未練っていうものは、生きている時間が短ければ短い程多い。
もっとこうしたかった、ああしたかったと…口を次いで出てくるのが普通だから。
でも健永の場合は違う、まず正気が感じられない。
生きようという気持ちが全く感じられない、云わば抜け殻のような人間…全てが初めてだった、俺にとって。
それも無理もない…健永は本来、八年前に死んでいるはずだったのだから。
初めて出会った後仕事を終えて戻った俺は、直ぐに健永の事を調べた。
死神は皆人間の寿命が見えるのに、健永のは見えなかったから何かあるのは直ぐに分かった。
一度死神に憑かれた人間の寿命は見えない、と聞いていたから。
だとしたら何故生きているのか、書庫を漁ってみると本来載っているはずの情報が一切なく。

「特例…」

その一単語だけが記されていた。
仕事が好きでは無かった俺は此処に来るのは勿論初めてで、こんな文献を見たのも初めてだった。
それがどんなものか分からないので、仕方なく担当した死神を探したのだが…その死神は、もういなかった。
なのでその時の事を知っている奴を探して、訳を聞いたのだが。

『そいつは、死神のタブーを犯したんだ』

詳しくは教えて貰えなかったが、それだけで大体の察しは付いた。
この世界での禁じては…大きくは二つ。
人間に好意を寄せる事と、死ぬはずの人間の生命を延ばす事。
その死神が犯した罪は後者だろう、勿論理由は分からない、だって当の本人がもう居ないのだから。
健永には生命を弄る事が罪になると言ったが、例え殺しても罪には問われない。
だが伸ばす事は決して許されない…破った者には死、あるのみ。
健永は死神によって生命を繋がれ、今まで生きてきた。
恐らくその死神の寿命が後八年だったのだろう…道理に従うならば。
それからの俺は、もう必死だった、健永の事についての資料は何も無かったから自分で調べるしか無くて。
そのため話が見えてくるようになるまで、下界で言う半年くらいを要した。
健永が生き延びた日、本来死ぬ予定では無い人間が一人…生命を落としているのが分かった。
それが、健永の父親。
健永と一緒に死ぬ予定だった母親は当日に亡くなっていたから、その母親を担当した死神を探し出して話を聞いた。
長い間話すのを渋っていたが、俺の執拗さに負けて話してくれて。

『多分、あの健永って子に同情したんだろ』

最後に呟くように言われた台詞が、妙に引っ掛かった。
虐待で生命を落とす子供なんて、珍しくはない。
たまたま健永を担当した奴が、情が深かっただけなんだろうか。
でもそれがきっと健永にとっては余計なお節介だったんだ…あの時死んでいれば、そう言っていたから。
せっかく生き長らえたのに、そんな風に思われていては死んだ死神も浮かばれないだろうに。
だからせめて最期に何か、生きてて良かったと思える様な事をしてやりたいと思ったんだ、お節介でもなんでもいいから。
まさか墓詣なんて言葉が出てくるとは夢にも思っていなかったが、健永が望むならそれを否定したりはしない。
もし心残りにでもなれば俺が後悔するから。
…俺達にとって、人間の生命を伸ばす事が罪になるのは仕方ないと思う。
俺達は死を司る神だから、無闇に人を殺す事はあっても生かしてはならない。
だが想うだけなら、自由ではないのだろうか…。
それがどうして禁じてとされるのか、この時の俺にはまだ、分からないままだった。







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