二階堂はあまり寝付けないみたいで、俺も必死で狸寝入りしていた。
本当に眠れたのなんて何時間だったか…相手が本当に寝たのを確認して朝方ベッドを抜け出した。
シャワーを浴び終えて出てみると二階堂は起きていて、取り合えず笑い掛けてみる。
どんな顔をしていいのか分からなかったから、ちょっと微温湯に浸りすぎたらしい。
二人っきりだとどうしても雰囲気が皆の前とは変わってしまう、それはたった一日でどうにかなるものでもなく。
キスされそうになったからやんわりと拒絶した、受け入れたら一生前には進めないから。

「俺だって、愛してる…この先もずっと」

重過ぎるくらいの台詞に俺は何も言えなくて、小さく傾くと二階堂は俺の横を擦り抜けてバスルームへと消えて行った。
その日は午後からだったために時間には多少なりとも余裕があって、ホテルは二人一緒に出た。
チェックアウトの必要は無かったし時間的にバラバラに出る必要もないだろうから。
その後は目配せして直ぐに別れた、付き合いも長いので大体相手の行動は分かる様になっていたんだ。
幸いと言っていいのかは分からないが家には誰もいなくて、鞄を投げ捨ててベッドへと横になった。
演技によって別れを切り出した時は、あんなに涙が溢れてきたのに。
今回は泣きたいはずなのに涙が全くと言っていい程出てこなかった…こんなに悲しいのに、別れたくなんかないのに。
ホテルで二人っきりになって、泣かなかったのは自分でも褒めてやりたかった。
だから一人になった時に反動が来ると思っていたのに、ひょっとしたら涙腺も枯れ果ててしまったのかもしれない。

「…んな事、あるわけないか」

一人でノリ突っ込み出来るくらいだったら大丈夫、そう思って前を向く決心をした。
北山くんと藤ヶ谷くんには仕事が終わってから時間を貰って、数日後に俺からきちんと説明した。
二人からあの日の事を聞かれる事は俺は無くて、待っていてくれているんだろうと勝手に解釈させて貰っての事。
事務所に脅された事も含め、納得して別れた事を話すと二人は眉を顰めて疑いの眼差しで俺を見ていて。
もう苦笑いするしか無かった、疑われたってそれが真実だったから。
二階堂に吐いたたった一つの嘘の事も迷ったけれど話す事にした、隠したって無駄だと思ったし。
その点については何も言われなかった、藤ヶ谷くんは納得言ってませんって顔に出ていたけれど。
北山くんに至っては表情を殆ど変える事なく、ただ俺の言葉に耳を傾けているだけで。

「千賀は…本当にいいんだな、これで」

一通り言いたい事を言い終わった後で、真剣な眼差しを向けたまま問われた。
俺が出した結論であって俺が望んでいる結果ではない、それを知っている上で聞くのだから北山くんも酷な人だ。
嘘でもいいなんて言えない、そんな心にもない事言ったって嘘だってバレるだけ。
だったら相手が押し黙るような事を言えばいい…俺も随分と狡賢こくなったものだ。

「だってさ。いいも何も、俺にはもう…こうするしかないから」
「でもこんなの、」
「藤ヶ谷」

何か言いそうになった藤ヶ谷くんを北山くんが制して、何も言うな、と言うみたいに首を左右に振った。
北山くんの態度に藤ヶ谷くんは眉を寄せたけれど、俺を一視してから続きは言う事なく肩を落とした。
二人が心配してくれるのは凄く有難い事だ、結果的に二階堂とも話が出来たから感謝はしてる。
でも言ったように俺には他に道なんてない、嫌だ、なんて言えるはずが無かった。
そうしなければきっと立っているだけでもやっとだったんだ…あの有無を言わさない空間の中では。







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