こんな時期に呼び出しなんて、最初から可笑しいとは思っていたんだ。
でも急用だと言われて…言われるがままに伝令を伝えに来た死神に付いて行ったんだ。
健永に声を掛けようと思ったが急かされた事もあって、殴り書きのメモだけを残してマンションを飛び出した。

「なぁ…何処行くんだよ、一体」

暫く飛んだ後可笑しいと思ったから聞いたんだ、だって一向に上に上がろうとはしなかったから。
するとそいつは勢いのままに俺に頭を下げた、ユータに連れ出す様に頼まれたと言って。
俺はそれを聞いて直ぐにマンションへと戻った、ユータが何をしようとしているかは大体察しが付いていたから。
案の定ユータは部屋にいて俺は直ぐ様何も聞かず追い返した、健永に余計な事を言われては困るから。
ユータの気持ちは有難かったし嬉しかった…だがそれは俺のしようとしている事
にとっては疎ましい事で。
悪いとは思いながらも追い返したまでは良かったのだが、その後が問題だった。
何処まで喋られたのかは分からないが健永に確信を付かれて、俺は黙り込むしか無かった。

「…否定しない、って事は…そうなんだね?」

健永が何を考えているかなんて俺には簡単に分かってしまう、だから直ぐに振り返った。
酷く動揺しているのが手に取る様だったし、何よりそんな取り乱すなんて思ってもみなかったから。

「ちがっ、」
「俺は、これ以上誰かの生命を貰ってまで‥生きてたくなんかないっ!」

昔の記憶とシンクロしたのだろう、もう誰も犠牲になって欲しくないとゆう気持ちだけが伝わってきた。
今の健永には俺が死神だとかそんな事どうでも良かったんだろう、勿論俺の気持ちも。
叫んだ後身を翻して何をするのかと思えば、キッチンへと一目散に走って行ってしまって。

「けんとっ!?」

台所から包丁を持ち出す様を見て本気で焦った、本気だって事くらい言動を見ていれば分かったから。
死を宣告された人間が、もし寿命を終える前に生命を絶つ様な事があれば…その人は。
間一髪の所で包丁を奪い取る事が出来て事無きを得たが、それだけでは収まらなくて。

「馬鹿野郎ッ!命粗末にすんじゃねぇよっ!」

思いっきり怒鳴り付けると健永はその場に座り込んで、大きな瞳から涙を零して泣き出してしまった。
それは死神が言っていい台詞じゃないし、まして俺にそんな事を言う資格はきっとないだろう。
だがみすみす死のうとするのが許せなかったんだ、俺はこんなにも生きて欲しいと願っているのに。
俺だけじゃない、先に逝ってしまった死神もきっとそう思っていたはず。

「悪ぃ…言いすぎた」

今までも己の前で泣き出した人間なんて腐る程見てきた、そしてその度に鬱陶しいとさえ思っていたんだ。
だから対処の仕方なんてよく分からなくて、取り合えず屈んでくしゃりと頭を撫でてみる。
するとゆっくりとだが顔を上げてくれて、泣き崩れた顔で俺を見るから。

「だって…俺を生かしたら…タカシ、死んじゃうんでしょ?」
「…死なねーよ。死神が、死ぬ訳ねーだろ」

苦笑混じりにそう告げて抱き寄せてやった、真実を告げるつもりではいたがまだ今の段階では早過ぎるから。
又先程みたいな間違いを起こされては困る、だが何も言わずに消えるのも何だか虚しい気がしていて。
そんな折り結構な力で身体を押し返され、目元をゴシゴシと擦って健永は再び俺を見つめた。
思わず逸らしそうになったけれど今背けたら怪しまれる、だから引き攣りそうになる口元を必死で引き締めた。

「でも、さっき…タカシだって、まえ」
「それは寿命が丁度切れたからだよ、俺はお前の生命を貰わなくたってまだ残りがあるから」

健永にはある程度死神の仕組みについて話してやったが、人間を生かしたらその死神は生きていられない。
その事だけはまだ伝えてない。
伝えれば拒まれる事が分かっていたから、勿論嫌だって言われても俺の決心は変わらないが。
この場は何とか誤魔化して切り抜けるしかないと思って、重い腰を上げた。
健永の手を引いてリビングまで戻って、ソファに座らせてやって目の前にしゃがみ込み手を握ってやる。

「今回の任務は特例、上の人が気を効かしてくれたんだ」
「とく、れぃ…?」
「そう。最期くらい一緒にいろって」
「ッ!?さいごって、」
「皆俺が健永を生かすなんて思ってないからだよ、最期を看取ってやりたいだろって意味だって」

言い方が不味かったらしく取り乱す健永を必死に諫める、言われた事をそのまま言ったのが問題だった。
死神仲間はまさか俺が死を選ぶなんて思っていない、少なくともユータと大魔王以外は。
あの人は敢えて俺を健永の担当に選んだんだ、何も知らないとはとてもじゃないが考えられない。
それを罰則と分かっていながら駄目だとは言わなかった、今までそんな奴は何人もいたからだろうか。
それとも止めても無駄な事が分かっていたのか…どちらにしろ俺を選んでくれた事は感謝してる。
もし違う死神が担当していたとしても、俺はきっと今と同じ事をしていたと思うから。

「だから、もう馬鹿な事考えんなよ、な?」

俺が人間にこんな風に優しく話し掛けるのはきっと最初で最後、他の奴に優しくする気なんて毛頭ないし。
その優しさが健永にとってはこれ以上ないくらい重荷なのは分かっていたが、俺には他に何も出来ないから。
微かだが頭が縦に動いたのに安堵して手を離すと、健永はゆっくりと立ち上がって。
そのまま寝室に込もって出て来なくなってしまった、心配だったから駄目だとは思いながら心の中は覗いていた。
もし又自殺未遂でもされたらたまったものではないし、眠っているのか殆ど何も聞こえなかったけれど。
天高く昇っていた太陽もすっかり落ちてしまって、そろそろ部屋に明かりを灯そうかと思った時だった。
ガタンと音がしたかと思えばいきなりドアが開いて、伏せていた目蓋を開くと直ぐ傍で健永がしゃがみこんでいて。

「どした?」

何処か思い詰めた様な表情に内心は落ち着かなかった、心も読み取れなかったから余計に。
人間は極稀に無心になる時がある…それがどんな時なのかはまだ若い俺でも知っているつもりだった。
ゆっくりと身体を起こして手を伸ばせば、頬に触れる前にその手を取られ握り締められてしまって。

「お願いが、あるんだけど…」

躊躇いがちに言われてつい眉を寄せた、必然的に上目遣いになるので少なからず動揺もあったし。
それに散々死に際の頼みと言う名の願いを聞かされてきたから、まさか、と思う気持ちもあったのだろう。
見た目的には普通だったはずだ、大体無表情だから感情を表に出す事も少なかったから。

「俺に?何だよ、改まって」
「あのね…」

平静を装ってみても余程言いにくい事だったのか、健永はこんな至近距離でも口篭って。
でも決心したのか漸くその願いとやらを言ってくれたのだが…それは俺が思いもしない様な事だった。







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