岡田武史氏が語る、日本代表監督の仕事とは (5/7)
“自分のチーム”という意識を
岡田 2つ目に「our team」という言葉を言っています。「みんな、自分のチームという意識がないな」ということでフィロソフィーを作ったので、これが一番大事と言えば大事なのですが、「このチームは誰のチームでもない。俺のチームでもない。お前ら1人1人のチームなんだ」ということです。
でも、そう言っても「自分のチームだ」なんて思う人は中々いない。例えば、日本人だとコーチが「チーム全員で声を出して体操」と言ってやるでしょ。でも、3分の1くらいしか声を出さない。「おいお前、今コーチが全員でと言わなかったか?」と言ったら、「いや、僕が声を出さなくても誰かが出します」と答えてきて、「みんながそう思ったらどうなるんだ。1人1人が自分のチームと思わないとどうするんだ」と言うようなものです。
コンサドーレ札幌で監督をしていた時に忘れもしないことがありました。残り時間10分くらいで0対1で負けている時、ベンチの前を通ったサイドバックの奴が、ベンチの僕の顔を見て走っているんです。「何でこいつ見てんのかな?」と思ったのですが、分かったんです。「今、チームは負けていますけど、僕は監督に言われた役割はしっかりやってまっせ」とアピールしているんです。「アホかつうねん。お前がどんだけ役割やっても、チームが負けたら一緒やないか」と怒りが沸いてきました。
例えば、会社の商品が売れないで倒産しそうな時に、「僕は経理ですから」とか言っていたらダメ、どんなにすばらしい計算をしても会社が倒産したら一緒です。残り時間10分で0対1というのは、「みんな外に出て商品を売ってこい」という時です。でも、僕はそれをやらせてしまっていたわけなんですけどね。自分のチームを「キャプテンが何とかしてくれる」「監督が何とかしてくれる」と思わせてしまっている。「違う。お前が何とかするんだ、このチームを」ということなんです。
村の祭り酒という話を、選手によくします。収穫を祈念して、夏祭りをする村があった。祭りでは、お酒が入った大きなたるを、みんなでパーンと割って始める風習があった。ところがある年、貧乏でお酒が買えなくて、みんな集まって「どうしよう、これじゃ祭り開けねえな」と悩んでいた。するとある人が、「みんなが家からちょっとずつお酒を持ってきて、たるに入れたらどうだ?」と提案した。「それはいいアイデアだ」ということで、みんなが持ち寄ってたるがいっぱいになった。「これで夏祭りを迎えられる。良かった」ということで当日にパーンとみんなで割って「乾杯」と言って飲んだら、水だったという話です。みんな、「俺1人ぐらい水を入れても分かんないだろう」と思っていたんです。
チームでもそういうことはあります。9月5日のオランダ戦(3対0でオランダ勝利)で1点目を入れられた後、みんなそうなりました。「チームはちょっと負けてるけど、俺は一生懸命やってるからまあいいや」ということで、だんだんみんなが引いてくるのが分かるんです。その次の9月9日のガーナ戦(4対3で日本勝利)はそれをかなり僕は言いましたから、2点差がついても彼らは向かっていきました。そういう意味で、このour teamというのは「自分のチームだということを忘れんな」ということです。
人を変えることは簡単ではない
岡田 これは日本人だけではないのかもしれないですが、「教えてくれない」「育ててくれない」と何でも他人任せの人がいます。「アホちゃうか」と思うんですけどね。人を育てるとか変えるとかそんなことできないですよ、本人が本気になって変わろうとしない限り。
僕は横浜F・マリノスの時に、ミスターマリノスと言われるような奴がいてそれまでずっとレギュラーだったのですが、僕が監督になってからは1試合も使わなかったんです。それで1年終わった時、いろんなチームから移籍のオファーが来たんですね。でも、まだ契約が残っていた。すると給料が高いから移籍金が高くなって、ほかのチームが二の足を踏んでいたんです。僕は本人を呼んで、「お前も悔しいだろう。このままだったらおさまりがつかないだろう。お前が(他チームに)出るというなら、俺がチームとかけあって移籍金を下げてやるぞ」と言ったら、そいつは「ちょっと考えさせてください」と言ったんです。
僕はてっきり出ると思っていたんです。するとそれから2、3日して、「もう1回チャレンジさせてください」ときた。そいつはすばらしい男で絶対チームの足を引っ張ったりしなかったから、「僕はお前が残るというのであれば全然問題はない」と言っていたので、「もう1年チャレンジさせてください」と言われたら断る理由はないので受け入れました。ただ、「もう1年いても絶対使わんけどなあ」と思っていたんです。
ところが「もう1年チャレンジさせてください」と言ってから、そいつはガラっとプレースタイルを変えた。それまでは彼なりのサッカー観というものがあって、頑固にプレースタイルを変えなかったんです。もちろんプレースタイルを変えたら使いますよ、いい選手ですから。そいつのおかげで2年目(2004年)に優勝できたんですよね。これは俺が変えたんでも何でもない。本人が「変わらなきゃ」と必死になったから変わっただけの話です。そんな簡単なことではないんですよ、人を変えるということは。
「何でもやってもらえるもんだ」と思っている人が多いんです。例えば、スランプになった選手というのは大体、ものほしげにこっちを見るんですよ。「何か教えてほしい、助けてほしい」という顔でね。言ってやれることはいっぱいあるんですよ。ボール蹴る時の動きとか走り方が悪いとかいろいろあるんですけど、たいてい言ってもダメなんですよ。コーチは何やかんやアドバイスしようとするのですが、「ほっとけ、ほっとけ」と言うんです。
スランプの泥沼にあえいでいる奴らが10人いるとするじゃないですか。泥沼であえいでいる時に早く手を出してバッと引き上げても、手を離したら大体もう1回落ちるんですよ。そして2回目に落ちた時というのは、中々上がってこない。これ放っておくと、10人いたら5人はそのまま沈みます。でも、5人は必死になってもがき苦しんで、自分の力で淵まではい上がってくる。その時に手を貸した奴は残ります。
その代わり5人はそのまま沈んでいきますよ。そいつらからは「あの人は何もしてくれない。ものすごく冷たい人だ」と言われますよ。だから僕はコーチに、「お前な、今お前が手を貸したら、『あの人はいい人だった』と言ってくれるけど、みんなまた落ちてしまうぞ。放っておいたら5人には『ひどい人だ』と言われるけど、5人は残るぞ。お前どっちをとる?」と言うんです。これはコーチにはちょっと酷で、人事権を持った監督でないと中々できないんですけど、それくらい誰かに頼るんじゃなくて、自分でやるという人がものすごく少ないんですよね。
芝生でもそうなんです。肥料や水をバンバンやると根が伸びないんです。見た目はきれいなんですけど、スパイクでちょっと歩くとグニャっとめくれるような芝生になってしまいます。芝生も大したもので、水をちょっとやらないと茶色くなって枯れたふりをするんです。そこで水をやると、「人間、まだ甘いな」となめてかかられる。さらに放っておくと、「やばい」と思って、自分で根を伸ばして水を探しに行くんですよね。マリノスの時に「この芝生、また枯れたふりしていますから」と言って水をやらなかったら、そのまま枯れたことが1回ありましたけど(笑)。これは難しいところなんです。
でもそういうもんでね。「いろんなことを人にやってもらうんじゃなくて、自分でやらないといけない」という意味をour teamという言葉に込めています。
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