「…迷った」

自分が方向音痴だなんて初めて知った、寧ろ今までそう思う機会が無かっただけかもしれない。
あ、どうもこんにちは、北山です。
あの馬鹿…基藤ヶ谷が大事な商売道具を俺の部屋に忘れて行ったので届けに来たのです。
でも如何せんこんな所来始めなので、現状はっきり言って迷子です。
一緒にパスまで置いていってくれたので中には入れたんですが、それからが問題。
これでも大手の営業マン、それなりに会社は渡り歩いて来たけれどこーゆう場所は不慣れだったらしい。
皆忙しそうで声さえ掛けずらくて、縮こまりながら只管彷徨っていると不意に名を呼ばれた。

「北山くん?」

聞き覚えのある声が耳に届いて、力一杯振り返ればそこには見知った相手が立っていた。
隣に恐持てのお兄さんもいたけれど…それは今の俺の視界には入っていなかった。

「千賀っ」
「やっぱり北山くんだ、どうしたんですか?こんな所で」

ぱたぱたと音がしそうな走り方で歩み寄ってきた千賀は、相変わらずほわーんとしていた。
コイツといると和むってゆーか、それより先程まで不安だっただけに知っている人に会えた喜びは一入。
思わず抱き付いてしまいたい衝動を何とか抑えて、年上の威厳を保つためにも落ち着いて目的を告げる。

「これ藤ヶ谷に頼まれて持ってきたんだけど…アイツ電話しても出なくってさ」

千賀は俺と藤ヶ谷の関係を知っているから別に何も隠す必要はないから助かる、まぁ話したときはそりゃポカーンだったけれど。
藤ヶ谷には本当計画性ってものが皆無なので、行き成り彼女って紹介された時には流石に俺も驚いた。
思いっきり殴ってやったら半泣きで怒られたけれど無視して、改めて自己紹介したんだっけかな。
取り合えず受け止めては貰えたらしくて、受け止めざるを得ない状況だっただけかもしれないが。

「あー、さっきまで撮影だったんで。今だったら繋がると思いますよ」

こうやって普通に話してくれている辺り偏見を持たれてはいないみたいでホッとしてる、藤ヶ谷の所在が掴めた事よりも。
幼馴染みたいなものだと聞いてはいたけれど千賀はいい子に育ったんだな…って言ってる場合じゃなかった。
連絡が取れるとなればとっととこれを渡して俺は帰りたい、せっかくの休みをこんな事で潰されたくないし。
じゃあ、と礼を言って俺も離れようと思ったのだが…背後の人がそれを許してはくれない雰囲気だった。

「えっと…T2の二階堂くん、だよね?」

千賀の斜め後ろから絶対零度の笑みを向けてくる人に問い掛けると、帽子を深く被ったまま軽く会釈された。
出来るだけ視界に入れない様にしていたのだが、流石に無視も出来ないので声を掛けてはみたものの。
隠れたままの瞳に睨まれている気がするのはどうしてだろう…どうして俺が年下相手にこんなに怯えなければならないのか。
テレビでしか見た事が無かったのでナマを見るのは今日が勿論初めて、普段からクールな感じはしていたものの。
クールを通り越えて俺から見るとちょっと恐い、芸能人って皆こんな感じなのだろうか…まさかな。

「俺、何かしたか?」
「‥あー…ニカに『藤ヶ谷くん』は禁句なんです」
「ぇ、どーして?」
「…俺もよく分からないんですけど、何だか合わないみたいで」

小声で千賀に聞いてみれば、苦虫を噛み潰したような顔をした後そう答えてくれた。
そういえば前藤ヶ谷が俺の部屋にやって来た時、散々アイドルの悪口を言っていた事を思い出して何となく察しがついた。
ようはお互いにウマが合わないのだろう…人間合う合わないはあるから仕方ないだろうが。
どうして俺まで冷たい視線を浴びなければならないのだろうか、これで普通なんて言われたら今までの人生を心配したくなる。
藤ヶ谷曰く千賀は『イイ子』なので、騙されてるだの何だの言っていてまさかと思っていたが…。
目付きが悪いだの我侭そうだの言いたい放題だったアイドル、現状俺には悲しいかなアイツの言い分を否定する事は出来なかった。
だって俺は睨まれる事なんて何もしてないな、ちょっと千賀と話しているくらい…って。

「…なるほど、ね」
「え?なんですか‥?」
「いや、こっちの話」

自分がこんな恋愛している所為か変な所に敏感になってしまっているのかもしれない、でも今のところそれしか原因が思いつかない。
あの時の藤ヶ谷の笑みが気にはなっていたけれど、こーゆう事なんだろう。
取り合えずそーゆう感情なのか確信は持てないが、このアイドルが千賀に好意を寄せているのは確からしい。
だから俺に敵意剥き出しなのだとしたら、辻褄が合うから。

「じゃあ俺行くわ、サンキューな」
「あ、はい」

独占欲なんてものは程々にしないと相手に嫌われるのに…最も千賀は全く気にしていないみたいだが。
逆にアイドルを少しばかり不憫に思ってしまったが、背後に視線を浴びながら俺はそそくさとその場を後にした。
そして思った、藤ヶ谷に変な事しないように咎めておかないと駄目だと。







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