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尾けられている。
そのことに俺が気付いたのは、《アイアンゴーレム・ガーディアン》の下見を終え、街に戻るまでの道のりだった。
VRMMOは、どのゲームでも問わずリアルに事柄を再現することが出来る。それは味覚であったり、嗅覚であったり、触覚であったり様々だ。今の自分の様に『誰かに見られている』という事柄もその一つだ。しかし、それは相手の『気配』ではなく『視線』をシステムがマコト自身の脳へ信号として直接送り込んでいるわけで、マコト自身が現実でその視線に気付けるがとなると否と答えるしか無い。マコトの脳が感じとったのは『気配』ではなく『視線』…、それも恨み、妬みといった負の類いの粘つく様な『視線』だった。
しかし、その『視線』が誰に向けて発されているのかまではマコトには断定できなかった。
マコトに向けられているのか、トウカに向けられているのか、カオリさんに向けられているのか、あるいはパーティ全体か…。
どちらにしても厄介だな。マコト達が目標とする個人飛行艇の隠し場所が知られた、という事は無いだろうが、その追跡がこれからも続く可能性は充分にある。後々のためにもここで潰しておいたほうが得策だろう。
「悪い。俺はもう少しフィールドを探索してから帰る。お前らは先に帰っておいてくれ」
「それなら、私も一緒について行きますよ」
カオリさんの厚意はいつもならありがたく頂戴するのだが、今はありがた迷惑でしかない。
「カオリ、もう帰りましょ。夜にモンスターの大部分が活性化するし、今の私達じゃ足手まといになるだけだよ」
俺の様子に気付いたのか、トウカは半ば強引に会話を中断させるとカオリさんを引きずっていった。
トウカの機転に感謝しながらも、歩いてきた道を再度折り返す。
『視線』が発せられている大まかな位置は特定出来ているため、追跡者が潜んでいる地点の付近を通過する。
おそらくは相手は素人だな。マコトは即座にそう割り切り、茂みへ向けて背中の大剣を抜剣する。
そこに身を潜めていた追跡者にとっては完全なる不意打ちだったのだろう。確かな手応えと共にマコトの振るう大剣の重圧に耐えきれず、吹き飛ばされる陰が目に映る。
プレイヤーネームまでは分からなかったが、HPは3分の1ほど減少していた。
相手の逃走する音が聞こえたが、マコトはあえて追わなかった。
その追跡者の正体を知ることができたからだ。
マコトの振るった斬撃は少なくとも相手のHPを半分まで減少させる程の威力だった筈だ。それが叶わなかったのは、直前で己の武器に防御したから。マコトの力量を知っていなければ、一撃で自身の身に何が起こるかなど分かる筈が無い。
間違いなく追跡者はマコトのことを、力量を知っている。そして、『2番目の大陸』でマコトの力量を知るプレイヤーはカオリさんとトウカを除いて、僅か数人しかいない。マコトが知る限りではその数人は全員、あるギルドに属している筈だ。
「《倶楽部》…」
マコトの確信めいた呟きは、誰の耳にも届くことはなかった。
「《倶楽部》!?何であいつらが!!」
「そりゃあ…、俺がお前らを引き抜いたと思ったんだろうな」
宿屋兼酒場の四人掛けテーブルでマコトが導き出した結論を述べ終わるとトウカは憤慨したように《倶楽部》を罵った。
数週間前まで生死を共に戦ってきた仲間を罵れるとは…。
トウカに感服しながらも、カオリさんに目を向ける。
予想通り、今にも泣きそうな表情になっていた。《倶楽部》の恨みを買ったのはマコトだが、原因を作り出したのは彼女なのだから、責任を感じて当然だろう。
「大丈夫。カオリさんのせいじゃない」
優しく声を掛けてやると、少し表情が和らいだ気がした。
「そうだよ!!カオリだって《倶楽部》はいつか抜けるって言ってたんだから、責任を感じる必要はないよ。あいつらが自分勝手にやってるだけよ!!」
「トウカ、少し落ち着け」
顔を真っ赤にして憤怒の表情を浮かべるトウカを落ち着かせる。
「おそらく、アカネは気付いたんだろうな…。カオリさん、そしてトウカのプレイヤーとしての価値を」
「価値…ですか?」
頭上に「?」マークを点滅させ、カオリさんが首をひねる。
「《倶楽部》のパーティ構成はまあまあだけど、決定的に足りていないモノがある。指揮官だよ。例えば《魔導師》の後方支援部隊は、トウカが回復魔法を放つタイミングに合わせて、自身も使っていた。ようはトウカというプレイヤーは《魔導師》の指揮官のような役割を果たしていたんだ。しかし、そのトウカが抜けたことによって、タイミングがメチャクチャになった。結果、今まで倒せたはずのモンスターに連敗でもしたんだろ」
トウカの技量はマコトでも目を見張るモノがあった。回復コマンド詠唱の速度、回復のタイミング、アカネは分かっていなかったようだが、カオリは《倶楽部》を陰から支えてきたプレイヤーだったのは間違えようがない。
「そして、カオリさん。いや正確には《ライト・ウォリアー》の価値は、ターゲットを取ることができることだ。《ライト・ウォリアー》や《騎士》は別名《調整者》と呼ばれ、一回一回の攻撃で一定量の憎悪値を稼げることができる。また盾が装備できるという利点があるから、パーティでは必須の存在なんだ。つまり《調整者》は多くいる分には得ってこと。まあ、アカネがその事を分かっているとは考えにくいけどね」
最後に付け足した言葉に、テーブルの向こう側でトウカが笑いを堪えるように腹を抱えている。カオリさんもトウカ程ではないが、微笑んでいて先程までの消沈ぶりが嘘のようだ。
「とにかく、《倶楽部》に対して負い目を感じる必要は無い。個人飛行艇のことだけ考えて明日に臨め」
その一言で今日はお開きとなり、カオリさんとトウカは揃って宿の奥へと潜って行った。
俺は三人分の支払いを済ませると(一週間の内にマコトは財布係になっていた)、宿屋兼酒場から外に出た。
先日入手した"奥義"を慣らすという意味でもあったが、本当の目的は別にあった。
システムウィンドウから自身の取得しているスキル覧を呼び出し、《隠密》スキルを呼び出す。
《隠密》はモンスターなど、カーソルが表示される存在に自らの姿を不可視させる能力を持つスキルだ。
普通はシステム保護の効力が無い圏外フィールドでモンスターの目を欺く手段として用いられるスキルだが、一部のプレイヤー間ではストーカー行為や過度の情報収集などに悩まされているという汚点がある。それは重大なマナー違反であり俺自身最低だと思っている。
もっとも俺がこれから行おうとする事も重大なマナー違反であるため、決して俺が言えることでは無いのだが…
《隠密》と表示された欄をタップし、数秒の間マコトの身体が淡い光に包まれる。光が霧散した時には、マコトは他者から不可視に…例えるなら透明人間になった。
もっとも《隠密》スキル自体、完璧なものではないため、熟練度を上げない限り《索敵》スキルがそこそこ高いプレイヤーには見破られる。
マコトが先刻追跡者の存在に気付いたのも、相手の《隠密》スキルの熟練度が対したものではなかったからだ。というより、マコト達を追跡するために取得した急ごしらえのスキルという面が大きいのだろう。それを用いた上でマコトは追跡者を素人と判断したのだ。
「アカネってプレイヤーはとことん素人だな」
時刻が時刻なだけに街を歩いているプレイヤーは少ないが、声のトーンを最小にし《倶楽部》の拠点として使われている宿へとマコトは急いだ。
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