prologue.


全てに嫌気が差す事だって、あると思う。
死にたいって思う時もあるはず…それが自分では出来ないと分かっていながら。
だから扉を開けてその存在を確認した時は、驚いた。

「初めまして」

それは突然の訪問者。
一瞬泥棒かとも思ったが、此処はマンションの23階…攀じ登って来れる高さでは無い。
黒髪に黒い服…黒い羽根。
そして何よりその背に見慣れないものがあった…お伽話にでも出て来そうな、漆黒の翼。
白じゃないそれが妙に現実味を帯びていて、無意識の内に手を握り込んでいた。

「だれ…?」
「俺は死神、あんたの命…貰いに来た」

質問には答えて貰えた、でも不可解な単語が後についていた。
命を、貰う?
死神は黒いマントの大きいカマ、空想の中ではそんなイメージ。
でも目の前の相手は至って俺と変わらない人間だった、羽根さえなければ。

「なに、いって…」
「期限は一週間、一週間後…貴方は死にます」

頭が可笑しいんじゃないかと思うくらい、目の前の相手は淡々と話す。
自分の命が一週間、そんな事急に言われたってどう反応すればいいのか。
信じてないのは確かだった、どう見たって不振人物だから。

「意味分からないんですけど。いきなり来たと思ったらそんな事言われても」
「信じる信じないは自由、でも運命は変えられないから」
「変えられないって…っ」

怖いくらいに冷静な自分に驚きつつも、目の前の存在を認められなくて。
会話をしようとするのに、相手はする気もないらしく説明書を読んでるかの様な話し方。
ムカついて声を荒げようとした瞬間、距離が縮まって唇に何かが触れた。
それが相手の唇だって事に気付くのに、数秒を要した。

「な、に…」
「こうしないと、健永に触れないから」

目を細めてふわりと笑う相手に、自ら距離を取る。
けんと、と呼ばれた事にも驚いた…でも傍による事を身体が拒絶した。
長い間触れた事も触れられた事も無かった所為か、脚が震えて立ってる事も出来なくて。
じゃがみ込んだ俺に視線を合わせるように、相手は屈んで。

「怖がらせるつもりは無かったんだけど」
「じゃ、傍寄んな…っ」
「‥りょーかい」

身を寄せようとするから、震える唇で拒絶した。
意外にも素直に従ってくれたので胸を撫で下ろしたのだが、目の前の光景に言葉を失った。

「…!」
「ちょっとは俺の言う事、信じる気になった?」

俺の瞳が可笑しくなければ、ふわふわと宙に浮いている、様に見えたから。
死神を名乗るくらいだ、飛べて当り前なのかもしれないが…非現実的な出来事に頭は付いていかない。
取り合えずコクコクと頭を縦に振っておく、決して信じた訳じゃないけれど。
これ以上目の前の存在を否定すると、何が起こるか分からないという恐怖感があったのかもしれない。

「じゃー…面倒臭いけど、あらまし説明するから」

面倒って、お前はいったい何様なんだよ。
そう突っ込んでからだった…俺は心の中詠めるから気を付けて、と言われたのは。
これが、俺と死神との出会い。
後にこの出会いが俺の運命を大きく左右するなんて…知る由も無かった。







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