「…どうしたの、一体」
心配そうな声が耳に届いても俺は顔を上げる事は出来なくて、ふるふると頭を左右に振った。
結局あれから俺がスタジオに戻る事はなく、行く宛ても無く夜遅くまで街をフラフラしていた。
日付が変わる時間になってもマンションになんて絶対に帰りたくなかったので、事務所に宮田の住所を聞いて迷惑を承知で押し掛けた。
相手は当然驚いた様だったけれど中に入れてくれて、黙ったままの俺を暫く見つめた後先程の一声を発した。
「二階堂と、何かあった?」
こんな事誰に話していいのか分からないし、他に頼れる人がいなかったのもあって取り合えず此処に来てみたものの。
何処から話していいのか分からずきゅっと唇を噛み締めていると、事の張本人の名を口にされてビクリと方が震えた。
仕事を投げ出してしまった時点でマネージャー失格、でも担当しているタレントにあそこまで権力を振り翳されたら誰だって逃げ出したくなると思う。
あんな事は前にも何度かされていたから多少の免疫はあるつもりだった、でも今回は何時もとは違った。
恐怖を感じたんだ、初めて。
「もう辞めたい、マネージャー…」
男を感じたって言う言い方は可笑しいかもしれないが、普段はずっと一緒にいる所為もあって友達みたいで。
同い年だから話題も合う事が多く、喧嘩もしたが最初の事を思えば上手くいっていたと思っていたのに。
俺だけだったんだろうか…そんな風に信頼さえ寄せていたのは。
「うーん…それは二階堂が悪いね」
あった事を全て話す間、宮田は何も言わずに耳を傾けてくれていた。
俺自身二階堂が怒っている理由が全く分からなかったのでされた事を伝える事しか出来なくて、余計に加害者に聞こえたかもしれない。
もしかちゃんとした理由があったとしても横暴過ぎたとは思うが、ただ腹立ち紛れにしたのだったら達が悪い。
「我侭だし自己中だし意味分かんないし…もうヤダぁ…」
机に突っぱねると優しく頭を撫でてくれて、縋る様に抱き付いた。
宮田がまさか、この子相当鈍感だな…なんて思っているなんて知りもしなかったから素直に甘えていたのだが。
芸能界って所は俺が思っている程生易しい処じゃない、今迄雑務しかしていなかったから体感する事が無かっただけで。
だからってちゃんとした理由もなしにあんな事されたのでは、傍になんていられない。
「まぁまぁ、千賀は悪くないんだからそう落ち込まずに…」
「落ち込んでなんかない!怒ってるだけだもんっ」
恐かったし驚いた、でも自分は悪くないのだから落ち込む必要も引け目を感じる必要はない。
ゴシゴシと目を擦って頬を膨らませれば、よしよしと云わんばかりに頭を撫でられて子供扱いされている事を悟った。
二つしか歳は変わらないけれど宮田は俺と一緒で高校卒業後から働きだしたから、当然俺よりこの業界は長い。
俺の知らない事も沢山知っているだろう、もう二人とも引き取ってくれればいいのに…なんて思ったのは秘密だが。
「‥千賀、本当に分かってないんだね」
「え、何が?」
「いや…俺の独り言」
先程から煮え切らない態度が気になるのだが、上がり込んでいる身なので聞くのは少々躊躇われて。
入れてもらったココアを口に含んで一息付く、つい習慣で時計に目をやれば日付が変わる間際。
明日は珍しく昼過ぎからの仕事で、昼食を一緒に作ろうと話していたのにこの様だ。
泊まっていけばいいと言って貰えたので今日はお言葉に甘えるとして、先の事より二階堂の事を考えている自分が嫌になった。
「…心配?二階堂の事」
「え、な、何で俺が」
「でも向こうも反省してると思うよ?あれから収録大変だったんだから、まるで魂抜けたみたいになってて」
「にか、が…?」
意外だった、二階堂が俺の事で一喜一憂するなんて。
俺の事なんて都合のいい召使いくらいにしか思ってないのではないかと考えた事もあったが、そうでもないのだろうか。
ずっと一緒に居れば誰しも多少の情は沸くもの、それは二階堂も…それに俺も例外では無かったのかもしれない。
「多分二階堂が怒った理由、藤ヶ谷くんだと思うよ」
「え‥どーして?」
「んー、言われなかった?藤ヶ谷くんに近付くなって」
思い返して見ればそんな事を言われた気がしないでもない、二階堂は藤ヶ谷くんを快く思っていなかったから。
まさか俺が原因なんて知りもしなかったから、きっとああゆう性格の人間が好かないのだろうと能天気な解釈をしていたが。
そこまで毛嫌いしなくてもいいのに、確かに多少度が過ぎる面もあるが決して悪い人ではない。
「…うん。言われた、かも」
「気に入らなかったんだと思うよ、千賀が他の誰かと仲良くするのが」
ニッコリと笑って平然と可笑しい事を口にする宮田、その上風呂に入れとバスルームに追いやられてしまった。
仕方なく言われた通りに行動するとして、服を脱ごうとして手首が赤くなっている事に気が付いた。
「そんなの、全部ニカの勝手じゃん…」
先程の事が鮮明に思い出されてしまって、又目頭が熱くなってくるのを感じてふるふると頭を左右に振った。
宮田も玉森も口を揃えて言う、二階堂は俺の事を嫌ってなどいない…寧ろ好いていると。
確かに嫌がらせにしては度が過ぎてはいるものの、言動から察すればそれは到底理解し難いもので。
三度目のキスが一番辛かったかもしれない…色んな意味、で。
back