「あー、マジ疲れたぁ」

最後のファンを見送ってから楽屋に衣装のまま入ってソファに思いっきりダイブ、普段やらない事をした所為で疲れも倍増。
トークとライブと抽選会に加えて、握手会。
Fanクラブ限定200人とはいえ長時間一般人と接している事なんてないので本気で疲れた、精神的にも身体的にも。
別に眠い訳でも無いのに疲れからか睡魔が襲ってきて、身を任せて目を閉じたとほぼ同時にドアをノックする音がして。
スタッフにこんなだらしない格好を見せるのは気が引けたので、仕方なく身体を起こして返事をした。

「…、どーぞ」
「にかぁ?お疲れー」
「…あー」
「ちょっ、寝ちゃ駄目だよ。着替えてマンション戻らないと」

でも入ってきたのは健永だったので再びソファに逆戻り、普段からだらしない様を部屋で見られているから今更カッコつける必要もないのだ。
普段料理もしないし家事全般正直得意ではない、寧ろ忙しくて碌にマンションにも帰ってなかったくらいで。
健永も出来る…と言うよりはこなせるって程度だけれど俺よりはずっとマシ、だから任せっきりな所も有ったり無かったり。
だからって決して家政婦なんて思っていない、並んで皿洗いとかしてると気分は恋人同士…なんて果てしなく妄想に過ぎないが。
そんな事思っているのは俺だけだろうに、まず間違いなく恋愛対象として見られていないから。

「お客さん、凄い盛り上がってたね」
「あー…まぁ、な」
「それよりもっと楽しそうに出来ないの?凄いつまんなそうに見えたんだけど…はい、これ」

着替えろと云わんばかりに服を渡されて仕方なく起き上がって衣装を脱ぐ、見た目以上に金が掛かっているらしく乱雑に扱うと結構怒られる。
多忙なお陰もあってスタイルはそんなに変わらない、今更身長が伸びる訳でもないし。
もし俺達が本格的なライブなんてする事になったらどうなるのか、と思う…まずMCは確実保たないだろう。
俺と玉森二人では会話が成り立たないから。

「だって面倒くせーしさ、イベントとか」
「…仮にもアイドルなのに」

呆れた様に呟きながら俺が脱ぎ捨てた衣装を片付ける健永、数ヶ月とはいえ年下には見えない。
そういえば前玉森が健永も藤ヶ谷同様坊ちゃんじゃないのかって言っていたが…それにしては世間慣れしてる気がした。
俺の金持ちのイメージが世間と掛け離れているのかもしれないが、まぁ別に金持ちだろうが貧乏だろうが関係ないけど。
隠し事の一つや二つは仕方ない、本当は全部知りたいと思ってはいるが。

「じゃー健永はさ、俺の事アイドルだと思って接してんの?」
「え、俺?」

自分で自分の事指差してまで確認する程の事なのだろうか…これだから天然ちゃん相手は本当飽きない。
うーんっと首を傾げたまま考え出してしまって、そんなに悩むほどの事なのだろうかと思いながら俺は着替えを終えた。
帰ってシャワーを浴びて取り合えず寝てしまおう、今日は欲求に忠実に生きようと思っていると…。
考えが纏まったのか、目の前の相手が視線をこちらへと向けた。

「最初はまぁそうだったけど、四六時中一緒な所為で最近はあんまりそんな風に思った事はないかなぁ…何か、友達みたいな感じってゆーか」

友達…か。
同姓だし同い年だし同居までしている仲なのでその解釈は仕方ないのだけれど、やはり凹まずにはいられなかった。
だからって恋人、とか言われても吃驚する…それはそれで勿論嬉しいけれど。
馬鹿みたいな妄想はこの辺りにしておくとしよう、今はライバルに先を越されない事を祈りつつ時を待つしかない。
今好きだと言った所で間違いなく笑顔で交わされるに決まってるんだ…俺も好きだよって。
それが俺の言う好きと違うという事はつくづく痛感してる、俺はその二文字を口にされるだけでこんなにも喜んでいるって言うのに。
健永にしてみれば玉森も宮田も…そして藤ヶ谷までもが『好き』なんだろう。

「ま、テレビとか出てるの見てるとニカってやっぱりアイドルなんだなぁ‥って思うけどね。実際はこんなだけど」
「こんな、とか言うなよ。これでも人気絶頂のアイドルだぞ」
「はいはい、カッコいいよ。テレビ越しだったらね」

そう言って笑いながら俺の衣装片手に楽屋から出て行ってしまって、俺は再びソファに身体を沈めた。
焦っているつもりはないが誰かに捕られるのだけは真っ平御免…だって俺が一番近くにいるのだから。
強引に捩じ伏せてもきっと嫌われるだけ、現にキスしただけで大っ嫌いと言われてしまったくらいだ。
次は恐らくない、傍でただ見守るなんて俺のガラではないけれど。

「相手が相手、だからな…仕方ないよな」

長期戦になるだろう事は分かっていた事、諦められるのだったらもうとっくの昔に見切りなんて付けてるし一緒に住んでもない。
散々否定したのに結局認めたのは、多分自分のモノにしたかったからなんだろう。
一向に終わりの見えない道はまだ始まったばかり、取り合えずは恋愛対象として見て貰える様に頑張るとするか。







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