2011年09月30日

いただく学び

病を得ると、特に食べられなくなってくると

人は心細くなるのだと思う。

食が細くなった頃の亡き父は、いろんな過去の食事風景の中から

美味しく食べた記憶を頼りに、「あれなら食べられるかも。」と

さまざまな食材を私に注文した。

その注文は細部にわたる。店の指定、産地の指定、銘柄の指定。

そのもの、でないといけなかった。こだわりが強く生まれるのだ。

これは、父特有のこだわりなのかと思って対応していたが

今、夫が同じような様子になってきている。

桃の缶詰ひとつでも、つくだ煮でも、魚でも、あそこのあれ、が食べたいのであって

別の店だったり、別の銘柄だったりすると、違うよ、となる。

また季節に合わない、なかなか見つからないものを指定するところも、

父と同じ。

夫には少なかったいわれなき不機嫌も、ときにでるようになった。

それを気難しい、と感じず、いとおしく対応できるのは、父との経験があるからだろう。

もっとさかのぼれば、お姑さんから与えられる難題への四苦八苦対応の経験が

父の病状からくる「やつあたり」に対して「柳」になれた種だったような気もする。

さらにさかのぼれば、子ども時代、亡母の気まぐれな溺愛とネグレクトの振り幅の中を生きてきたことが

感情振り幅の大きいお姑さんへの忍耐につながったのか、

と、そこまでは考えすぎかもしれないが。

起こることは、すべて必然なのだ。

与えられる様々は、全て、その後の人生を生きるための「学び」として与えられているのだろう。

ありがとう、と生きる気持ちを持っていけたら、(現実はため息もでるが)

平常心で暮らしていけるんだろうなぁ。






Posted by のんたんat 22:20
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2011年09月29日

誕生日に

今日は夫の誕生日。

みんなで揃おうよ、とメールをしあって仕事を終えた息子たちが帰宅。

息子たちが考えて買って帰ったささやかなプレゼント。



夫はもうケーキは無理。すき焼きや焼き肉も、蟹も、

我が家のご馳走的食物は食べられない。

もっかの課題は、いかに食べられるものを探すか、にある。

で、上息子はメロンを。下息子は、夫が唯一食べられるカレーのレトルトを。

やきにくしゃぶしゃぶの店ぶう、の「酵母豚カレー」

これは辛みが少なく、でもカレーの香りが香ばしく、不思議とこのカレーに入ったお肉は食べられる。

カレーが食べたい、でもお肉やブイヨンの匂いで気持ち悪くなる、香辛料が胃に触るというジレンマを

このカレーが解決してくれたのを、下息子が覚えていて買ってきてくれた。

メロンは、果物の中でもとろっっと舌触りがよく酸味も少なく食べやすいので、とても重宝。

二人とも、父に元気になって欲しい気持ちのプレゼントだ。

時間差で、玄関を開けると「たんじょうび~、おめっ!」とうちに入ってきた息子たちに

夫は嬉しそうに笑う。

よかったねぇ。ありがとね。

最近夫は横になるとき抱き枕やクッションを使っている。

やせたひざの骨同士が当たって痛いので足の間に、背中の痛み緩和にクッションを、

頭の下には厚手のタオルでまいたアイスノン、首にはタオルを巻いて足元には湯たんぽ、と

にぎやかなベッドの上だ。こんな工夫で体温と体位の調節をしている。

泣き言も言わない。苦しくてどうしようもないとき以外は、笑顔をくれる。

わたしたちのほうが、プレゼントをもらっている気がする。





Posted by のんたんat 22:01
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2011年09月28日

初めてなのに懐かしい声

父の訃報を父のブログにアップしたので、葬儀の後、父のネット友達から

おくやみが届いたりしている。

手紙を添えて返礼品を送ると思いがけず電話がきて。

初めてお話しする父のお友達。父と同年齢とは思えないしっかりと元気なお声で

関西弁がやわらかい。

同じ時期に妻を亡くし、同じように病を得て、父とは戦友のように感じつつ

ネット上での交流を続けてきたとのこと、お悔やみの言葉とともに

思い出話をしてくださり、ひととき、父を一緒にしのんでくださった。

初めてなのに、私もなんだか懐かしい気持ちで、そのお声に聞き入った。

ありがたかったなあ。



Posted by のんたんat 19:52
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2011年09月27日

定年の前倒し

亡き父の見守りか、ここ数日夫の体調が安定、

調理法も量も限定ながら食事らしい食事ができている。

うまいなぁ、、、としみじみ言いながら食べてくれるので嬉しい。

大好きな梨も出盛りになり、食卓にのぼる。

夫は食事をしながら

「こうしてさ、定年後にあっただろう暮らしを、1日でも2日でも多く、過ごさせてもらえてる気がするよ、ありがたいなぁ。」という。


そうだねぇ、定年したら、旅行へ行こう、あれもしようこれもしようと話してはいたけれど

出不精同士の夫婦、きっと実際にはこうして毎日家でご飯を食べて、

一緒に出かけるとしても近所の農協やスーパーくらいで

日がなおうちで二人でいただろうねぇ(笑)と返しながら

トイレに行き、泣いた。

庭木の剪定をしに脚立に上ると、窓辺から「あぶなっかしいなぁ、落ちんなよぉ」と声をかけられ

息子たちのワイシャツアイロンをかけていると「俺の分が減ったから楽だろうw」とからかわれ、

蒸しタイルで清拭をしてよもぎローションを背中に塗っていると「すまないねぇ」と昔話の老夫婦のような声色を出し、

買いだしにでようとすると、あれが食べたい、あれはもうあるかなぁとおねだりもいい

「どのくらいで帰る?」と独りになる時間を不安がる。

そして「あはは、定年ダンナによくある濡れ落ち葉症候群だよなぁ」と自分突っ込み。

ほんとにね、定年後生活の前倒しだねw

この時間、この一日、この季節、有難く生きる。



Posted by のんたんat 10:08
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2011年09月26日

夏のひとこま

一昨日、テレビ松本の竹原さんがお手紙をくれた。

この夏、玄蕃まつりのリポートをさせていただいたときの写真を送ってくださった。

家の事情で今年後半の仕事が全キャンセルしちゃったので

結局この仕事がマイク仕事の最後になったわけで。感慨深い。

よい時間をいただいた日だった。

そういえばこの日の雨で汚れた浴衣のメンテナンスを一田さんにお願いしたまま取りに行けず

同じ昨日、ようやく受け取りに行けたところだった。

洗いあがった浴衣と、その浴衣を着た日の思い出が一緒に手元にきた。

なんだかさ。そのふたつを眺めて

お仕事の神様に「ありがとうございました」と手を合わせたい気持ちになった。



両脇に娘ほど若いかわいらしいアナウンサーさんに挟まれてちょっと照れ気味。





Posted by のんたんat 18:48
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2011年09月25日

横田ゆうわ インド祈りの舞2011



友人のインド舞踊家横田ゆうわの今年の公演は、

「インド・祈りの舞 語りとともに Vol.5  ―神に身をゆだねる―」

日大時代からの親友の女優、宮地雅子さんと共に、

祈りの舞台を作り上げます。

現在、宮地さんはNHK大河ドラマ「江」にレギュラー出演中。

でも、二人の震災への祈りが、合致して、スケジュールを合わせ、この舞台になりました。

今回の舞台は、芝居仕立て。新たな試みで、皆さまと共に「祈りの旅」をしてまいります。

日時 10月24日(月) 開演PM7:00 (開場6:30)

場所 まつもと市民芸術館 小ホール

料金 前売り2500円 当日2800円

※収益金の一部を震災被災者支援(ボランティア後方支援ネット信州)に当てさせていただきます。

チケット販売は 

まつもと芸術館チケットセンター/ ギャラリー&カフェ憩の森/ パティスリー・カフェICiE 等

詳細は、こちらへGO! →「横田ゆうわブログ」
  






Posted by のんたんat 19:36
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2011年09月24日

家族の歴史

父が亡くなって、実家家族の歴史は終わった。

兄は、兄の家族と、わたしは私の家族と新たな家族の歴史が刻まれていく。

そしてやがて子らが所帯を持ち、また今の家族の歴史にもいつか幕がくる。

100年後の子孫が写真を見ても、誰だかわからない時代が来る。

けれど、そこには、きっと、今私が感じているような、血縁の親近があるだろう。

古いアルバムの中から、ありし日の家族と、幼き兄妹時代の肖像。









Posted by のんたんat 17:41
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2011年09月23日

実感がなく

兄が葬儀に参列してくださった方々と弔電の名簿をエクセルで送ってくれた。

私たちの代では関係がわからない部分を叔母にFAXしたり名簿と照らし合わせたりして埋めていく。

年賀状からその名簿分をはずした分に、秋のうちに逝去の知らせを作らなければ。

父の居宅に書留で届いたお香典への返礼やダイレクトメールの差し止め、酸素ボンベの解約など、

こまごまとした後処理をしながらも、父がいない、という実感がわかない。

永遠かと思うほど、通った道、運転をしながら、

この角を曲がり、病院へつくといつものように病室に父が寝ている、そんな気がする。

気持ちがそっちに行き過ぎていると、病床の夫への対応がおろそかになるので

いけない、いけない、と自戒する。

まだ気持ちの整理ができきれていないということか。

ゆっくり、泣けない、というのは、けっこうきついものだなぁ。。




Posted by のんたんat 23:12
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2011年09月22日

友のありがたさ

雨の中葬儀にかけつけてくれた友。

弔電をくれ、夜電話をくれた友。

夜、おくやみに来訪してくれた友。

できることがあったらとメールをくれた以前一緒にイベントをした友人。

心を添わせたメールをくださった同じように介護の日を過ごしてきた朗読の先輩。

男女を問わず、友達のあたたかさを実感した。

オープンマインドができないへたれな私なのに、

その気性をわかったうえで、あたたかい心をくれる友人がいる。

なんと幸せな人生だろう。

気が抜けたのか、どよ~んと頭も体も重い日。

のろのろと片付けをしている。

だが心は、肌触り極上の大判タオルを身に巻きつけているようなぬくぬく感でいる。





Posted by のんたんat 11:23
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2011年09月21日

親類デビュー

父の葬儀が無事終了。

4半世紀ぶりの親族との再会あり、

父の旧制中学の同窓生さんがた、職場OBの方々、おなつかしいみなさんの参列で

父には幸せな弔辞もいただき、しめやかに、温かい葬儀となった。

今回の葬儀は、再婚した兄のお嫁さんの親類デビューでもあった。

若い彼女は、よく動き、喪主の妻役をりっぱに務めてくれた。

ここ数年の父の容態もあり、昨年お式はあちらのお身内様と兄だけで挙げたものの

親類へのご披露は控えていたので、今回が初お目見え。

彼女のお母様が、高齢のおばあちゃまを留守番にしてまで生後5か月の赤ちゃんのシッタ―をつとめにきてくださり、

弟さんも日帰りで飛んできてくれた。

家族愛でつながったお嫁さんのご家族。

兄は、家庭というもののぬくもりを得て、幸せそうだ。

父も草葉の陰からその様子を見て安心したことだろう。


お嫁さんが若いので、そのお母様はわたしとなんと同世代。ほんの数年先輩なだけだ。

看ているおばあちゃまの年齢もうちのおばあちゃんと近く、親近感を持った。

今夜はさすがに、体を繋ぎ結んでいるひもが勝手にほどけてしまうような疲労感。

兄一家もここ数日の張り詰めで、たいそう疲れたことだろう。

夫は、お疲れさん、とベッドの上からねぎらってくれた。

夕飯は、寒いのできつねうどん、のリクエスト。

肉厚の油揚げを買ってきて煮つけ、軟らかめに煮たうどんに小さくしてのせる。

ついこの間まではどんぶり1杯、ぺろっと平らげていた夫だが

今は、小鉢一杯が適量。どんぶりが重くて持てないのもあり。

それでも、うまい、と食べてくれる。

そうなんだよなぁ。。なにを作っても、この人は「うまい」という言葉をくれる人。

幸せな嫁なんだ、わたしも。




Posted by のんたんat 19:27
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2011年09月19日

ネットのつながり

父は昔から毎日欠かさず日記をつけていた。

定年後パソコンを買ってからは、日記はブログに移行し、

訪れる常連友達もでき、オフ会なども楽しんだ。

見る人に楽しんでもらおうと、毎日デジカメで写真を取り日記と共にアップしていた。

逝去の知らせを、その父のブログにアップした。

一晩でたくさんのお悔やみのコメントがついた。

ひとことひとことがとても温かい。

全部コピーして、明日の納棺のときに一緒に収めてこようと思う。

お寺様が、棺の中に、生前の故人の愛用品や思い出の品をご一緒にとおっしゃっていた。

本好きだった父だから、愛読の書籍がいいかと思ったが

今一番、父が読みたいものは、ネットの中で毎日コメントし合った各地の友人たちの言葉だろうと思いいたり。

隠れファンでした、いつも訪れていましたと最初で最後のコメントを置いていってくれた人もいた。

顔の見えない文字だけの会話。でも、そこにはたしかに、「つながり」と温度があり。

本名も知らない、父のブログ友人の方々に、心から感謝である。




Posted by のんたんat 23:22
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2011年09月19日

それぞれの場所で

お彼岸期のためお寺様と会場の葬儀スケジュールを合わせられたのが、21日。

明日の20日に通夜となる。

今日は空き日。

うちの息子たちと兄夫婦で父の居宅の片付けをしてくれている。

父のいたホームの居宅は死去から30日以内の退去の契約。

自分たちがこちらにいるうちにできるだけ片付けるからと、兄。

兄夫婦の赤ちゃんは、お嫁さんのお母様もかけつけてくれたので見てくれているとのこと。

父の守やら掃除やら、兄夫婦が担ってくれているので、わたしは夫のそばにいることができ。

ありがたい。

夫は朝から具合が悪く、座薬を追加。ようやく起き上がれて遅い朝食をとれたところ。

メロンとか洋ナシとか、やわらかいものを少しずつ口にする。

たらこを焼いてほぐしたもので重湯をすすってみたりして炭水化物を摂取。

緑茶が好きだったのに、きつく感じるようになり、焙じたお茶を薄めに淹れて飲むように。

焙じた香りが心地よく感じるようで、これだと飲める。

鼻がとても敏感になってきている。

台所と寝ている居間が一体のダイニングなので匂いが強くでる調理を控えている。

夫はいつの間にか森進一のようなハスキーボイスになった。

それはそれで、素敵でござんすよ、とからかうと、

かーちゃんはのーてんきでいいやなぁ、と笑う夫。

それが売り、ざんすのよ。(笑)


Posted by のんたんat 11:52
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2011年09月18日

看取り

父はきまりのよい人だった。

危篤の状態から何度も息を吹きかえし頑張ってくれていたのは、

みんなが揃うことができる連休を目指してくれていたのだろう。

今朝、息を引き取った。

泊り込んでくれていた上息子からのメールで病室に駆けつけると

ジャストタイムでモニターの波動がまっすぐに。

戦いの後、まだほてるように熱い身体をさすってお別れを言った。

叔母夫婦もかけつけてくれ、お昼過ぎには兄夫婦も到着し、

みんなで父を囲めた。

ながらくお世話になった看護師さんたちに見送っていただき

遺体はセレモニーセンターの別棟(家族棟)へ安置。

「おくりびと」スタッフさんたちが、丁寧にそれはやさしく湯灌をしてくれ、

持参したお気に入りだった着物を着せてくれた。

お風呂が大好きな人だったから、きっと気持ちよかっただろう。

穏やかな、よい死に顔で眠っている。

見守りは兄夫婦に任せて、居宅により、諸連絡などをになった。

これからセンターに戻りお寺様の枕経を終えたら帰宅することにする。

生後5ヶ月の兄の息子は、お嫁さんの腕の中で無邪気ににこにこしている。


下息子に夫を頼み飛び出てきた一日が終わる。

上息子は、父の湯灌を終えた足で、昨夜急逝した元同級生の通夜に向かった。

逝く者と、生まれきた者と、生きていく者と。

父の匂いが、まだ身に残っている。






Posted by のんたんat 18:14
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2011年09月17日

父の頑張りは愛か

兄が帰るとき、父に話しかけていった。

土曜日の会議が終われば、孫と嫁も連れてこられるから、頑張っててよ。

もう瞬きもしない状態だったけど、聞こえていた?

今も荒い呼吸ながら自発呼吸。

昨夜は上息子が泊まり込みをしてくれた。今朝、そのまま病室から出勤。

この子が教師になったことを喜んでいてくれた父。

学校のパンフに載った教員紹介のページに付箋をつけて居宅に置いてあった。

8年前高校の合格発表の時は、息子より先に深志まで歩いて見に行ってくれて

掲示を見に来た息子を見つけて、合格番号とともに写真を撮って送信してくれた。

昨夜は息子は父にどんな話をして過ごしたのだろう。

わたしは両祖父が教職だった。ひ孫にあたる息子に隔世遺伝でつながっている血を、

父は頼もしく見守っていてくれたのだろう。

兄は、明日には家族で来られる。

息子は土曜日も出勤の職場だが、明日明後日は休める。

きまりのいい父は、みんなが揃ってこられる時間まで、俺は頑張ってやるから、と言っているのかも。

父が落ち着いていてくれたので、昨日は夫のそばで過ごすことができ

細かな世話をすることができた。

長年の連れ添い、あうんが効くので、安心感がでるのか、付き添っているといくぶん食も進み、

薬も飲んでくれ、体を拭いたりとりとめのない話をしながら、そばにいる、ということが大事なんだとわかる。

こういう時間も、父がくれたのだ。

ありがとねぇ、お父さん。。


Posted by のんたんat 10:06
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2011年09月16日

いったん自宅

兄は昨日のお昼にいったん帰宅。午後からの仕事に間に合うぎりぎりまで病院にいてくれた。

土曜日にははずせない出張会議がある。準備もあるだろうによく飛んできてくれた。

わたしはそのまま泊まり込んだが、朝4時過ぎに叔母から携帯に電話。

朝交代するといったけど、やはりまた急変の知らせがあってから病院へ行くから、とのこと。

月曜日から二度も急変に夫婦で駆けつけてくださった、もう十分だと思う。

「なにかあったらお知らせしますのでありがとうございます。」と電話を切る。

父は、朝6時までの間、ときおり血圧はさがったりしたものの、ドパミンの点滴が心臓を支え

落ち着いた経過。尿もまだ出ている。

息子が出勤してしまう時間が迫ったので、看護師さんに後をお願いしていったん自宅へ戻る。

自宅では夫はくたびれた顔で横たわっていた。

夜は幾分眠れたが、昨日の昼間は気持ちが悪くて水分を取るのがやっとだったという。

食べられそうな朝食を整え、朝日の中洗濯をして干し、緑茶を一息に飲み干す。

日本人だなぁ、徹夜明けはコーヒーよりお茶が美味しいや。

夫はお茶とひき割り納豆とご飯を少し、薬を頑張って飲んでくれたので、一安心。

わたしも、少し仮眠をとろう。先は長いんだから。



Posted by のんたんat 09:24
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2011年09月15日

病室付き添い様変り



父の病室に泊まり込んでいる。
一度は心肺停止までいきながらも三度目の持ち直し。
すごいよパパ。
ふくらんでしまった手足が痛々しいけど、顔は呆けておらず、最期まで正気で逝くつもりらしい。
がっつだぜ。
なんていいたくなる戦いぶり。
危篤の報からすでに5日目の夜、ひととおり泣き終わって今はおだやかな気持ちで見守っている。
息子には今日も仕事を休んでもらい夫の方に付き添ってもらっている。
明日は出勤なので朝には叔母に交代にきていただけるようお願いした。
写真は付き添い用の簡易ベッド。
面会者用のソファーをのばすとこの形になる。
昔、義父の時は床にゴザをひいて布団を借りて寝た。母の時はソファーに毛布だった。
時代は変わったなあ。付き添いでベッドに横になれるなんて。
ありがたいことだ。
モニターの警告音がなりっぱなしの病室で、父のそばで過ごしている。


Posted by のんたんat 21:49
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2011年09月15日

fight-or-flight

生命に関わる状態に相当するストレス応答を、全身の器官に引き起こす、アドレナリン。

父の体を駆け巡っている。

右肺は胸水が半分をしめ、ほとんど左の肺だけの呼吸。

マラソンを走り続けているような呼吸と体温、そして心拍。

むくんで大きくなった手を握ると、日頃のひんやりした手ではなく

若者のようなあたたかさでいる。

アドレナリンは「闘争か逃走か (fight-or-flight)」のホルモンと呼ばれる。

父は、戦っている。意識は遠のきつつありながら、体はたしかに死と闘争の中にいる。

さいごまで、逃げないあなたの熱い手を、あったかさを、忘れない。

かけつけてくれた兄と過ごす夜の病室。

近くのホテルに待機するからお前は夫の元にいったん帰れと送りだしてくれた。

ありがたく、自宅へ。

夜12時を回ってもまだ夕飯を食べられずに横になっていた夫だが

ふと、おにぎり食べたいという。しゃけとたらこを焼きうめと昆布を和え、小さなおにぎりを3つ作る。

少しずつ、食べて麦茶を飲み、ようやく薬を飲めてベッドに。

残りのおにぎりは、下息子が帰ってきて「これ食べたい」とたいらげてくれた。

我が家のソウルフードは、おにぎり、なのかもしれない。

夫もまた、逃げずに、静かに戦っている。





Posted by のんたんat 00:52
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2011年09月13日

夜中のメール

夜中に仮眠を取りに寄った父の居宅。
なんだか落ち着かなくて
今やらなくてもと自分突っ込みしながら
父の撮りためたビデオを流してみたりしながら
冷蔵庫の整理などをしていた。

兄からメール。
会議が終わって帰宅したけれど、なんだか落ち着かなくて
準備というか、いや準備するのもいやだし、あれこれしてみながら
うろうろしている、と。

一日勤務の後の会議でやっと帰宅したのだから、疲れているだろうに。

ああ、同じだなぁ、と父の子同士を感じる。
しばらくメールのやり取りをする。

兄とはお互い実家を離れてから普段はほとんどやりとりはない。
こんなときだからこそか、時間を越えて、兄妹に戻る。

明日、水曜日に仕事を終えたら後のキャンセルができそうなので夜こっちに飛んでこようとおもうと言う。

自分の体も大変だろうけれど、母を見送った時より、今回の方が、より現実味を感じるという。

兄も私も、もうそういう(人生の終末を考える)年になってきたということなんだろう。

父は、今日は、相変わらず胸で呼吸しながら薄目のままでいるが、ときおり瞬きもし、

眉を動かして見せる。

「お兄ちゃん来るからね。」と耳元に話す。かすかに、うなずいて見せる。

父のことだ。きっと兄が来るまでは、息を落とさないだろうと思ったりする。

朝叔母に電話すると、今日はやめて明日見舞いに行く言っていた。

時間差で、みなが見舞える日になりそうだ。

看護師さんにお願いし、お昼前には帰宅して夫についていてくれた息子と交代する。

夫は、明日外来診療なのだが病院まで車に乗っていられるだろうかと不安がる。

駐車場から病院入口までは歩けるはずもなく、急遽明日のために平出家具に行って車いすを買ってきた。

それでも、「座っている」ということがとても大変なのだ。

病院までの20キロの距離が、しんどく思えるのだろう。

今日は2度トイレに立った以外、ベッドから起き上がれずにいた。

食事も、メロンと白桃、重湯を少し。

脱水しないようにと自分で心がけさゆでうすめたポカリを頑張って少しずつ飲んでいる。

今夜は、病院からの携帯コールが、鳴りませんように。。。


Posted by のんたんat 20:44
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2011年09月12日

今夜は待機

夕飯の支度をしている最中にナースステーションから電話。
父の容態が悪いとのこと、帰宅した息子に後を頼んで一路病院へ。
今日の午前中は安定していてのに、と思いつつ病院へいくと
顔にかかる酸素器は大掛かりな酸素吸入器に替わっていて
モニターが、ぴっぴっと動いている。
胸水のたまり具合から酸素濃度が落ち、酸素量を増やしてくださってあった。
しばらくついていたが血圧も落ち着いてきたが、塩尻に帰るには距離がある。
病室に泊まるには私の体力が持ちそうになく。
病院近くの父の居宅で仮眠を取ることに。
このまま持ち直してくれれば朝おばに連絡して交代して貰おう。
夫をひとりにできないし。。
ん~~。ここんとこの睡眠不足がこたえている。とにかく体力温存。寝なきゃ。

Posted by のんたんat 22:28
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2011年09月12日

のどごし

熱はいくぶん落ち着いてきた夫。

のどの違和感が消えない。

おいしかったカルピスも喉を通るときにさわるようになったらしく、さゆを飲んでいる。


午前中、病院へ行き、父の先月分の支払いをすませ、少なくなったおむつやパットを買い足して。

夫の容態が落ち着かないので毎日病院へは行けそうもないので洗濯ものは病院の代行をお願いしてきた。

病院からの帰りは山麓線を選び、先のコメントでひよままさんが教えてくださったアルプス市場へ立ち寄り。

とうもろこしと、くだものと、花を買ってきた。

花が好きな夫、食卓やトイレに花を飾ってみた。少しでも気持ちが和むといいな。

くだものは、酸味のつよくない、洋なしや、メロンなど、ひやしてのどごしよく食べられるものを。

とうもろこしはそのままかぶりつくのはもう難しそうなのでうらごしでコーンスープにしよう。

地のもの、季節のものは滋養になるはず。

帰宅すると、今度は、地元産のトマトならいけるかも、スーパーのじゃないのが食べたいと。

よっしゃよっしゃとまた農協まで行ってみる。

食べられるうちは、大丈夫。

あまりに食べられないので心細げになった夫、

のどごしのいいもので、自信をつけてもらいたいところだ。

時間と共に食べたいものが代わっていくので、おいつくのに必死(笑)

せめてもの夫孝行と買い物に回る日々だ。


Posted by のんたんat 16:59
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