岡田武史氏が語る、日本代表監督の仕事とは (2/7)
“秘密の鍵”を探して
岡田 辞めてちょっと休んだ後、「指導者としての自分の限界を破りたい」と思って滅茶苦茶勉強しました。勉強といってもサッカーの勉強というより指導法の勉強、人間としての勉強ということで、いろんな経営者のセミナーに出たり、会いに行って教えを請うたり、脳や心理学などいろんなことを勉強したりしました。
怪しいこともいろいろやりました。空手や古武術、気功とか、占星術師のところまで行きましたが、ともかく何でもやりました。でも分からなかった。「自分が指導者としての殻を破るための“秘密の鍵”があるはずだ。それが何なのか見つけたい」と思って勉強したのですが、この秘密の鍵は見つからなかった。
僕は「また同じことをやるのはもういい。この秘密の鍵が見つかるまで、俺は絶対現場に戻らない」と思っていて、事実Jリーグのチームからいくつかお話をいただいていたのを全部お断りしていました。そんな時(2007年11月16日)、前日本代表監督のイビチャ・オシムさんが倒れられたんです。僕がJリーグのオファーを断って、「さあもっと勉強しなきゃ」と思っている時に倒れた。
そして日本サッカー協会の人が来て、「本当に大変な仕事だということは分かっています。でも、ぜひやってください」と言われました。僕は実を言うと、そのオファーをもらった瞬間に「やる」と決めていたんです。これ、理由は本当に分からないです。自分の腹の底から、「これを絶対俺はやらないといけない。逃げちゃダメだ。これにチャレンジしないといけない」とふつふつと沸いてきたんですね。
頭で考えたら、どう考えても割に合わない。そりゃあ5億円とか10億円をもらえるのなら別ですけど、そんなにくれるわけがないですし、「こんな割に合わない仕事、頭で考えたら引き受けたらいけねえ」と思うのですが分からないんです。「やるんだ。俺は絶対これをやるんだ」と思いました。
協会の人に「こんな大変なことをすぐに返事できないでしょう。まだ1週間くらい時間があります。考えてください」と言われたのですが、僕は言われた瞬間にもう「やる」と決めていたんです。でも、すぐに「やる」と言うと軽いでしょ、ちょっと(笑)。「分かった、ちょっと考える」と言って、2〜3日して返事をしたのですが、家族もまさか僕がやるとは思っていなかった。
フランスW杯の日本代表監督の時に、家族もかなりつらい目をしましたから。そういう意味で「まさかやらないだろう」と思っていたのに僕は「やる」と言ったら、かみさんに「本当に引き受けるの?」と言われて「やる」。「えー」「やりたいんだ」「自信あるの?」「全然ない」「じゃあ何で引き受けるの!」とすごい怒られたんですけど、自分でも分からない。
「やんなきゃいけない」という気持ちだけで引き受けてから大変な仕事だと気付いたのですが、最初の仕事が南アフリカW杯アジア地区3次予選だったんです。Jリーグのシーズン明けで、そんなに準備もしていませんでした。「秘密の鍵も見つけていないのに、俺やっていいのか?」と引き受けてからそんなことを考えていたのですが、と言ったらまた叩かれますね。「そんな感じで引き受けて」と(笑)。でも、それが事実なんです。
バーレーン戦で負けて開き直った
岡田 僕はW杯予選の難しさや怖さを知っていたのですが、もう時間が忘れさせているんですね。3次予選の相手(タイ、バーレーン、オマーン)を見たら「何とかなるだろう」と思い、今までの流れ通りでいこうとしたところ、最初のタイ戦(2008年2月6日)には勝ちました。
しかし、2試合目のアウェーのバーレーン戦(2008年3月26日)で、残り時間があまりない時(後半32分)にポロっと入れられてしまって0対1で負けた。まあ大騒動ですね。「バーレーンに負けたから、W杯に行けないかもしれない」といろいろ叩かれもしましたし、自分自身も相当苦しみました。
本当にのた打ち回るほど苦しんだのですが、「よく考えたら自分自身の腹のくくりがなかったから当たり前だ。W杯予選が大変だと知っているのに、何て俺は甘いんだ。しょうがない。俺はもう自分のやり方でやるしかない。秘密の鍵もくそもない。誰がどう言おうが今の俺にできること以外できねえんだから、俺のやり方でやるしかねえんだ」とその時に開き直った。
「開き直り」という表現は悪いかもしれないですが、これはある意味どんな仕事でもトップやリーダーになったら、一番大事な要素かもしれないですね。「監督の仕事って何だ?」といったら1つだけなんです。「決断する」ということなんです。「この戦術とこの戦術、どっち使う?」「この選手とこの選手、どっち使う?」ということです。
ただ、「この戦術を使ったら勝率40%、この戦術だったら勝率60%」「この選手だったら勝率50%、こっちの選手だったら勝率55%」、そんなもの何も出てこないんです。答えが分からないんですね、それをたった1人で全責任を負って決断しないといけない。
例えばコーチを集めて「お前どっちだと思う?」と多数決をとって、「3対2だから、はいこっち」と絶対いかない。全員が反対しても、たった1人で全責任を負って決断しないといけない。これがW杯出場が決まるかどうか、優勝が決まるかどうかという試合だったらとても怖いです。「この決断1つですべてが変わる」と思うと滅茶苦茶ビビります。考えに考えます。論理的に考えても答えは出ないのですが、必死に考えます。「相手がこうしたらこうだ。こうなったらこうだ」と考えても答えは出ません。
じゃあ「どうやって決断するか」といったら“勘”なんですよ。「相手のディフェンスは背が高いから、ここは背が高いフォワードの方がいいかな」とか理屈で決めていたらダメなんです。勘なんです、「こいつ(を使うん)だ」と。
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