The last of 2nd days.



朝目覚めると、昨晩と同じようにタカシは隣で眠っていた。
ただ抱き合って眠っただけ、ベッドに入る前に言ったようにタカシは何もしなかった。
身体に染み付いた恐怖心は直ぐには拭うことは出来ず、タカシが人間じゃないと分かっていても怖い存在には変わりなくて。
でもそれ以上に好きって感情が俺にはよく分からなかった、一体俺の何処が良かったのだろう。
第一死神が人間に恋をするなんて聞いた事ない、お伽話でもそんな話があるだろうかというレベルだ。

「おはよ」
「‥はょ、」

じっと見つめていると目蓋がゆっくりと開かれて、起き抜けの声で挨拶だけされて俺も小さく返した。
妙な感じだ、祖父母以外に絶対に他人に触れる事を許さなかった俺が同じベッドで死神と眠っているなんて。
起きたって別にする事はないけれど密着したままもどうかと思ったから、俺は身体を起こした。
そしてキッチンへと向かって、少しの間その場にいただけなのに。

「あれ…タカシ‥?」

寝室に戻ってみるとベッドは蛻の殻、タカシの姿は何処にも無かった。
部屋を見渡すと机の上には小さな紙切れ、それを拾い上げるとお世辞にも綺麗とは言えない字で、出掛ける、とだけ書いてあって。
余程急いでいたのだろうか、伝える暇もないくらいだったのなら。
ただメモを残すくらいだったら口頭の方が早い気もするのだが…いない相手に言っても仕方ないだろう。
こうして俺は数日振りに一人っきりになった、インスタントのココアを飲みながらタカシの寝床になっているソファに腰を下ろす。
今までずっと一人だったのにも関わらず…何故か虚無感に襲われた。
自分だけしかいない部屋は妙に大きく感じられて、テレビから聞こえる音が全部雑音に聞こえた。
タカシが、自分の生活の一部になりかけていた事を一人になってから初めて感じた瞬間だった。
祖父母が死んでから一人っきりが寂しいなんて思った事は一度もなかった、それが当り前だと思っていたし。
近付くものは全部俺自身が拒絶していたから…タカシが初めてだったんだ。
強引に俺だけの世界に入り込んできたのは。

「そばにいるって、言ったくせに…」

身体を丸めてそんな事を呟いた自分に驚いたのとほぼ同時だったか、バサリと音が聞こえたのは。
顔を上げれば黒い服と羽根が見えたから俺は当然の様にタカシだと思ったのに、中に入ってきたのは見た事のない人で。
思わず身を引いたが然程驚きは無かった、この数日で色んな事があり過ぎて脳が麻痺してしまっていたのだろう。

「あ、の…」
「初めまして。俺はユータ、見れば分かるだろうけどタカシと同じ死神」

軽く頭を下げてユータと名乗った青年も又、綺麗な黒い羽根を仕舞ってしまえば人間と何ら変わりなかった。
タカシより少しばかり背が高いだろうか、金に近い髪の色とは対照的に雰囲気は柔らかいもので。
違うと教えられはしたものの死神はこんなのばかりなのかと思ってしまう、もっと醜ければ信憑性もあるのに。
ただそうだとしたら傍にいて欲しくはなかったかもしれない、だって化け物と一週間も一緒には居たくないから。

「俺に何か…」
「君に、頼みがあるんだ」
「たのみ…?」

死神が人間に頼み事…しかも初めて会う俺に対して?
そう思いはしたが相手はタカシの事は知っている様だったし、俺に危害を加える様には見えなかった。
酷なもので、そうゆう事に関してだけは妙に敏感になっているらしく相手の様子で大体は分かってしまう。
それが死神相手に有効かどうかは分からないが、傍に寄ろうとはされなかったので警戒は然程していなかった。

「アイツに、タカシに…最後で構わないから『ありがとう』って言ってやって欲しいんだ」

神妙な面持ちで何を言われるのかと思えば…死神に感謝の意を唱えろと言うのか。
そんな事くらい簡単だけど、思ってない事を口先だけで伝えても意味がないはずなのに。

「好きとか愛してるとか言っても無駄だからさ、俺達は心が詠めるから嘘は通じないし」
「はぁ…、」
「だからせめて、タカシに出会えて良かったって…ありがとうって思って、言ってやって欲しいんだ」

俺が思っていた事とは些か方向性が違ったらしく、愛してるという言葉に反応してしまう自分が馬鹿みたいに思えた。
ユータはタカシの俺に対する気持ちを知っているのだろう、この口振りから察するに。
別にタカシの言葉を疑っている訳じゃないが、俺にとってはその言葉は理解しがたいものだったから。
傍に居て欲しいと思ってしまうのがそーゆう感情から来るものなのかもよく分からない、それに…。
もし前みたいな事をされたら…と考えるとどうしてもそこで思考を止めざるを得なかった。

「…ど、して、俺にそんな事…?」

もう直ぐいなくなる人間に対して死神が送る言葉にしては可笑しいだろう。
タカシが、俺の事が好きだから?
でもそんな事して何になるのかが分からなかった、そんなのタカシの重荷になるだけなんじゃないかって思えてしまって。
こんな時思った事が全部伝われば便利なんだろうに…と思ってしまうのは間違っているんだろうが。
言いたい事がきちんと言葉になってくれなくて、ユータは神妙な面持ちのまま口を開いた。

「俺達死神は不死身じゃない、君達人間の寿命を貰って生きてる」
「‥それは、聞きましたけど、」
「だから、死ぬはずの人間がもし生き延びる事になれば…それはその人間を担当した死神の死を意味するんだ」

死神は不死身じゃないって言う話は、確かタカシから聞かされた。
そして寿命を削る事はまだ許されても延ばす事は重罪だと、まさかそれに死を伴うとは思わなかったが。
しかしその事とタカシにお礼を言うのと一体何の関係があるのか、だってこの世から居なくなるのは俺の方なのに。
これではまるで俺じゃなくてタカシが…。

「…まさ、か」

そんな訳がない、直ぐにそう思ったものの一度浮かんでしまった嫌な考えは消える事は無かった。
恐らく顔にも出ていたんだと思う…ユータが分かったみたいだな、とでも言いた気に確信に迫ろうかと言う時だった。

「そう、アイツは、」
「ユータっ!」

不意に声が聞こえたかと思えば、タカシが窓にぶつかりそうな勢いで部屋へと飛び込んできたのだ。
実際窓はすり抜けていしまうのだが…それよりも名前を呼ばれた方は心底驚いた様な顔をしていた、俺もかなり吃驚したし。
バサリと音をさせて羽根を畳むと鋭い眼差しでユータを捉える、俺の方は見向きもしなかった。

「‥タカシ」
「健永に余計な事言ってんじゃねーよ。つか偽の呼び出しとか何なんだよ、一体」

タカシが怒っているのは一目で分かったけれど、どうやら騙されたみたいだと言う事も会話から汲み取れた。
俺にこの話をするためにわざとタカシを俺から遠ざけたらしいが、思ったよりも早くに嘘がバレてしまったのか。
不機嫌丸出しの相手を目の前にユータは戸惑っていた、そして俺はそんな二人を見ながら一歩引いて行方を見守った。

「俺はただ‥お前の事が心配で、」
「いいからっ!もう帰れよっ」

初めて聞く怒鳴り声にこっちまで肩を揺らしてしまう、俺の前ではいつも冷静だったし。
ユータもそんなタカシを前に何も言えなくなってしまったのか、肩を落として帰って行ってしまって。
残された俺はどうする事も出来ずに佇んでいると、タカシが歩み寄って来て頭をくしゃりと撫でられた。

「ゴメン、驚かせて。アイツに何言われたかしんねーけど、気にする事ないから」

苦笑混じりの台詞に何かが隠されている事くらい俺でも分かった、そしてそれを聞いてはいけない事も。
ユータが言おうとした事の検討は恐らくついているんだ、だから俺に気にするなと言うんだ。
そうでなかったら普通は何を言われたか問い質したりするだろう…俺だって一般的なものの考え方くらいは身に着けている。
このまま何も無かったかの様に後残り少ない生命を過ごす事だって出来たはずなのに。
一度浮かんでしまった疑問は、不安を掻き消すためにも本人にぶつけるざるを得なかった。

「タカシさ…俺に生きてって、言ったよね?」

拳を握り締めて吐き出した台詞に、タカシは一瞬にして無表情に戻った。
俺を見つめていたはずの瞳は何時の間にか逸らされていて、そして何かを拒むかの様に背を向けられる。
死ぬ人間に対して生きろなんて、普通は言わない。
だって死ぬのが分かっているのに気休めでも何でもない、余命を楽しめと言うにはもう遅過ぎるのだから。

「…それが、何だよ」
「まさか、…まさか、自分を犠牲にして俺のこと助けようなんて…思ってないよね?」

こんな事聞く事になるなんて思いもしなかった、それに、そんなはずがないと思っていたし。
人間を助ける死神なんているはずがないと、タカシに好きだと言われるまでは思っていたから。
その言葉の重みが如何ほどのものかなんて俺には分からないし、タカシの気持ちの大きさも深さも俺には分からない。
だが仮説は潰しておきたくて、祈る気持ちで聞いたのだが…。
待っても、返事は返っては来なかった。







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