決して“楽しい”映画ではない。ドキュメンタリー作品だ。紹介されるエピソードひとつひとつに、衝撃を受ける。
見ている自分は日本人だ。日本に生まれたことで、ずいぶんと恩恵も受けている。しかし、日本という国は、
日本人は、彼らをどう扱ってきたのだろう。今からでもよい。やるべきこと、やれることはないのか。
改めて考えてしまわざるをえない。酒井充子監督の作品『台湾アイデンティティー』を見た。日本統治下に
生まれ育った台湾人たちの、戦後における「その後」を追った作品だ。同作品は7月6日よりポレポレ東中野ほか
全国順次ロードショー。
日本統治下の台湾で生まれた出演者数人が、自分の人生を語る。いずれも、日本による教育で自分が形成されたと
主張。そのことに対する恨みはない。逆に、日本的な精神を得たことを誇りに思っている。「日本人にはよくしてもらった」
との言葉も出る。男性は日本の軍人にもなった。軍人になることが「当時は誇りでした」と語る。
日本の敗戦後、彼らの運命は苛酷だった。中国から戦勝国として蒋介石率いる国民党がやって来た。まずは、
中国大陸部で始まった国共内戦の「財源」として台湾を利用した。台湾の経済は混乱した。
決定的だったのは、1947年の2.28事件だ。たばこを密売していた女性に国民党当局の取締官が暴行を加え、
集まった群衆に発砲したことで死者も出た。大規模な抗議運動が発生し、公的施設のいくつかを掌握。反撃に出た
国民党側は大規模な武力投入で弾圧。台湾人2万8000人あまりが殺害・処刑されたとされるが、被害者の数は
今なお定説がない。
『台湾アイデンティティー』の出演者は、当時の状況を生々しく語る。「裁判もなにもありません。疑いだけで連行して、
見せつけるために銃殺」、「(勤めていた)学校でも、殺された先生がいました」などの証言が次々に出る。
日本の教育を受けた人、自らの努力で「日本社会の一員」としての将来への展望を得はじめていた人にとって、自分が
いつ抹殺されてもおかしくない状況だった。その後も、国民党による恐怖政治、いわゆる「白色テロの時代」が1987年
まで続いた。
出演者は「日本は負けた。そうしたら、『さよなら』と帰っていっちゃった」と語る。そして、大陸から国民党がやって来た。
酒井監督に、出演者の日本統治時代への記憶について尋ねたところ、「日本統治時代を、美化している面はあると思う」
という。その後の時代がひどすぎたからだ。
「日本が負けたからしかたない」と涙する出演者もいる。撮影スタッフももらい泣きしたのだろうか。カメラに向かって
「泣かないでください」と語る。敗戦で力を失った日本に見捨てられたことで人生が暗転したのに、目の前にいる
日本人への気づかいを忘れない。こちらも目頭が熱くなる。
それ以外の出演者からも「生まれた時代が悪かった」、「これが私の運命」という言葉があった。日本を大いに恨む
気持ちを持ってもおかしくない。しかし、他者に対する憎しみで自分のつらさを解消しようとはしない心のありかたには、
崇高さすら感じる。
(>>2
以降へつづく)
2013/07/07(日) 21:07
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2013&d=0707&f=national_0707_038.shtml