2010年04月30日

じんましんが訴えるサイン

実母の発病から亡くなるまでの半年間、湿疹とかゆみに悩まされた。

おでこにはいくら薬をつけてもびっしり吹き出物ができてかゆく、

太もものかゆみも毎日軟膏をぬっていても収まる気配がなかった。

葬式が済んで数日したら、どちらも跡かたもなく消えた。


ああ、ストレスだったんだなとわかった。


今、またかゆみに悩まされている。

右腕の肘から掌にかけて、両足の太ももから、とくに脛の部分に強烈なかゆみが来て

掻いてしまう。寝ながらしらずに足の爪で掻き壊してしまうようで、

両方の横脛に赤い線のかさぶたが何本も踊っている。

長袖の下の腕もいつも赤い。

薬局でかゆみ止めのローションなど買ってつけているが、あまり効果がない。

このかゆみは、2,3か月前から始まっている。

寝るときや、仕事中、家事をしていて、など、それまでの時間は平気であったのに、

これらの行動に入った時いきなりかゆみが始まる。

こんどもまた、

心因性のじんましん、なのかなぁと思ったりする。


今感じているストレスを乗り越えることができれば、またきっとすーっと直ってしまうのかもしれない。

とりあえず、あれこれが落ち着いてくる6月になってまだ続くようなら、自己努力ではどうしようもない分野のストレス範囲とわかる。

そしたら、治療を考えようかなと思っている。

なんだかんだ、自己治癒してきてるんだよね。いろんな身体症状。

悪性でない限り、自分でなんとかなりそうな楽観もある。

Posted by のんたんat 21:06
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2010年04月30日

おふくろの味は継承ものじゃない

よく嫁姑ドラマなんぞで「うちの味を覚えてもらいたいの」なんてのがあるけれど、

うちの味、なんてものは、1代限りで変わっていくものだと、つくづく思ったり。

わたしは何種類か漬けものをするが、それは皆、ここに引っ越してきてから友達になった先輩主婦(農家が多い)から

おすそわけしてもらうものがとても美味しかった時、レシピを教えてもらいながらレパートリーを増やしてきたものだし、

いくつかの定番ケーキも、子が幼いころのママ友たちから伝授してもらったものばかりだ。

それが自分の手で作り重ねるうちに、自分流の味になってきた。

子どもが小さい頃は、親子だけの団地暮らし。

ママさんたちと持ち寄り一品食事会を子連れでしょっちゅうやっていた。

今は、家に人が集まることはなくなってしまって、環境が変わってしまったが、あの頃得た知識や情報交換の賜物が

今の台所生活の基盤となっている。

母親やお姑さんから「伝授をされた」というような家事仕事には思い当るものがない。

それでも、家族は、今食卓に出されている漬物や食事、デザート、お弁当が

「うちの味だ」という。

学食やコンビニ弁当や出入り業者の仕出しは外の味。数日で飽きたといい、それぞれが弁当生活の再開。

うちのめしを持っていくと定番のおかずでも飽きないからという。

それは、何年もかかって作られた舌の記憶だろう。

だが、息子たちがそれぞれに家庭を持てば、その相手によって彼らの定番メニューや弁当の中身は大きく変わるだろう。

だんだんそれが、また「うちの味」になっていく。

継いだものがない利点は、継がさなきゃ、という気も起きないことだ。

子が「娘」でないこともあるのだろうが。

自分がおいしいと思う暮らしをすればいい。それが健全だ。




Posted by のんたんat 00:43
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2010年04月28日

落ち着け落ち着け

ここんとこ、心臓に悪い仕事形態。

なんか、チキンぶりを実感。

よくこの状況で落ち着いてますねぇ、と感心されて

どんだけポーカーフェイスなんだろ、と自嘲。

でも仕事にあわてぶりは出ちゃうのよね;

ああ、こんなミス;このまま送っちゃうなんて、いたたたた;;;とか

あらー、先にこっちに連絡すれば早かったのにぃ;

とか、あとから1人汗;

あやまりあやまり修正送りやら、 手配の再確認やら。

(x x;)

落ち着けって、わたし。

でもチキン心臓の利点もある。

目覚ましなしで早朝に目が覚める。

起きぬけから頭が稼働する。

おなかがすかない。(あ、これが一番メリット♪)


でも、安心できる状況になったら

きっとリバウンド(^-^;

そっちのほうが、怖いかも。(笑)


Posted by のんたんat 20:24
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2010年04月26日

姫と一献

友人の舞姫と一献傾けてきた。

喜怒哀楽、くっきり表れる彼女の表情はなんともかわいい。

能面スマイルの自分を振り返ると、彼女のストレートで愛らしい感情表現は宝物のように感じる。

喜怒哀楽、といっても、基本は笑顔。破顔といっていいほどの満面笑顔がベースの人だ。

わたしと彼女は静と動。

お互いにないものをお互いの中に見て面白がっている気がする。

店は恒例のやきとり大吉。

とりあえずは生麦酒。あとは、焼酎のお湯割りと梅酒にワインと日本酒と。いつものちゃんぽん飲み。

お店の人にしめのお茶づけを一人前を半分こして食べたいとお願いしたら、

快くかわいい器に、二等分にして持ってきてくれた。

梅酒もメニューにないお湯割りを作ってくれた。

ここは接客がきもちよいので、つい足が向く。


ひとしきり飲んで。

のんた~ん、おやすみなさぁぁい~~っと振り返りながら手を振って姫は帰って行った。

あはは。かわいいったらありゃしない。


あなたはもっともっと、幸せになってね。 お姫様。






Posted by のんたんat 00:32
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2010年04月25日

春のリサイクル美味


この時期、暮れにお歳暮にもらったり、農家からはね出しで買ったりんごの残りが、そろそろボケだす。

なので、イチョウ切りにして鍋で煮る。お水も砂糖も加えず、レモン汁をふって弱火にかける。

りんごから、蜜と水分が過熱で染みだし、良い具合にジャムになる。

ボケた味がレモンで引き締まり、それはおいしい。

しばらくは、これでヨーグルトに入れたり、パンにのせたり、パイを焼いたりして楽しむ。


また、12月の頭に漬けた野沢菜も酸っぱくなってくるので、桶をさらってあげ、ざく切りにして水にさらし

たっぷりのおかかと少々の醤油、七味とみりんで入り煮をする。冷まして小分けにして冷凍する。

これも、しばらくお茶うけや、お弁当のおかずや、粉焼きの具になってくれる。

昨年は忙しくて漬けられなかったが、たくあんの酸くなってきたのを、薄切りにして砂糖まぶしをしたのもとっても美味しい。

今年はないので残念。


春は、冬の保存食をリサイクルして楽しむ季節だ。

それが終わるころ、また、梅漬けやぬか漬けが始まる。

新鮮な果実も手に入り始める。


田舎暮らしの楽しさだ。



Posted by のんたんat 14:12
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2010年04月24日

母うるる

上息子が初月給をもらった。

といっても今時は、振り込み明細を受け取るだけなのだが

初給料じゃー、と見せてくれた。

大学時代はずっと塾講師のアルバイトをしてきた子なので

給金を受け取るということはお初ではないのだが

アルバイト料と、就職でもらう給料とでは、やはり感慨が違うようだ。


「おっかぁ、懐石連れてってやるわ」

えー・・・・?! (ド興奮)

わたしには花より団子と悟っている息子の提案。



てかさ。連れ合いもそう(食い気中心人間)思ってる節があり

わたしには、花束とかバッグとか指輪とか、確かに縁がないけれど

一応女子なので、そういうのも嬉しいんだけどぉ・・・。もらったことがない。

なんか、酒とか、半額シールの刺身とかがたまにくれる「プレゼント」や「お土産」だったりするのだな、これが。

いいけどね、嬉しいけどね、夜中でも食べちゃうけどね。


それが。同じ食い気系のきづかいでも、「懐石」だって。


出世したなぁ、あたし。 (笑) ありがと、息子。


ごちになりやぁ~~すっ!!(^0^)




Posted by のんたんat 00:12
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2010年04月21日

読書活動グループの連絡会総会とか


図書館と連携した活動する「読書活動」グループの横のつながりを広げていく連絡会が発足されて1年とちょっと。

今日の午前中は、その総会があった。

読書アドバイザーでもあるtakkoさんとも、久しぶりにお行きあいでき、

あのほんわり笑顔を拝見できて嬉しかった。

仕事の関係で、会議終了を待たず最後の方で退室しまったので、

ゆっくりお話もできなかったのは心残り。

機会があったら、またおしゃべりさせていただきたいなぁ。

彼女の話には、パッションがある。

いつも、元気をいただけるのだ。

さて、えんぱーく、という市民交流センターが、この夏に出来上がる。

図書館もそちらに移転。開架率は大幅にアップするし、過ごしやすい空間の用意もあるようだ。

念願の対面朗読室(兼録音編集室ということだが)もできるそうで、

朗読ボラがどう関わっていけるのか、ほんとは、オープン前に詰めたいところだが、

実際はセンター機能が動き始めて、いろいろが落ち着いてからになるのだろうな。

いつの日か、自館製作の音声図書は、おけるようになるのだろうか。

期待を込めて、朗読者の養成に努めていこう。

今年の養成講座は、何人が受けてくれるかなぁ。

不況のまっただなか、根気と時間のいる朗読録音ボランティアに貴重な時間を割いてくれる同志が

集まってくれるか、ちょっと心配になったりする。






Posted by のんたんat 18:43
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2010年04月20日

おべんと4つ

6時半起きだった朝が、5時半起きになった。

たった1時間、されど1時間。まだ慣れなくて眠い。眠い;

おのこ3人分のおべんと詰めて、アルバイト日は自分のも詰めていく。

ごはんは、朝5合を炊くようになった。それまで3合で足りてたからずいぶんと炊きあがりのお釜の米飯の量がちがう。


6時に上息子起きてきて、6時45分に出勤。 朝はバナナとヨーグルト。

6時半に連れ合いが起きてきて、7時30分に出勤。 朝飯はごはんとみそ汁、のり、梅、納豆。

7時に下息子起きてきて、7時50分に登校。 朝は紅茶、気が向けばパンかおにぎりを所望。


一番早い子に合わせて、みんなで起きてきて、みんなで朝飯にすればいいのだろうけれど、

1分でも多めに寝たい気持ち優先のB型家族(笑)

順番に食事だししていると寮のまかないさんの気分だ。


で、8時ちょっとにお姑さん起きてきて、NHKの朝ドラとともに朝食。おかゆに梅に、魚とこんぶ。

朝家事をすませ、9時半わたくし出勤。車中でバランス栄養ゼリーをきゅきゅ。

お姑さんのお昼は電子レンジの中にスタンバイ。(いまやレンジの中がお姑さんのおかず保管庫w)

夜は、

お姑さんの食事が18時半~19時(とろとろ寝の目が覚め次第)

下息子の帰宅が19時~20時

上息子の帰宅は20時半~22時

連れ合いさんは、まったく読めず(19時だったり深夜だったり朝だったり、帰ってこなかったり!w)


・・・・・




がーーーーicon08

5人家族で、一緒にごはんたべられるのは、いつだっつーの。

おべんと、4つ。レンジにひとつ。

おんなじおかずを同じ日のお昼に、別々の場所で。

おべんとが、時空を超えた家族の食卓?なのかしらん。



Posted by のんたんat 23:59
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2010年04月16日

おデブの恩返し

「 鶴の」、といいたいところだが、不遜なので自戒を込めて

「おデブの恩返し」

ここしばらく、あるブログの更新に余念がなかった。

明後日、4月18日に塩尻市の市役所前の桜並木通りを歩行者天国にし手開催される「さくらフェスタ」を紹介するブログだ。

『しおじりさくらフェスタ盛り上げ隊ブログ 』


実行委員会へのお誘いを受けて、ふとひさしぶりに会議に出かけたのが始まり。

ここ数年は、思うところもあって身を引いていた。

新しく赴任した職員さんが、まだ名簿に名の残っていた(らしい)わたしにも、幽霊会員となっていることも知らず電話をくれたのだ。


書類送付だけなら行かなかっただろう。

人は人に接することで、心が動くものなのだなと後から思ったりした。

そんなわけで、会議に出ると、不思議となにかしらお仕事が発生するわけで。

今回は、ちらしを作ることとなり、

ついでと言っては何だが、当日まで予告ブログを運営してみようと思い立った。

なんでかっていうと、ささやかな恩返し。

今年だからの恩返し。

参加団体の紹介文は当日配布されるものの、読んでくれる人はあまりいないらしいし、チラシ配布もごく一部の保育園とかの関係だけ。

ポスターも数か所ひっそり貼られるだけのこじんまりさ。

なんでそんなかっていうと、極少予算、人手不足だから。

昨年は市制50周年予算で、どどんとカラーチラシ大量撒き、ワインやわたあめの無料振舞い、ステージトラックのチャーター、舞踊歌謡カラオケと、

どんちゃんさわぎのさくらフェスタだったわけで、

市民が知恵を繰り合わせ立ち上げてつなげてきた「市民活動団体」のお祭りだったさくらフェスタが、いきなり主催はこっちだから、と乗っ取られた年だった。

うってかわって、今年はまた極少予算、市民活動団体の集まりに主権が戻ったわけで。
市の担当者も2名のみ、それも、ほかにも多数案件抱えた大忙しの中。


そういうところに、せめて、なんか役に立とうかと。

ブログで参加団体の紹介入れて何を売ってるか、どんな出し物があるかを記事にしてきた。

ちらしには、携帯でアクセスできるようQRコードを付けた。

気が向けば、ああ、ここで、やきとり買うと、そのあがりは、福祉団体に行くんだなとか、ここでケーキを買うと、障がい者団体のNPO立ち上げの資金になっていくんだな、とかわかってもらえるかと思って。

ありがたいことに、思いのほかアクセスがあって、

一日170近い閲覧があった日も。

なんでそれが「恩返し」か?

わたしが、今パソコンをいじっているのは、この市民団体というものにに参加してきた過去があったから。もう、何年前だろ、まだ若くて痩せてた頃。w

それまで、手書き命、アナログ上等で生きてたわたしだったんだけど、

ひょんなことからいまはなき某市民団体の事務局をすることになって、当時の担当市職員さんがいい人で、脂汗かきながらも、チラシ作ったり、企画書書いたりプレゼンしたり営業したり実績報告書作ったり、会計やったり司会やったり、もうあらゆる「初めて」を学ばせてもらった2年間があったわけで。


その経験もあって、今、朗読の講師やったり司会の仕事が来るようになったり、ちらし書きの内職ができてたり、商工系の事務バイトができたりするのだ。

その職員さんはもうとっくに異動になってていないけど、

できるようになったことで「まちづくり」にささやかな恩返しをしたいと思いいたったわけで。

いただいたものは、別の形でおかえしする。

そうして、また受け取る。また、お返しできる力をいただく。

ささやかに。

今日は雪だよ;;

明後日は晴れの予報だけど、桜、もってくれるといいなぁ。。





Posted by のんたんat 23:07
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2010年04月15日

おしゃべりと食事


気のいい人たちが10人ほどで声を掛け合って

昨年度をねぎらう食事会をもってくれるという。

代表職をさせていただいた1年間、皆に助けられて務めてこれたのは私の方。

申し訳なくもありがたく、参加させていただくことにした。

養成講座を預かるようになって4年目。

メンバーにも、「教え子」という言い方は不遜だが、

私が預かった講座の修了生が増えてきた。

想いを共有できる仲間と会議という形でない語り合いができるのは

なんとも嬉しい時間だ。

久しぶりの外食も嬉しい。

約束の日は、たまには、化粧などして出かけてみよう。

(うわ~~。。。自分で言ってびっくり。女、捨ててた?汗;)


今年は、ちっとは、こぎれいになろうっと (x x;)




Posted by のんたんat 19:41
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2010年04月14日

鼻歌はご機嫌のあかしか?

いや~~。ちがうんだなぁこれが。

ネガティブ満載とか怒髪天を貫きそうな時、

ようは、落ち着こうとしている作業なのだ、私の場合。

猫がいがみ合いのさなかに、いきなりぺろぺろグルーミング始めたりするじゃない?

あれみたいなもの。

家事をしながら鼻歌を途切れなくしていると

あれ?ご機嫌だねとか家人に言われると

icon08ち・が・う・ん・だ・よ (怒)なんておなかの中で区切り言いして

顔は涼しく 「そう?」と流す。

あーーあたしってば大人。(いや腹黒)

せめて好きな曲を選んで、エンドレス鼻歌で乗り切ろう。

自分の鼻歌が耳をふさいで、やな声は聞かなくて済むしね。

(なんかとげとげしい今日の私)

明日は早起きして、ゴミ捨てがてらグラウンドの桜を眺めてこよう。

1日1感をして、脳をリラックスさせてあげよう。

嫌な自分と付き合いたくないから。



Posted by のんたんat 17:15
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2010年04月12日

執行猶予判決

今日は病院の日。

前回の検査結果が出ている日。当日朝、血液検査も新たにして、診察室へ。

経過観察続行、手術的治療はもう少し様子を見て、という結果になった。

わーい。

執行猶予だー。

痛みは自分持ちだけど、シャバ(笑)生活には、かえられない。

気合だ―。

アルバイトの方も事業終了まであと1ヶ月半。

監査終了までは、がんばるぞー。


Posted by のんたんat 19:57
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2010年04月10日

洗馬小学校小曽部分校の上映会詳細

先日の記事に書かせていただいたDVDの上映会の詳細が決定したようですので改めて記事にさせていただきます。

以下、salt channel-tv さんからコピーさせていただいた案内文です。

*******************


        「小曽部分校の子どもたちは今」の上映会について

 昭和59年3月に閉校になり取り壊されてしまった、洗馬小学校旧小曽部分校の懐かしい映像とともに、26年前最後の児童だった33人のうち、お会いした7人に閉校式、校舎の取り壊しなどの映像を見てもらいながら、当時の思い出などを聞き収録した30分余りの記録映像です。

 分校の体育館に集まり、思い出話をしながら鑑賞していただき、地域活性化にもつながればと思い計画をしました。
 当日、会場にこられた、昭和59年閉校時の33人の児童には、製作した「小曽部分校の子どもたちは今」のDVDを差し上げます。

 なお、当日直接お渡ししまが、連絡がない場合や会場に来られなかった時にはお渡し出来ないことがあります。
 この日、長野県デジタルアーカイブ推進事業「信州デジくら」所有の貴重な映像も上映の予定です。

ビデオの鑑賞は、一般の人たちにも連絡不要で見ることが出来ますので、おおぜいの人たちのご参加をお待ちしています。



  日 時    5月4日(水)祝日     午後1時より

  場 所    旧小曽部分校体育館

  内 容    昭和40年代の信州の自然を記録した映像など
        ~長野県デジタルアーカイブ推進事業「信州デジくら」より~
                                上映時間20分

        小曽部分校の子どもたちは今     上映時間30分

        1年生の担任との再会
   
  その他   DVDの製作があるため事前に、事務局(0263-53-2178)
        (e-mail:teranet@silk.plala.or.jp)寺西さんまで、連絡をお願いします。

 主 催     昭和58年度「小曽部分校在校生有志」

 共 催    長野県

 協 力    上小曽部区・下小曽部区
     


Posted by のんたんat 07:59
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2010年04月08日

男たちよ おつかれさま


わたしの周りの男性たちは、なんだかとっても忙しい。

夫は休日出勤当たり前、午前様当たり前、泊まり込みもしばしば、な仕事をしている。

息子も着任早々、朝は7時出勤、帰りは夜の8時9時。いまのところ、日曜日だけは休めたが

これからますますハードになりそうだ。

実兄は自営だが、これまたハードでよくまぁ体が持つなぁと会うたびびっくりする。

それでも、それぞれ、自分が志した職についているので、音をあげない。

夫と実兄はすでに50代。良く続くものだと内心はらはらしている。

でも、かっこいいなぁと思う。

おつかれさま おかえりなさい 温かい食事 笑顔

夫や息子たちに、家族としてわたせるものは少ないけれど

小さなフォローが できていければいいなと思う。

実兄は遠く離れているけれど、健康と幸を心から祈っている。

そのひとのつかれに「お」をつけて「さま」をつけて

おつかれさま。

素敵な言葉だなぁ。


Posted by のんたんat 22:53
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2010年04月06日

午前3時のポスト音


また寝そびれて、ぼーっとしていたら

ポストがぱたんっと鳴った。

午前3時6分。

朝刊が配達されていた。


おーー・・・。

お疲れ様です。

ありがたいことだね、雨の日も寒い日も、こうして手元にまっさらな新聞が届く。

それにしても、こんなに早くに配達してるんだぁ。

わたしも高校時代新聞配達してたけど、午前5時からの配達だった。

女子学生待遇で、甘い時間帯をもらえていたのかな、当時。

なんてなことを考えながら、新聞を眺める。

みんながまだ寝静まっているこの暗夜といえる朝に

起きて働いている人が届けてくれた、新聞。

ちょっと、ほっこりとした。

さて、少し寝るか。

Posted by のんたんat 03:18
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2010年04月04日

小曽部分校最後の日 加筆あり4/7

インターネット放送局salt channel の寺西さんからのお声掛けで

ナレーションの吹き込みをしてきました。

これまでも、平出博物館ガイダンス棟の紹介ビデオや市制50周年の記念映像など

何度か、寺西さんの作った映像に、声をつけさせていただいています。

今回は、昭和59年に廃校となった洗馬小学校小曽部分校の最後の日々と、その時の児童

の「今」を訪ねたドキュメンタリーでした。

当時の分校児童は33人。

すでに小学校の子供を持つ人もいます。

あたたかな心のこもった映像に、嬉しくナレーションをつけさせていただきました。

アナウンス調とかたり調の2パターン。映像にかぶせてみて合う方を編集なさるとのこと。

作られた寺西さんのお気持ちに添ったものになれていればいいな。。。

このまちに生き、このまちを愛して、地元にこだわってさまざまな映像を長年撮り続けておられる方です。

NHKや民放各社にも、ずいぶん映像提供をされてきました。


わたしも末端ながらまちづくりにかかわってきて、こういうまちの宝物ともいえる方々とご縁がもて

お手伝いができること。 幸せな時間です。


後日、関係者で集い、上映会などを企画しておられるとのこと。

*************

上記、上映会について確定部分をお伝えします。


     「小曽部分校の子どもたちは今」の上映会について



 昭和59年3月に閉校になり取り壊されてしまった、洗馬小学校旧小曽部分校の懐かしい映像とともに、

26年前最後の児童だった33人のうち、お会いした7人に閉校式、校舎の取り壊しなどの映像を見てもらいながら、

当時の思い出などを聞き収録した30分余りの記録映像です。

 分校の体育館に集まり、思い出話をしながら鑑賞していただき、地域活性化にもつながればと思い計画をしました。

 当日、会場にこられた、昭和59年閉校時の33人の児童には、製作した「小曽部分校の子どもたちは今」のDVDを差し上げます。

 なお、当日直接お渡ししまが、連絡がない場合や会場に来られなかった時にはお渡し出来ないことがあります。

 
ビデオの鑑賞は、一般の人たちにも連絡不要で見ることが出来ますので、おおぜいの人たちのご参加をお待ちしています。



   日 時    5月4日(水)祝日 午後1時より

   場 所    小曽部分校体育館及び上小曽部集会所   

   

ご連絡先:事務局(0263-53-2178)
(e-mail:teranet@silk.plala.or.jp) 寺西さん


※ まだ確定していな部分もありますので、決まりましたらご了解をいただいてまた加筆させていただきます。


 


        


Posted by のんたんat 23:25
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2010年04月03日

自分の慰め方

姑さんの症状に、心底疲弊して気分転換がなかなかでききれない時がある。

こちらの疲労度にもよるのだろう。心折れず受け流し続けられる日もあるのだから。

彼女が「いい人」であった歴史の上に今があるなら、病気だもの、仕方がないと思えるのだろうけれど

彼女の場合は、本来持っている性格の尖鋭化からくる暴言や被害妄想や意地悪なので

日々冤罪を被りながらお世話をすることは、これまでの生活の延長、激化にしか感じることができず、内心苦しい。

でもその苦しさを心から共感しあえる人は近くにいない。

家族であろうと当事者でない人には所詮他人事のつらさなんだなぁという実感するときもあって

孤独感を感じるとき、どう自分を立ち直らせるかを模索する。

同病相哀れむ、という言葉がある。

SNSのコミュで、老人介護、認知症、在宅介護、などを検索し

当事者さんたちの書き込みを読みあさる。

ああ、私だけじゃない。 もっと頑張っている人たちがこんなにいる。もっとつらい思いをしている人もこんなにいるんだ。

そう思うと、ひとしきり泣けて、そのあと、少し立ち直る。

さらにゆっくりおふろでも入って夜更かしの後のきつさも承知の上で自室でちびちび梅酒を飲んだりして

数時間をかけて、思考を浄化して。

おし。明日も生きる。がんばる。笑顔。うん。と自分に言えて、さぁ、立ち直ったぞと、ようやく床に就く。


わたしは幸せだ。 息子たちが心身ともに健康な大人になった。

そのことだけでも人生のプラマイは、十分おつりがくる幸福度だ。

それを思えばこのくらい なんちゃない。

えがお、えがおぉ~お♪


 







Posted by のんたんat 00:05
Comments(4)介護

2010年04月01日

一年生

新年度になった。

上息子は就職。 社会人一年生。

昨日から出勤が始まった。

最初は寮の管理人の話もあったが、県外採用の他の方が入ることになり自宅からの通勤となった。

下息子は大学一年生。

明日から入学式前の説明会がいろいろあって登校する。地元大学なので自宅通学。

夫は本日付の異動で、これまた自宅通勤となる。

昨夜まで前任の職場で引き継ぎ作業に追われ、ほぼ徹夜状態の数日間を過ごし、

朝方の帰宅で やや、よれよれ状態で、新たな勤務地へご出勤。

お疲れ様です 汗;


今朝は、スーツ姿の上息子と夫が食卓で「大人」的会話をしながら朝食をとってそれぞれに出かけた。

寝不足の割には、二人とも食欲があってよろしい。おかわりをしていった。

なんだか、不思議な気分だった。 息子が社会人。。まだぴんとこない。

それからお姑さんが起きてきて、朝食。

下息子は、まだ朝寝を決め込んでいる。

朝食の3回分け準備は、まだまだ続きそうだ。

いきなり、家の中の密度があがり、にぎやかになった気がする。

実質、荷物が増えた。夫と上息子の、まだ開いていない段ボールがごろごろしてたりする。

嬉しいことなんだろうな。


ついでに、わたしも、こっそり一年生。
通信制の大学で臨床心理を学び始める。


Posted by のんたんat 08:58
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