健永を寝かし付けた後俺はそっとベッドから抜け出して、隣の部屋にいた招かざる客を出迎えた。
今日はとても穏やかな時間を過ごせた気がして気分が良かったのに…コイツの顔を見ると現実に引き戻された気がした。

「お前さ、用もないのにこんな頻繁に下界に来ていいのかよ」

減らず口を叩くのは気心知れた仲だから、いつもだったら相手も言い返して来るのに暗い表情を浮かべていて。
無言のまま許可証を見せられて思わず苦笑い、よくあの門番が判を押してくれたものだ。
いつもは正式な書類を用意しないと中々渋って許可をくれないのに…まさかユータが強引に奪って来たなんて知る由もない俺は。
わざわざ許可まで取って俺に会いに来たのか、と呆れるしか無かった。

「お前は、本当にこれでいいのかよ」
「‥何、今更。他にないだろ、方法なんて」

ユータは未だに納得していないらしい、俺が自らの命を犠牲にしてまで健永を救おうとしている事に対して。
死ぬ予定の人間を生き長らえさせる方法なんて他にはない、もしあったとしてもそう容易い事ではないはず。
だって本来人間の生命を奪うのが死神の仕事…全く逆の事をしようとしているのだからリスクを伴うのは当たり前。
覚悟なんて人間界に降りた時には出来ていた、きちんと言うならばこの仕事を受けた時点で気持ちは固まっていたんだ。
とは言えいざ会ってみて数日間共に過ごして、しかも触れ合ってしまったんだ…その決心が揺らいでないと言えば嘘になるだろう。
だからってもうどうにもならないし引き返しも出来ない、俺に出来るのは健永の命を救うか奪うか。
その二つの内のどちらか、なんだから。

「お前だってあの噂くらい知ってるだろ、自ら死を選んだ人間は」
「ユータ」

最後まで言わす事を許さず俺は名を呼んだ、言われなくてもその先は分かっていたから。
自ら死を選んだ人間は高確率で死神になる事が出来る、と言う言い伝えがあるのは死神達の中では有名な話。
最もそんなの所詮迷信、俺は信じてない。
実際自殺して死神に生まれ変わったって人間に出会った事はない、そんなのは誰かが作り出した戯言という事だ。
万が一それが事実だったとして、俺は健永に死神になって欲しいとはこれっぽっちも思わない。
一緒には入られるのかもしれないが、アイツにこんな仕事させるのは酷過ぎるし変に感情移入して俺みたいにならないとも限らない。
だったらちゃんと人間として、この先の人生を俺の分まで悔いのないように生きて欲しいんだ。

「もう決めたから。健永のためだったら、こんな生命捨ててもいいって」
「タカシ…」

人間を犠牲にして生きてきた俺達が、まさか人間の犠牲になる日が来るなんて思ってもみなかった。
あの日健永に出会わなければ、あの死神が自らを犠牲にしなければ…歯車は一つ狂うだけでも全く違った結果を導き出してしまう。
この道を選んだ事後悔はしてない、していたら今からでもまだ間に合うのだから考え直すだろうし。

「どうして、人間なんかのためにそこまで…」
「さぁ?やっぱ、好きだからじゃねーの?」

死神の俺達が言うのも何だが、人間は最低の生き物だと思ってる。
俺達には考えられないような事を平然とするから、命を奪われて当然なんだと思っていた。
そのくせいざ自分が死ぬってなれば皆泣いて縋ってくる…どれだけ自分勝手なのだろう。
中にはマトモなのもいるって事くらいは分かっているが、ユータが惚れていた相手や健永に限っては最早例外の域。
殆どの奴が腐ってる、掟に人間の命を延ばしたら駄目だって書かれていてもそんな奴いるはずがないって思っていたくらい。
自分がその決まりを破るなんて思いもしなかったが…今となってはこれが俺の死神としての人生だったんだろうと思っている。
何も考えずに毎日仕事もせずに時間を過ごしてきた俺にとって、健永のとの出会いは余りに衝撃的だった。

「後の事、頼むな」

ソファに座って立ったままの相手を見上げると、渋々といった感じではあるものの相手は頷いてくれた。
魂を奪わなかったとして、その後どうなってしまうのかは実際俺にも分からない。
健永を助けた死神もその時は一人だったみたいで、誰もその後どうなったのかは知らなかった…。
自分の後の事を考えた所で仕方ないので余り考えないようにしているのだが、問題は健永の方。
母親の時の様にはならないにしても、いざ目の当たりにしてしまえば流石にショックを受けるんじゃないかと思ってる。
俺と母親とでは健永にとっての重みは違うだろうが…少しは心を許してくれているだろうし。
最初は好きだと言うつもりもなければ触れる気も無かったはずなのに、少々深入りし過ぎたかもしれない。
これ以上長い時間を一緒にいればきっと消えるのが嫌になっていたはず、短いと思った一週間も結果的には良かったという事か。

「追求されたら、どうすればいい?まさか正直に話す訳にも…」
「いい、全部話してくれて。薄々は感づかれてるだろうし」

自分が生き残る事によってタカシは死んでしまう、きっと健永はそう思っているはず。
幾ら違うと言って表面上は納得してくれた様に見えても、考えている事を詠んでしまえばお終い。
だからどうにかして生きる気力だけは繋ぎ止めておきたい…後はもうユータの手腕に掛かっていると言っても過言ではないはず。

「なぁ」
「あ?」
「…お前はないのかよ、この世に未練は」

散々健永に言っていた台詞をまさか自らが言われる事になるなんて思いもしなかった、だって。
ない、なんて言えるはずがない。
もっと健永の傍に居てアイツの力になってやりたかった、俺が列記とした人間だったとしたら。
でも俺は死神で、しかも出会うはずのない者同士…でもあの死神を恨んではいない。
今健永を救えるのは俺だけ、愛するもののために死ねるのだったら本望だろう。
欲を言うならば生まれ変わった時はもっと違う形で出会いたい‥どれくらい先の話になるかも分からないけれど。

「ないって言っても信じないだろ、どーせ」

苦笑混じりに言ってどうにかこうにか笑い話にしようとするのだが、ユータの表情は険しいまま。
親身になってくれるのは嬉しい事だがもう決めた事だ、決心が鈍る様な事は言わないで欲しいし考えたくない。
どう足掻いたって俺が健永の傍にいる事は不可能…俺がしてやれる唯一の事がこれだけだったんだ。

「もう止めようぜ、こんな話するだけ無駄出しな。俺の決意は今更変わらねーし」
「‥馬鹿だよ、お前。本当に…」

そう呟いた後背を向けられて、バサリと黒い羽根を広げて部屋から出て行ってしまった。
ユータには嫌な役回りをさせる事になるけれど他に頼める奴もいないし、最期の我儘だと思って許して欲しい。
色々思う事もあったけれど俺が描いた未来が変わる事はない、だからもう考えるのは止めた。
明日で終わりかと思うと辛かったけれど自分で選んだ道、後悔は無かった。







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