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(2013参院選)日本の現在地:上 蓮池透、五味太郎、中村うさぎ、熊坂義裕、小谷野敦

紙面写真・図版

蓮池透さん

紙面写真・図版

五味太郎さん

紙面写真・図版

中村うさぎさん

紙面写真・図版

熊坂義裕さん

紙面写真・図版

小谷野敦さん

 この参院選、いったい何が問われているのだろう。経済政策? 憲法改正? なんだかしっくりこない。だったらまずは自分たちの足元を見つめ直すことから始めてみよう――自らの足場を持ち、問いを立て、考えてきた人たちに聞いた。いま、この日本社会をどう見ていますか?

 (「日本の現在地」〈下〉は17日付掲載予定です)

 ■被害者意識が増殖している 元「北朝鮮による拉致被害者家族連絡会」事務局長・蓮池透さん

 首相や閣僚の胸元を見て、いつもおかしいな、と思うんです。ブルーリボンのバッジ、つけていますよね。だけど日本には、様々な問題の解決を求める多くの団体がある。首相や閣僚であれば全てのバッジをつけるべきではないでしょうか。なぜ、拉致問題の解決を目指すブルーリボンだけなのでしょう。

 2002年9月17日、小泉首相が訪朝し、北朝鮮が拉致を認めました。その時、私たち家族だけではなく、日本社会全体が「俺たちは被害者だ」という感情を持ったと思います。昔は社会的には小さな問題だったんです。拉致なんて言葉もなく、私たちの訴えに耳を貸してくれる人はほとんどいなかった。それがあの日を境に一変し、「被害者がかわいそう」から「北朝鮮を制裁しろ」まで一気でしたね。ずっと加害者だと言われ続けてきた、その鬱屈(うっくつ)から解き放たれ、あえて言うと、偏狭なナショナリズムができあがってしまったと思います。

 被害者意識というのはやっかいなものです。私も、被害者なのだから何を言っても許されるというある種の全能感と権力性を有してしまった時期があります。時のヒーローでしたからね。国会議員に写真撮影を求められたり、後援会に呼ばれたりして、接触してくるのは右寄りの方たちばかりでしたから、改憲派の集会に引っ張り出され、訳もわからず「憲法9条が拉致問題解決の足かせになっている」という趣旨の発言をしたこともあります。調子に乗っちゃったんです。

 被害者意識は自己増殖します。本来、政治家はそれを抑えるべきなのに、むしろあおっています。北朝鮮を「敵」だと名指しして国民の結束を高める。為政者にとっては、北朝鮮が「敵」でいてくれると都合がいいのかもしれません。しかし対話や交渉はますます困難となり、拉致問題の解決は遠のくばかりです。

 拉致問題を解決するには、日本はまず過去の戦争責任に向き合わなければならないはずです。しかし棚上げ、先送り、その場しのぎが日本政治の習い性となっている。拉致も原発も経済政策も、みんなそうじゃないですか。

 私がこうして政権に批判的なコメントをすると「弟が帰ってこられたのは誰のおかげだ。感謝しろ」という批判がわっと寄せられます。いったいどんな顔をして生きていけばいいのか、わからなくなる時があるんですよね。弟はよりそうだと思います。自分たちだけが帰国できたことへの、申し訳ない気持ちも常にある。現実の被害者の思いは複層的です。しかし、日本社会は被害者ファンタジーのようなものを共有していて、そこからはみ出すと排除の論理にさらされる。被害者意識の高進が、狭量な社会を生んでいるのではないでしょうか。

 調子に乗っていた当時の自分を振り返ると、恥ずかしい。だけど日本社会は今も、あの時の自分と同じように謙虚さを失い、調子に乗ったままなのではないかと思います。

 (聞き手・高橋純子)

    *

 はすいけとおる 55年生まれ。78年、弟・薫さんが北朝鮮に拉致され、「家族会」事務局長として活動の中心を担う。著書に「奪還」「拉致」「私が愛した東京電力」など。

 ■安定求め、失われた自発性 絵本作家・五味太郎さん

 東京都議選の投票率、低かったよね。少しはいい社会になってきたんじゃないかな。選挙って、今見ているテレビを消してまで行くほどの価値があるのか。たくさんの人がそう思い始めただけでも前進だよ。無関心というのもふくめてさ。

 「選挙に行かなくては」なんてしたり顔で言う人は、実は民主主義を理解しているポーズをしているだけ。民主主義の根幹って選挙に参加することじゃない。「個人が意見を言える」ってことなんだよ。投票箱に「清き一票」を入れるのが本当に意見を言えていることになるのか?

 どうすれば、みんなが自発的に政治に参加するのか。もう選挙じゃないでしょう。新しいシステムを考える時に来ている。それでも国政選挙をやるなら、例えば1人に10票投票権を与えろ、って言うのはどうかな。

 10票あれば「オレはこの人に7票、あの人に3票」とか案配できる。強く推したいヤツがいればその人に10票全部、あるいは3票使って7票は棄権なんていうのもあり。そうすれば自分の政治への気持ちを、今よりは細かく表現できるんじゃないかな。

 そもそも近代国家の民主主義ってやつは、おとなしく税金を支払う納税者を育てることが基本なんだよ。そのためにあるのが学校教育。子どもたちに、自分の欲求を殺して時間割りに従うことを強制し続ける。それによって、自発性に基づいて動く動物というよりは、「自分は環境に適応し、納税という義務を遂行するべき立場」と思い込む植物みたいな人間を作り上げてきたんだ。

 それが行き過ぎて、今じゃみんなが、みなし公務員みたいになっちゃった。「どう生きれば楽しくなるか」なんて考えず、楽をして生活を安定させることだけ求める。自分の言いたいこと、やりたいことじゃなくて、周囲から期待される答えだけを必死に探している。でも、みんなが本当に飛びつくおもしろさ、新しいことって、それぞれの内側にある自発性からしか生まれないんだよ。

 オレはそういう流れとは別に、自分の好きなことだけやって楽に生きていたり、生きていけるようにややがんばったりしている。

 この国は、経済以前に人間的に破綻(はたん)しているから始末が悪いんだよ。だからと言って、希望とか明るい社会とか、安易に求めない方がいい。ましてや「政治が私たちを幸せにしてくれる」なんて期待するのはやめておいた方がいい。それって「いつか理想のパートナーが現れて自分を幸せにしてくれるはずだ……」とずーっとぼんやり考えている間抜けな男女とそう変わらないよ。

 オレは、みんなもっと迷って悩んで痛みを感じた方がいいと思っている。迷うべきことや悩むべきことがこんなにもある世の中だし、本当の痛みや苦しみを自覚しない限り、打つべき手も思いつかないはずなんだ。

 (聞き手・太田啓之)

    *

 ごみたろう 45年生まれ。広告、工業デザインを経て絵本作家に。400冊以上の作品がある。代表作に「きんぎょがにげた」「さる・るるる」など。

 ■「心を一つに」気持ち悪い 作家・エッセイスト、中村うさぎさん

 今の社会を一言で言うと「気持ち悪い」。私、新宿に住んでるんだけど、在特会(在日特権を許さない市民の会)っていうの? ここんとこ「朝鮮人を殺せ」とか言って、このあたりをデモしてんのよ。ここまで来たのか、とちょっとびっくりしてるわ。

 何か、3・11以降、妙な流れになってると思わない? 日本人の心を一つに、みたいな機運が高まったでしょう。全体の利益を第一に考えようみたいな。確かに震災によって「私は私でしょ」っていう私みたいな女でも、個人主義の限界が身にしみたわよ。その個人主義批判の高まりが右傾化を後押しした部分もあると思うの。愛国的な安倍さん(晋三首相)が政権取ったのも、その流れじゃない?

 参院選でも安倍さんが勝って力をつけて、右傾化みたいな流れが続くんだろうな。ヤだけど私、立ち上がろうなんて気、1ミクロンもないから。あのね、私、個人の抵抗がいかにむなしいか、2年前の都知事選でかみしめたの。原発事故があって、私のまわりだけでなく、多くの都民は原発いらないって思ってたはずよ。でも、原発推進の石原さん(慎太郎・現日本維新の会共同代表)の圧勝でしょ。脱原発とか言っても、やっぱりみんな石原さんみたいなの好きなんじゃんって思ったのよ。

 でもね、ああいうマチズモ(男性優位主義)自体が悪いんじゃないのよ。「俺は悪くない」という自己正当化や「あいつのせいで」みたいなルサンチマン(怨念)とか被害者意識と結びついたマチズモが悪いんだわ。「日本は悪くない」「中国が、韓国が」って、勇ましいこと言う政治家の虚勢の張り方見てると、よく分かるでしょ。そういう人間が権力を握ると、他者や弱者に対して攻撃的、抑圧的にルサンチマンをはらしにかかるのよね。

 私が恐れるのは、マチズモ的権力者のルサンチマンが作り出す「物語」なの。「俺の人生、否定されてる物語がある」って思ってるレベルなら許せるけど「中国や韓国の横暴に対し、力を合わせて正義の戦いを」みたいな、一部の権力者にとって気持ちいい物語に国ごと巻き込んでいいのかってことよ。

 この構図って、オウム真理教や連合赤軍の事件と同じよね。小さな集団の物語に巻き込まれると、いかに悲惨なことになるか、私たちは見てきたでしょ。アニメやゲームだって物語の中に入り込むほど楽しい。物語って実際に人間を動かす。だから怖いのよ。

 ところでさ、今の日本てさ、何でメチャクチャなこと言う自分が格好いいみたいなナルシストや、強権的で抑圧的な自称愛国者が強いリーダーみたいにもてはやされてんの? ホント、バカじゃない? こんな流れが続くんだったら、税金払うの嫌だし、出て行くわ。夫が香港の人だから香港でも行こうかな。嫌な人、みんな出てって残った人たちで好きなだけ右傾化すればいいのよ。悪いけど、私の知ったこっちゃないわ。

 (聞き手・秋山惣一郎)

    *

 なかむらうさぎ 58年生まれ。私生活を赤裸々に描いたエッセーで人気を集める。著書に「ショッピングの女王」、共著に「聖書を語る 宗教は震災後の日本を救えるか」など。

 ■優しさの保守政治、どこに 社会的包摂サポートセンター代表理事・熊坂義裕さん

 妻の故郷、岩手県宮古市で県立病院の勤務医と開業医をやった後、自民党、公明党の支持を受け、宮古市長を3期つとめました。

 医者がなぜ、政治かって。妻の親戚は漁業者が多く、みんな鈴木善幸(元首相)さんの支持者でした。善幸さんって優しいんです。こういう人なら応援しようと。それが政治に関わるきっかけでした。

 政治は生活に根ざしたものであるべきです。それって保守の政治です。いくら選挙がうまく、言葉が巧みでも、生活が体に染みついていない政治家はダメ。保守も色々ですが、優しい保守。リベラルで弱者にも目配りする保守がいい。市長として、そんな政治を心掛けてきたつもりです。

 その観点からすると、今の政治は何かが足りない。

 象徴的なことでいえば「税と社会保障の一体改革」はどこにいったのか、ということです。民主、自民、公明の3党が合意したもので、消費増税して税収増は社会保障に使うとしていました。

 しかしここにきて、「消費増税は景気が回復してから」という議論が出ている。あれっ、どうしたの、です。医療や子育て、介護、年金など、社会保障は大丈夫なのか、心配になります。

 私は東日本大震災をきっかけに無料の電話相談「よりそいホットライン」を始めました。一体改革にこだわるのは、そこで社会の実態にあらためて気付かされたからでもあります。

 大きな災害を経験した首長らで社会的包摂サポートセンターを立ち上げ、2011年10月から被災地の人たちのあらゆる相談を受け付けた。その後、国の補助を受けて全国に広げ、いまに至ります。

 アクセスは2万件以上、多い日だと4万件を超える。一日1200件程度しか対応できないのが悩みですが、すごい数だと思いませんか。内容は生活苦から病気、家庭内暴力、自殺念慮と様々で、「日本社会はここまで壊れてしまったのか」と愕然(がくぜん)とします。

 社会保障を巡る状況は、このところ確実に変わってきています。病気や貧困などで自立が困難な人たちを個別に支援する「パーソナルサポート」が細ってきているのはその一つ。政治家や官僚は、頑張ったから今の自分があるという意識が強い。だから、頑張らない本人が悪いと考え、パーソナルサポートに後ろ向きなのです。生活保護の見直しも同じ流れです。

 これはおかしい。誰でもいつ病に倒れ、災害に遭遇し、貧困に陥るかわからない。その備えをするのが政治。生活に根ざした保守の政治です。

 アベノミクスは悪くないと思いますが、成果がでるには時間がかかる。将来ばかりに目を向け、痛みを伴う現実から目をそらしてはいけない。「税と社会保障の一体改革」こそが本丸です。

 日本が壊れきってしまう前に手を打つ必要がある。経済優先では日本人は幸せにならないことに政治が気付くかどうか。瀬戸際です。

 (聞き手・吉田貴文)

    *

 くまさかよしひろ 52年生まれ。11年秋に社会的包摂サポートセンターを立ち上げ、「よりそいホットライン」を開設。開業医を続けるかたわら、盛岡大で臨床医学を教える。

 ■議論なく、空気が支配 評論家・小谷野敦さん

 賢明な人は今、政治家になろうとは思わないでしょう。自分のやりたいことをやろうとしても、政党内外の不毛なゴタゴタに巻き込まれるだけだから。それを避けるには、きちんと議論をして誰の主張がまっとうか、明らかにする必要があるが、今の日本では、政治にもメディアにもまともな議論はありません。

 かつて文芸誌や総合誌では誌面上での論争が「雑誌の華」でした。著名人が特定人物の作品や主張を批判し、批判された側も誌面上で反論する。だが21世紀に入り、新聞をふくむ活字メディアは論争的な紙面に及び腰になりました。一方でマスメディアは政治家の片言隻句を「失言」として批判することに熱中し、本当の論点から人々の目をそらさせ続けてきた。人文・社会科学系知識人の多くも、一般国民の意識から乖離(かいり)し、影響力を失った。知識人の多くが嫌う石原慎太郎氏がなぜ、東京都知事選で当選し続けたのか、彼らは考えてみようともしないのです。

 いま、私の政治的な関心事は「禁煙ファシズム」に対抗することです。他人に迷惑をかけないということなら分煙で十分なはず。禁煙を「絶対的な善」とするのは極端で危険なことです。少なからぬ人が同様の主張をしていますが政治の争点にはならないし、メディアもほとんど取り上げない。ネットで政治家に論争を挑んでも、反応はまずない。反論するのは「自分が勝てる」と確信した時だけですから。まともな議論がされないまま「喫煙は汚らしい行為だからダメ」という空気だけが世の中を覆い、支配していく。それをファシズムと呼ぶのです。

 2011年の都知事選では、真剣に立候補を考えました。石原氏が一時引退を表明し、後継者として禁煙運動を推進する松沢成文氏が立候補を表明したからです。資金がない、支持者も少ない、政治家の才能もない、ということで断念しましたが。

 参院選はたぶん投票しません。禁煙ファシズムに対抗してくれそうな候補者がいないからです。国民は一人ひとり、自らにとって重要な問題を論じればいい。すべての問題に気を配るゼネラリストになる必要はありません。

 それに1票があまりにも軽すぎる。自分の票で政治に影響を与えようとするのは、宝くじに当たるのを期待するようなもの。私は投票するのは無意味だと思います。それでも多くの人々が投票所に足を運ぶのは、義務感か、政治に参加している高揚感を味わいたいからでしょう。例外は組織票です。組織票にはまだ、政治を動かす可能性がある。逆説的ですが、今の国政選挙では何らかの組織の一員となり、その意向に従って票を投じることでしか、自らの票の重みは実感できないのです。

 (聞き手・太田啓之)

    *

 こやのあつし 62年生まれ。大阪大助教授などを経て文筆業。02年サントリー学芸賞。著書に「もてない男」「川端康成伝」など。7月末に「ムコシュウト問題」を刊行予定。

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最新の朝刊 紙面[東京] 2013年 07月 14日 日曜日

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