど、構わないよね」
無言で頷くネメアから視線を外し、『7番目の大陸』で自分を待っているパーティメンバーに暫く帰れないことをメールする。
再度ネメアに視線を向けるが、その先に少女の姿は無かった。
「カオリ…、君は『7番目の大陸』に来ちゃいけないんだよ。たとえ、どんな理由があろうと…」
その慈愛の含んだ声は誰にも届くことはなかった。
カオリは驚いていた。
それは《倶楽部》のメンバーの強さに…ではなく、自身の強さにだった。
カオリは一週間ほど前までシステム補助による様々な恩恵を受けていた。それは、《倶楽部》のメンバーも同様だった。
しかし今のカオリはその恩恵を受けていない。師匠改めマコトが使用を禁止したからだ。
そしてその意味がやっと分かった。
システム補助を受けている相手の動きは単調かつ初動の動きが遅く、カオリには容易で避けることが可能だった。逆に相手はこちらの攻撃を受け止めきれず、面白いぐらいにHPを減らしていく。
システム補助があるのと無いのとでは、これ程の違いがあるとは…
これがマコト君を始めとするトッププレイヤーの見ている世界。
いや、おそらくマコトというプレイヤーさらにその先を行っているのだろう。
自分はまだマコト君の背中を追っているにすぎない。
いつの日か、彼と同じ世界を見てみたい。彼の背中を追いかけるのではなく、彼の隣で戦いたい。
カオリは叶うかどうか解らない願望や抱きつつ、剣を振るった。
マコトは戦闘中でありながらも何度目かのため息を吐いていた。
今相手をしているプレイヤーは《倶楽部》のトップ2の座を持つ槍使いだ。
トップ2であるが故に、そこそこな性能を持つ装備を身につけているが、それだけだった。
彼女は自分と同様の《魔剣士》の職業を持っているらしく、攻撃力向上や属性付加を行いつつ、攻撃を繰り返すが初心者程度の実力しかない。
《魔剣士》は魔法による攻撃ではなく、武器による攻撃に特化している職業だ。
そして《フォーマメント・オンライン》では筋力値などのステータスは設定されてあるものの、戦闘はプレイヤーの運動能力に全てが依存される。
簡潔にいうと、《魔剣士》という職業ほどプレイヤーの力量に差が出るクラスは無い。
そして、目の前で懸命に槍を突き出す彼女の姿はマコトの視点では滑稽以外の何物でもなかった。
「あんた、弱いな。少なくともカオリさんの方が強い」
「ふざけんな!!私はNo.2だぞ!!カオリなんかに負けるか!!」
直後に槍の穂先に白いスパークが走る。
槍カテゴリに分類される《剣技》《シューティングスター》。空中から体重をかけた槍による重攻撃を放つ《剣技》だ。だが、それが発動することは無かった。
空中へ跳躍しようとした彼女の溝内に拳を叩き込んだからだ。
それにより《剣技》スキルは発動を止め、同時に彼女は地面に崩れ落ちた。
「こ、この、チート野郎が。そんな、スキルを隠し持っているなんて…」
「…今の単なる正拳なんだけど」
現実で義理ではあるが祖父がよく教えてくれた空手の技術なのだが、彼女はスキルと間違えたようだ。
地面に倒れ伏す彼女に同情と哀れみのこもった視線を向けながら、マコトは彼女だけに聞こえる声で呟いた。
「たとえ、スキルを隠していたとしても、あんた程度には使わないよ」
アカネは呆然とその光景を見ていた。
マコトが大剣を振るえばギルドメンバーは吹き飛ばされ、カオリへと剣を向ければ瞬く間にHPが削られる。
「な、何で…」
「分からない?」
背後からの声に発狂するのを堪え、振り向く。そこには元ギルメンであるトウカが立っていた。
既にMPは全回復している様で、こちらに歩み寄ってくる。
しめた!!トウカを人質に取れば、この現状を打破出来る!!
そう考えると、アカネは片手剣を振り下ろす。寸分の狂いなく、吸い込まれる様にしてトウカに命中する斬撃の軌道にアカネは勝利を確信した。
そして気付けば、アカネは吹き飛ばされていた。
自身に何が起こったのか、分からない。ただ目の前でこちらに冷ややかな視線を浴びせるプレイヤーが目に入る。
今しがた、HPを削ってやろうとしたトウカだ。
「な、何で…」
「それ、さっきも聞いたよ。《魔導師》に出来ることと言ったら一つしかないでしょ」
魔法。その二文字がアカネの脳裏に浮上するが、即座にその可能性を捨てる。
斬り掛かった瞬間、トウカは魔法のコマンド入力を行っていなかった筈だ。
「システム外スキル《沈黙詠唱》。魔法のコマンド入力ってのは、脳から伝わる信号によって行われるの。殆どのプレイヤーはコマンド一つ一つの確実性を重視するから、口頭で呟いているらしいけど…本来は脳内でコマンドを詠唱するだけで魔法は使えんのよ」
「そ、そんな馬鹿な…」
脳内での詠唱。確かに理論的に可能かもしれないが、それが意味することは戦闘中に…命を賭ける戦場で常にコマンドを脳裏に思い浮かべるといったことだ。そんなことでは攻撃を回避することすら侭ならない。下手をすれば命を落とす危険が伴う。
「私にとって、命なんてどうでもいいの。どうせ現実に戻ったところで私を取り巻く環境が変わることは無いんだから」
命乞いをする前に、トウカはアカネに向かって魔法を放っていた。
その瞳は残虐かつ何処か諦めたような光をたたえていた。
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