The last of 3th days.



変な夢を見た、タカシと…誰かが言い争っている夢。
今まで俺が見る夢と言えば、子供の頃まだアイツや母親が生きていた頃のものばかりだったのに。
今傍にいる人が夢にまで出てくるなんて妙にリアルで、タカシじゃない方の姿が見えなくなった所で俺は覚醒した。
何を予期していた訳でもないし別に傍に居て欲しいと縋った訳でもない、相手が仕事だから近くにいると言っただけで。
でも何となく気になって出来るだけ音を立てないようにドアを開くと、確かにその姿は確認出来た。

「‥なんで安心してんだろ、俺」

ひたひたと素足でフローリングの床を歩いて傍まで行ってみる、何故か姿が見えた時はホッとしたんだ。
当の本人ははまるで猫みたいに身体を丸めてソファで眠っていて。
こうして見ると本当に人間と何ら変わりなかった、普通に街にいたらきっと気付かないだろう。
死神は別に眠らなくてもいいらしいが、下界にいると自然と体力を消耗するらしく出来れば寝た方がいいんだとか。
…恥ずかしい話、昨日までまだ疑っていたんだ。
壁をすり抜けるのも、空を飛ぶのも何かマジックを使用しているか、それともタカシ自体実はロボットか何かじゃないかって。
俺を殺すのが目的でやってきたんじゃないかって、そう思っていた。
俺を養子にしてくれた祖父母の遺産は計り知れないもので、俺は法律上受取れる最低限の分しか貰わなかったのに数億は下らない。
それ欲しさに会社の人間が殺し屋でも雇ったのではないかと思ったが、それにしては合致しない点が余りに多すぎて。
しかもあんな事はする必要はないはず、油断させるためにわざとしたのだったら既に俺はこの世にいないだろうし。
だから信じようと思ったのだが、こうして見るとやはり疑いの目を向けたくなってしまう。

「…つめたぃ」

無意識の内に手を伸ばしていたみたいで、指先が触れた白い肌は人肌よりずっと冷たく感じた。
思えば今まで冷静に体温なんて感じる余裕は無かった…余り考え込むと宿での事まで思い出してしまいそうだったので止めた。
冷えているのかもしれない、と人間相手の解釈をして何か掛けるものを取ってこようと腰を上げた瞬間。

「、ひゃっ!?、ぁ…」

何かに手首を引っ張られて、驚いて振り返れば先程まで確かに伏せられていた瞳がゆっくりと開かれて。
狸寝入りだった事を証明するかの様に口端を少しだけ上げて笑われ、俺は思いっきり脱力してその場に座り込んだ。
本当に心臓が飛び出るくらいに吃驚したんだ、病人だったら発作を起こしかねないくらいに。
だが当の本人は飄々としていて、俺の手を離して上半身を起こすと一度大きく伸びをしてニヤリと笑われた。

「驚いた?やっぱ」
「…悪趣味」
「それ褒め言葉だから、死神にとっては」

精一杯嫌味を込めたつもりがすんなりと交わされてしまって、掛ける言葉も見つからず背を向けた。
前言撤回、タカシが傍に居たら生命が幾つあっても足りない…。
バタンと大きな音を立てて寝室に戻ってはみたものの無意味な事は分かっていた、だって相手は壁を擦り抜けてしまうから。
仕方なく着替えただけを済ませて部屋を出るとタカシの姿が無くて、見渡すと何故かキッチンに立っていた。

「‥何してんの?」
「ん?何って、湯沸かしてるだけだけど」

珈琲飲みたいから、平然とそう言われて思いっきり脱力した…何処の世界に自分でお湯を沸かして珈琲飲む死神がいるというのか。
現に目の前にいるのだが…羽根を閉まっている間は人間と変わりないからどうにも錯覚してしまう。
だったら尚更あんな事をされて警戒しなければならないのに、早急だって不用意に自分から近付いたりして。
己が何をしたいのか、どうしたいのか…自分の事なのに分からなくて内心かなり困惑していた。
…結局その日は、特に何をするでもなかった。
と言うよりは酷い筋肉痛で動けなかったと言うべきか、若いとはいえ急な運動は思った以上に負担だったらしい。
必要最低限の行動しかしていなかった俺は酷く体力が衰えてらしく、脚なんか棒みたいで。
タカシにもかなり心配された、だが昨日俺が言った事を気にしてくれているのか距離感は微妙なまま。
朝の一件以来自ら避けているかの様にさえ思えて、自分が言いだしたにも関わらず内心複雑だった。
本来ならば自ら拒絶しなければならない存在なはず、タカシが人間ではないから普通に接する事が出来るのか。
それとも他に何か理由があるのか…。
その理由が何であったとしても今更考えるのも無駄な気がして、そこで俺は思考を止めてしまった。

***


それから二人でテレビを見ている間にうとうとしてしまったらしい、ゆっくりと目を開ければタカシの顔が直ぐ傍にあって。
心底驚いた俺は当然距離を取ろうと手を伸ばしたが、その手を取られて逆に引き寄せられてしまった。
大丈夫だと思っていたのは気の所為だったらしい、やはり一方的に触れられると恐怖感が一瞬にして込み上げてきて。

「あっ…ゃ、はなし、てっ‥」
「俺が、怖い?」

昔の習慣みたいなもので、掴まれると逃げなければならないという防衛本能が真っ先に働いてしまう。
例えタカシがあの人じゃないと分かっていても、無意識の内に身体が拒絶してしまうのだろう。
とは言え実際は身体が強張ってしまい逃げられた試しは一度もない、アイツからも…そしてタカシからも。
タカシはそれを分かっているのに何故か俺に触れてくる、最初は本当に嫌がらせとしか思えなかった。
でも昨日帰ってきてからは自分が変になってしまったのか、恐怖心というものが少々欠けてしまっていた。
以前は型や頭に触れられるのが限界で、祖父母にさえ抱き寄せられたりするのは難しかったのに。
増して不用意に自分から他人に近付いたりなんか絶対にしなかった、死が近付き思いの外緊張感が欠けてしまっているのだろうか。

「怖いんだったらそうはっきり言っていい、もう傍に寄らないから」
「ッ…たか、」
「じゃないと俺、健永に何するか分からない」

相手の言葉の意図は全く掴めず、それなのに何故か俺は拒絶する事を躊躇っていた。
もう傍には寄らないと言っているのだから肯定してしまえばいい、だけど心の中は相手には筒抜けだから嘘は通じない。
それよりも可笑しいのは、傍に居て欲しいなんて思っている事。
求めたってどうにもならないし逆に求められても困るだけ、それに人間に対する恐怖心が消えた訳ではない。
タカシの事だってそうだ…傍に居られるだけだったら問題はないし、実際俺もそれを望んでいる。
だがそれを認めたら最後、全部を肯定してしまう事になりそうで恐かったんだ…あの行為も含めて。

「…こわくは、なぃ…」

結局それだけ言うのが精一杯だった、顔を引き攣らせながらでは説得力は皆無だったかもしれない。
でも思った事をそんな簡単に言えるはずがない…どんなに優しくされても月日が流れても昔の傷が癒える事は無かったんだ。
第一死神にそんな事言ったってどうにもならない、ひょっとしたらタカシだったら聞き入れてくれるかもしれないが…。
そうされて困るのは、間違いなく俺の方。
だってまかり間違えば現世に未練が残ってしまう可能性もある、それでは何のために早く来てくれたのか分からなくなってしまう。
それに死に際まで一緒に居てくれるのだからわさわざ言う必要もないだろうと…思ってしまっている時点で手遅れなのだが。
わざわざ聞かずとも覗いてしまえばいい、そうすれば胸の内なんて直ぐに分かるのだから。
そんな風に思っている時点で口には出せないような事を考えてしまっていたのだろう、だが相手の表情はずっと変わらなくて。
死神と何をやっているんだと思う反面、妙に真剣過ぎるタカシをどうしていいのか分からなかったんだと思う。
親身になってくれている点は感謝したいし、俺の生命が尽きるまで傍に居てくれるのも構わない…でも。

「ただ…もうあんな事は絶対にしないって、約束して…」

傍に居るだけだったら近寄られても大丈夫なはず、だけどもう俺には金輪際触れないで欲しい。
今更、路頭になんて迷いたくないから。
俺にとって苦痛でしか無かった行為を、今になって気持ちいいものだと言われたってどうしようもないし経験したいとも思わない。
タカシの言う事が本当だったとしたら俺の運命はもう決まっているのだから、それは知る必要のない事。
愛が伴わない行為なんて結局は虚しいだけ、タカシが俺に触れようとする理由は分からないがただの自己満足だったら絶対に止めて欲しい。
寧ろ他に列記とした理由があるのだとしたら教えて欲しかった、何を思ってこんな俺に触れようとするのか。
死者への贐にしては少々荒々し過ぎる、これでは良い思い出どころか悪い思い出になりかねない。
そんな風に俺が自分なりに色々と考えている中で、目の前の相手は思いもしなかった言葉を真顔で言い放った。







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