Stage2:才脳
世の中には、他の人間と比べて圧倒的に突出した才能をもつ存在がいる。テストで常に一番だったり、本を読ませれば聞く者全てを魅了することができたりなど役立つ役立たないは別として、その分野において右に出る者はいないと言われる存在は、どこの世界どこの国においても存在するものなのだ。
例えば絶対音感を持つ人などは、全ての音の特徴を完璧に理解し、一度聞いた音ならばドからシの七音の強弱で表現できる。常人ならばまず不可能な事だが、絶対音感を持った人間はその不可能をまるで当たり前であるかのように可能にする。
他にもマジシャンなどの一度に多くの人間を相手にする仕事だって、様々なトリックを幾重にも張り巡らし、巧みな話術と思わせぶりな仕草で相手を錯覚させる。
一歩間違えれば詐欺にも近い行為だが、必ずといっても過言ではないほどに客はこういったパフォーマンスを喜ぶ。これも大衆の心理を利用し楽しませる、一種の才能であるといえるだろう。
平成一二年、つまり西暦二〇〇〇年。世界各国で、そういった超才能をもった人間の存在が世間に公表された。彼らは皆運動から勉強まで様々な物事に対して突出した能力を持ち、これまで世間で信じられてきた『常識』というものを悉く塗り替えてきた。
そして一二年の時が過ぎ、平成二四年。超才能を持つ者達は国際研究チームによって研究され、多くの事実が判明。世界に大きな衝撃を呼び起こした年代として、いつしか西暦二〇〇〇年以降の年は《新西暦》と呼ばれるようになった。
* * *
人の気配のない、静かすぎる街中。俺は広い道路の中心を堂々と歩いていた。
本来は極めて危険な行為なのだが、この今いる世界では既存の常識が通じることはほぼ有り得ない。例を挙げるならば、この場所は限りなく自分達が生活している街と似ている。しかしこの世界には、人間や車などの存在が確認出来ない。
それはこの世界のルールが正常に機能している証拠なのだが、それらがないだけでも街というのは闇よりも静かに、そして残酷になる。
「………………」
なにより、今の状況は不気味だ。この世界において、人の気配は感じられない。だが、確かに複数の視線に監視されているのだ。
道路の両側を囲むように建つ、ビルなどの建造物の中。路地や屋上といった、俺を囲む場所全てから視線を感じる。
“ヒトではない何か”に監視されている感覚は、正直不愉快だった。
「《加速》」
監視の視線を振り切るため、《加速》を用いて真っ直ぐ駆け出す。視線の主は俺のスピードについてこられなかったのか、すぐに不快な感覚が消えた。加速を解除して、辺りを伺う。
刹那、
「―――チィッ!!」
『殺意』。そう形容されるのがまるで当たり前であるかのような、『殺す何か』。
飛びかかって来たソレを反射だけで避ける。すんでのところで身体を捻るが、刺すように突き出された鋭利な何かが衣服の肩口を大きく引き裂いた。出血こそ無かったものの、身体を捻らねば頸動脈をやられていたという事実に冷や汗が出るのは、まぁ仕方のないことだろう。
同様の攻撃が二度三度と繰り出されるが、後方への跳躍回避をすることで、襲撃者から距離をとる。
否、襲撃『者』はいなかった。そこにいたのは、犬。大小様々な大きさの犬が、ぐるりと俺を取り囲んでいた。
「柴犬にブルドッグにボーダーコリー……秋田犬にチワワとか種類バラバラ過ぎんだろ統一する気ゼロかよ」
見たところ有り得ない数の種類だ。公認されている犬の種類は三三九種と言われているが、世界には七百から八百の種類が存在するらしい。相手はそれら全てを把握しているのか、一匹たりとも犬種が被った犬はいなかった。
グルルルル、と名も知らぬ黒い巨犬が低く唸る。それに続くようにして、チワワとトイプードルがキャンキャン吠えた。
巨犬から感じる明確な殺意。間違いない。先程の襲撃犬はこの黒いのだ。
「…俺、どちらかってーと猫派なんだがなぁ………」
さぁ〜て、どうしてこうなったかねぇ。
* * *
「は〜い、今日のSHRは学級委員を決めたいと思いまーす」
朝のSHR。担任がそんな事を言い出した。
トラック事件の後、俺とお姉ちゃんは遅刻二分前というギリギリの時間に登校した。教室までの距離があるお姉ちゃんを教室まで《加速》で送り届けるという特命をこなしたり、途中で先生に捕まりそうになったのをやっぱり《加速》で振り切ったりで、俺が教室に着いたのはチャイムより少し早い程度であった。
因みに、九.八秒。これが俺の遅刻までのタイムだった。危なかった。
「………学級委員?」
学年が上がって、つまり俺達が高校生になって約二週間が経過していた。二週間もあれば文庫本六巻分の大冒険ができるような気がするのだが、このクラスは文庫本一冊分どころか学級委員決めという重要なことすら終わっていなかった。
予め述べておくが、別に決めようとしなかった訳ではない。その証拠に、学級委員以外の係は既に決まっているし、仕事も始まっている。なら、何故学級委員だけが決まっていないのか。
「今日はやっとクラスが全員登校したしね〜♪こういうのを決めるのは、皆が揃ってるのが大事なのよ?」
始業式含め二週間。実は、クラス全員が揃った日というのが今まで全く無かったのである。
と言っても、このクラスの在籍生徒数は四十人。一般的な教室より在籍人数がちょっと多いため、家庭の用事があったり、風邪や遅刻、欠席などをされたりで毎日必ず誰か一人は休んでいたというだけなのだ。
しかし……全員出席か。全員が出席。全員が登校。全員が………全員?
俺が疑問を感じたと同時に、クラスがざわざわとざわめき始めた。
『ぜ……全員だと…!』
『とうとうこの日が来たか…』
『聞けぃ皆の者!姫が満を辞して降臨なされたぞ!!』
『ウゾダ……ウゾダドンドコドン!』
『うぇぇぇぇぇぇぇぇい!うぇぇぇぇぇぇぇぇい!!うぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!!!』
………おいどうした貴様ら。端から見ればトチ狂ったようにしか見えないぞマジで。
「はいはいみんな静かに〜。というわけで、今日の放課後は少し時間貰うわよ?じゃ、これで朝のHRは終了ね〜」
そんな感じで朝のHRが終了したのだが、その言葉を聞いていた生徒が一体何人いたのやら。クラス内は未だに静かにはならず、HRが終わった事もあり数人で集まっては一点をチラチラと見、コソコソと話し合うという光景が幾つも見えた。
そんな集団の視線の先、教室の廊下側最後列。クラス内の話題の中心は、そこに座っている一人の女子生徒であった。
「はぁ……帰りたい……」
その容姿を例えるなら、『人形』。雪のような純白の肌に、目や鼻などのパーツのくっきりとした顔。何より特徴的なのは、人目を引くその美しい銀髪。そして、紅く美しい輝きを放つ唇から漏れ出る毒。
「大体何なんですか学校とか今じゃインターネット技術が発達して通信教育だけでそこそこいける時代なんですよこんな登校型の旧式の学校なんて無駄ですゴミです廃墟です………」
喩え人混みの中にいても決して紛れることのない美しい容姿をもつその女生徒は、机の上で潰れつつを学校について毒を吐いていた。
『おぉ……有栖様が学校制度に不満を持っておられるぞ!』
『お怒りじゃ…姫のお怒りじゃぁぁぁ〜!』
マジ何なんだろうコイツら。
「……おい、アリス」
「んぅ?……あぁ、大雅さんですか。どうしたんですかこんな時間に」
「こんな時間もなにもまだ九時前、授業すら始まってねぇだろが」
「昨日までの私ならまだお休み中なんです黙っててください……」
「黙る理由が見あたらんな。それに、お前が入学式すら来なかったせいで今日の放課後が潰れたんだよ謝れ俺に」
「………今日は何の特売だったんですか?」
「玉子だよ玉子。おかげで明日の弁当から卵焼きが消えた」
「それは…まぁ……ごめんなさいですけど…」
時間帯からして、後の牛乳と刺身は間に合いそうだな。お姉ちゃんも喜びそうだ。
さて、この会話から察して頂けるとありがたいんだが、『アリス』と呼ばれるこの少女は、高校最初のイベントである入学式を含め、今年一度も学校に来ることなく自宅に引きこもっていた超クライマックス自宅系少女なのである。
この女生徒の名は『三ノ宮 有栖』。俺の幼なじみに当たるから、付き合いは十二年目になるか?お姉ちゃんと同じくらい長く一緒にいる存在でもある。
「で、本題は何ですか?」
「え?…あぁ、最近見なかったからさ、体調でも崩したかなと思って」
「私は至って健康です。その他の方々みたいに軟弱な身体は持ってないんですよ」
「へいへいそうですか。その軟弱な方々は元気に授業の準備をしてますが?」
「………大雅さんのいぢわる…」
「だーまーれ。ほら、ちゃっちゃと準備しろ」
言いつつ、俺も自分の席に戻ろうと動き出した。この教室の席は、五人一列が八列分。俺の机は廊下側の列の真ん中、つまり、アリスの二つ前の席となる。
五歩もすりゃつく距離。しかし、一歩足を踏み出しただけで俺は止まらざるを得なくなった。
「………今度は何?」
アリスが俺の制服の端を掴んでいたのである。何故?
「……不安です」
「何が?」
「これからが」
「何で?」
「だって私、まともに学校通ったの小学校の四年生までなんですよ?それなのに…これから毎日学校通わなきゃいけないなんて地獄以外の何物でもないじゃないですか!」
顔を上げ、ムスッとした表情で訴えるアリス。その目は、確かに不安を表していた。
理由は……まぁ、解らなくもない。引きこもり始めた原因も知ってる。―――だからこそ。
「授業まで時間がない。その話はまた後でだ」
だからこそ、こういう事しか言えないのよね。
* * *
今が《新西暦》と呼ばれ原因となった、超才能を持つ者達の出現。国際研究チームの発表によると、国籍も持っている超才能もバラバラな彼らの年齢は、皆十代であったという。
全員が普通に日常生活を送り、普通に勉強やスポーツを行い、時期は違えど突如として超才能に目覚めた。これが、一番最初に判明した情報である。
次に判明したのは、超才能が大きく四つに分けられるという事だった。
彼らの中に、物を上手に作る少年がいた。少年は、研究者達の前で硝子細工を使って街の模型を作ってみせた。
少年は、家族で行った旅行先で硝子細工を体験し、その才能に目覚めたという。
その他にも、模写の上手な少女。料理の得意な少年等がいた。
彼らの技術力は、世間一般の『プロ』と同等かそれ以上の物であった。研究者達はそれを、《技術的才能》と分類した。
技術者以外には、例えばアスリート顔負けの身体能力を持つ少女がいた。少女は、様々な種目で同年齢の人間の最高記録を更新した。その記録は、少女の年齢より二つも上の年齢の一般人が出せる最高記録すら上回っていたという。
研究者達が《身体的才能》と名付けた才能の所持者は、四つの中で一番多く存在していた。
今回の研究を進める上で、一番の功績をあげたのが《脳力的才能》を所持する人間であった。
彼らは計算や記憶といった人間の脳が行う情報処理に長けており、世界中から集まった研究者達に引けを取らない働きを見せた。彼らの協力により判明した事も少なくなく、研究スピードは最初の倍以上となった。
そして、研究者だけでなく世間を一番驚かせたのは、今回の研究で『超能力者』の存在が明確になった事であろう。
《不可能現象的才能》と呼称されるその才能は、テレパシーや予知、念力など、『才能』と呼称するより『超能力』と呼ばれるような物であった。
発見された超才能所持者の中でもごく少数しかいなかった彼らは、人間の理論では説明のつかない事を研究者達の前でやってみせた。その中には、当時天才少年マジシャンと呼ばれていた、『神宮寺 昌彦』も含まれていた。
その後の研究で、一般人と超才能所持者の脳構造に、厳密に言えば情報伝達の仕方に違いがあることが判明した。
大まかに言うと、普通の人間が物事を様々なケースに分類して考えるのに対し、超才能所持者は全ての物事が所持する才能に繋がるのである。 例えば、一つのボールがあったとする。多くの人間がそのボールを見ても、『一つのボール』としか認識しない若しくはできないだろう。しかし、スポーツに関する《身体的才能》をもつ超才能所持者ならば、どのように投げればより遠く、早く飛ぶか。どう蹴れば、そのボールの軌道は変化するかという事以外考えられなくなってしまうのだ。
研究者達は、しばらくして超才能所持者に対する様々な呼び方を改めた。
特殊な脳構造を持ち、他と圧倒的な差を持って存在する能力を《才能》。また、《才能》を持つ脳を、《才脳》。そして、《才能》所持者を《才脳者》と定めた。
「―――このように、僅か二年で色々と重要な事が起きている。お前達も記憶に新しいとは思うが、ここはテストに必ず出る。ちゃんと覚えておくよーに」
今は一時間目の『近代史』の授業。さっきから延々と先生が話していたのが、俺達才脳者の歴史だ。
ここは国立、神宮寺学園都市。才脳者の為に国が用意した、国立研究学園都市である。茨城県つくば市を中心に、新西暦二〇〇二年に創立した巨大小中高大一貫校なのだ。
「さて、教科書四二ページ。……御来屋、読め」
「はいはーい。四二ページ四二ページ…っと」
四二ページっていうと……あぁ、《神宮寺事件》の話か。
「才脳者の歴史は、いじめの歴史でもあった―――」
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