「にか…どうしたの?そんな、急いで…」
「ちょっと、」
「え、あっ…にかっ!?」

かなり焦っていると言うか急いでいるというか、そんな感じで俺の元に来たかと思えばいきなり手を掴まれて。
そのまま走り出したもんだから俺も縺れそうになる足で付いていく、全力疾走じゃないけれどそれに近い感じ。
スタジオの廊下をこんな風に走るのなんて遅刻した時くらいだな、なんて思いながら少し前にある背中を見つめていた。
連れて来られたのは非常階段、自分達がいた階よりも更に階段を上って屋上の一歩手前まで来て。
二階堂はやっと止まってくれて手を離してくれたから、俺は膝に手を添えて乱れた息使いを整えた。

「…にか?」

顔を上げて名前を呼んでみるけれど相手は外方を向いて肩で息をしたまま、俺の方を見ようとはしなくて。
大きく息を付いて曲げていた身体をきちんと起こして、俺は二階堂に背を向けた。
何か話があって此処まで連れて来られたのだろう、だったら話してくれるまで俺は待つしかない。
仕事以外で二人っきりになる事はもう無くなっていたから、どうにも居心地が悪くて。
以前は何も話さなくても大丈夫だったのに…やっぱり自分の選択は間違っていたのかもしれない。
そんな想いが日増しに強くなっていて、もしかしたら更に追い討ちを掛けられるんじゃないかって思った時だった。

「俺、ずっと好きだから、千賀の事」

二階堂が、そう言ったのは。
当然俺は吃驚して振り返った、相手はこちらを真剣な顔をして真っ直ぐに見つめたままで。
振り返ったのは良かったけれど目を逸らす事も出来ずに、困惑が恐らく表情にも表れていただろう。
相手は俺の反応が分かっていたかの様に顔色一つ変えなかった、それが余計に戸惑う原因になってしまって。

「…え、…な、に…急に」

別れてから数ヶ月が経った、未だにぎこちなさは消えない。
それでも俺は二階堂が好きで、きっと二階堂が俺の事を好きじゃなくなっても俺は好きでいるんだろうって。
そんな風に思ってばかりいたからちゃんと前も向けなくて、でもしっかりしないと駄目だって思っているのに。
どうしてそんな事言い出すんだろう…俺はこんなにも必死に、後ろを振り返らない様にしているのに。

「別れたってデビューしたって、他に何があったって…何年経っても好きでいるから」

普段から余り言葉にはしてくれなかった、俺が好きだって幾ら言っても知ってる、とかそんな受け答えばかりで。
俺も機嫌を損ねたくはないし二階堂の性格は分かっているつもりだったから、無理強いはしたりしなかった。
たまには言葉が欲しい時だってあったけれど…一緒に居てくれたらそれでいいじゃないかって。
本当にそう思っていたから別れる決心だって出来た、現実は決してそんな甘いものでは無かったけど。
結局今になって事務所に踊らされていたんだなって思いつつも諦めたんだ、俺は。

「だから、お前も俺の事好きでいろよな」

でも二階堂は違ったみたいで、だってこんな台詞普通の神経では絶対に言えない。
自分が好かれてるって自信がないと…だから俺は自分が好きでいる事しか伝えられなかった。
ニカもそうであって欲しい、なんて例え思っていても口になんて出せなかった。
だって好きでいて貰える自信なんて無かったし、何よりそんな事で二階堂を縛り付けておきたくなかった。
別れを決めたのは俺なのに…結局自分で自分の首を絞めているだけで何の解決にもなっていなかたんだ。

「絶対もう一度やり直して見せるから、だから、」
「…ぅん」
「それまでは、一番の友達でいよう」

そう言って強く抱き締められて、俺はもう泣く事しか出来なかった。
この何ヶ月かは本当に辛かった…好きなのに、こんなに好きなのに近付く事さえままならくて。
自ら決めた事のはずが俺の方が先に根を上げてしまいそうな気がして、傍にさえ行けなかった。
ただ元の関係に戻りたかっただけのはずが全く戻れず、以前とは抱いている感情が違うのだから当たり前かもしれないが。
関係が壊れるくらいだったらもう離れてしまった方が良かったかもしれないって、そんな風にさえ思ったりして。
だけど二階堂は俺が考えている以上に、俺達の事をよく分かっていたのかもしれない。
不確かな未来を追い求める事が間違っていると分かっていても、今の俺達にとってはそうする事が一番の策で。
何よりも好きでいていいって言ってくれた事が、俺にとっては一番の救いだった…。



End.







back