こんにちは。第2、第4金曜日を担当する日経バイオテク副編集長の河野修己です。
山鉾巡行が来週に迫っている京都は、四条通りへの山鉾設置が始まり、華やかな雰囲気が漂っています。浴衣姿の女性も目につくようになってきました。しかし、そこから車で10分ほどの京都府立医科大学は今、恥辱にまみれています。府立医大は昨晩、記者会見を開催し、以前から何らかの不正があったのでないかと指摘されてきたKYOTO HEART Study(KHS)の調査結果を公表しました。その内容は、日本の臨床研究の信頼性を根底から揺るがすものでした。臨床研究の結果は、企業の都合でどうにでもできることが分かってしまったからです。
治験と異なり臨床研究では、ほとんどの場合、第三者がデータの確からしさを監査することなく、性善説に基づいて実施されてきました。それでもその結果には一定程度の信用力があると考えられてきたのですが、今回の件でそんなやり方はもう通用しなくなるでしょう。会見後、歩きながら吉川敏一学長と二言、三言、話をすることができたのですが、学長は最後に、「モラルがあると思っていた」とうめくようにつぶやきました。
一連の経緯の詳細は以下の記事をご覧ください。
速報、京都府立医大がKYOTO HEART Studyの調査結果を公表、データ改ざんを確認、修正すると有意差は消滅 https://bio.nikkeibp.co.jp/article/news/20130711/169548/
KYOTO HEART Studyに関する府立医大の調査は最悪の結果に、主要評価項目であるイベント発生の有無を操作、吉川学長は「モラルがあると思っていた」 https://bio.nikkeibp.co.jp/article/news/20130712/169554/
ノバルティス、社員が臨床研究に関与、論文では明示せず https://bio.nikkeibp.co.jp/article/news/20130523/168494/
府立医大は、大学の権限ではこれ以上の調査はできないといっています。今回の調査では、臨床研究の解析担当者であり、データ改竄の実行者として最も可能性が高い、ノバルティスファーマの元社員の聞き取り調査が、本人の拒否により行われていません。しかし、事実を追求する活動をこれで終わりにしてはいけません。ここで終わりにしては、ノバルティスに経済的逃げ得を許すことになります。それだけは避けなければなりません。
ノバルティスはKHSなど一連の臨床研究の結果を利用し、バルサルタンに心血管イベントを減少させる効果があると積極的に宣伝し、バルサルタンの売り上げを伸ばしてきました。つまり、本来は存在しない価値を上乗せし、本来は得られない利益を得てきた訳です。臨床研究の効果によりどの程度の余剰利益を得たかを算出し、少なくともその分をはき出させなければ、社会正義に反することになります。
患者は偽造されたデータにより錯誤させられ、本来よりも価値を大きく見せられた製品を買わされています。最適な治療を受けるための機会も奪われています(バルサルタン以外が最適だった可能性がある)。また、国や健康保険組合は、本来、支払うべきではない金をバルサルタンに支出させられた可能性があります。また、歴史ある府立医大(一般には誤解されているようですが、府立医大の起源は明治5年まで遡り、京都大学医学部よりも古い)は、著しく評判を落とすことになりました。患者、大学、保険組合が協力して、民事、刑事両面での追求をやるべきです。その方が、真実の究明が進むはずです。会見で吉川学長も、「元社員の刑事責任を問えないか、弁護士と相談している」と発言していました。
それにしても、今日、ノバルティスが公表した「京都府立医科大学によるバルサルタン医師主導臨床研究に係る調査報告発表に対するノバルティスファーマの見解」の内容はお粗末です。
ノバルティス、府立医大の調査結果に反論、「要請は断っていない」 https://bio.nikkeibp.co.jp/article/news/20130712/169556/
冒頭に、「京都府立医科大学はデータ操作については、『意図的かどうかは認定できなかった』と述べています。ノバルティスも、同大学の報告からは恣意的なデータの操作があったとは確認できないと考えております」と記しており、意図的と確認できなかったことをことさらに強調しています。府立医大が意図的と断言しなかったのは、元社員の聞き取りができなかったため。会見では、記者から何度もなぜ意図的と言えないか追求されていましたが、吉川学長以下出席者は、苦り切った表情をしながら、ぎりぎりのところで発言を踏みとどまっていました。
吉川学長以下、府立医大幹部は、このノバルティスの見解を読んで、どう感じているのでしょうか。ノバルティスは4月に外部専門家による調査を開始したとしていますが、なぜか5月には元社員の退職を認めてしまい、府立医大の調査を困難なものにしてしまいました。
米国と異なり、日本には懲罰的賠償金の制度が無いことが歯がゆいばかりです。もし米国で同じことが起こったなら、即座に大規模な弁護団が形成され、新聞に原告募集の公告が掲載され、集団訴訟による厳しい追及が始まることでしょう。