気付いたら自分のマンションに帰って来ていて、隣には何故か千賀ではなくて玉森がいた。
正直あれからの事は何も覚えていない…でも既に此処にいるって事は一応仕事はこなしたという事だろう。

「お前さ、ほんと馬鹿だよね」
「…あぁ?」

宮田に送って貰ったのは微かに覚えている、だが玉森が一緒に降りていたのは全く気付かなかった。
しかも勝手に部屋にまで上がり込んで人の事を馬鹿呼ばわり、幾らユニットを組んでいる片割れと言えど酷くないだろうか。
つい反射的に睨んでしまったが、相手は全く怯む様子もなく露骨に溜息を吐き出した。

「鈍過ぎる千賀にも問題はあると思うけどさぁ、んな上から目線じゃ伝わるもんも伝わんないって」

気付かない内にベラベラと有る事無い事喋っていたらしく、それより俺が心配したのは一緒に住んでいる事が気付かれていないかどうか。
元々最低限の家具しかない部屋なので増えたのは食器の類くらいだろうが、玉森はたまに変な所に鋭いので油断は禁物。
バレたら出ていくと千賀は言っていたが…そこまで考えて現状をやっと思い出した。
とんでもない事をやらかしたんだと、一層勢いで告白しても良かったんだろうが‥きちんと告白と受け取って貰えるかがまず分からない。
確かに俺の性格も災いしているとは思うが、それ以上に千賀は色んな意味で鈍かったから。

「このまんまマネージャー辞めたらどうすんの?」
「…どうって、」
「幾ら社長が止めたってさ、千賀が辞めるって言ったら終わりじゃん?」

千賀はクビが嫌で渋々マネージャーをやっていたけれど、本気で嫌になったら辞める事だって出来る。
素性は未だに分からないままだが、もし道楽をしていても生きていける様な家庭だったら尚更の事。
家出とか社会勉強の一貫とか理由は幾らでも作り出せる、だって何も知らないから…アイツの事を。

「それこそ藤ヶ谷くんのトコ行っちゃうんじゃないの?」
「っ、はぁ!?んなの駄目に決まってんじゃん!」
「じゃー、はい」

今一番聞きたくない名前を出され当然憤慨すれば、差し出されたのは携帯電話。
事務所用のではないので恐らく玉森の私物用ではないだろうかと思うのだが、そんなものを差し出して一体俺にどうしろと言うのか。

「なんだよ、一体」
「今千賀、宮田の家にいるから。電話して謝んなよ」
「…はぁ?!」

どうして千賀が宮田の所に?
そりゃあ藤ヶ谷を頼るよりはマシだが今一納得がいかない、しかも玉森がその事実を知っていた事が一番腹立たしい。
結局俺は誘導尋問されていただけなのだ…このまま別れるなんて絶対に嫌だったので結果的には良かったのかもしれないが。
ブツくさ言いながらも携帯を受け取れば応答待ちらしき音楽が流れていて、暫くすると音楽が途絶えた。

『…もしもし?』

名乗られなくても電話の向こうには宮田と千賀しか居ない、宮田がこんな恐る恐る話す訳もないので相手は必然的に絞られる。
向こうも俺から掛かって来ている事は分かっていただろうに…取り合えず出てくれた事に安心した。
電話も出たくないと言われたらもうお終い、今だったらまだ間に合うと取ってしまっていいのだろうか。

「あ…おれ、だけど…」
『‥ん。なに?』
「今日は、ごめん。どうかしてた」

何を言っていいか分からないし全部言い訳に聞こえると思ったから取り合えず謝っておいた、普段の俺から見ればずっと潔かったと思う。
普段自分が悪くても素直になんて謝らないのに、それくらい焦っていたんだろうか。
だが相手からの返答は何も無くて、どうしていいのか分からず玉森に助けを求めれば…いけっ、と云わんばかりのよく分からないジェスチャー。
俺に何処へ行けというのか、何を言えと言うのか…コイツに助けを求めたのを後悔した瞬間、耳に届いた声。

『ほんとに、悪いって思ってんの?』
「お、思ってる、から…こうやって謝ってんだけど」
『…もう、あんな事しない?』

不貞腐れたような言い方になってしまうのは俺の性分だからもうどうにもならない、それに比べて千賀は畳み掛ける様な優しい物言いで。
俺自身以前よりは幾分か丸くなったとは思うが、やはりそれは千賀の影響なのだろうか…。

「しない、絶対しねぇから、」
『じゃーいいよ、許して上げる』

若干上目線なのが気にはなったけれど、言い方が可愛かったのと今回は俺が全面的に悪いって事で突っかかる事はしなかった。
隣でニヤついてる玉森が視界に入りこんで来て、手で軽くあしらうと文句を言われたが無視して電話に集中した。
今日はもう遅いので明日スタジオで合流という事になって、ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間。

『あ、にか』

電話を切ろうとした間際に言われた台詞、それはこの恋が前途多難である事を予期するには十分過ぎるくらいだった…。







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