「…マジかよ」

隣でポツリと藤ヶ谷が呟いた声によって我に返った、俺だって確信があった訳じゃなかった。
だからカマを掛けたのだが…まさかそれが当たっているなんて夢にも思わないで。
だが千賀は驚愕の表情をしていて、それが事実である事を悟らせるには十分過ぎるくらいだった。
表情には出なかったかもしれないが俺だって心底驚いた、そこまで事務所が俺達の事を把握しているなんて思ってもみなかったから。
きっと何か理由があったんだろう…そうせざるを得ない、理由が。

「何言って…そんなこと、あるわけないじゃん」

絶対的に立場が悪い事くらい雰囲気で千賀も悟っただろう、必死に取り繕う様は最早情けさえ誘っていた。
それに今も尚仲間さえ、恋人さえ頼らずに一人で抱え込もうとしている。
馬鹿だって詰ってやりたくなったけれど、それだけ背後に巨大なものがあったのだろう。
事実を知っているのは恐らく千賀だけ、二階堂さえそれが何なのかは知らない様に感じられた。
圧力を掛けられたんだって事くらい察しが付いたが、そこから先は憶測ではなく本人から聞く事にした。

「千賀」

名を呼んでやれば大袈裟に肩を揺らして、それから大きな潤んだ瞳が俺を捉える。
何も言わないで、目がそう訴え掛けていたがそうゆう訳にもいかない…事務所絡みとなると尚更。
だってそれは権力で押さえ付けているという証拠、俺達は所詮飼い犬だから仕方ない部分もある。
それでも全部を背負い込む必要なんてない、俺達は兎も角二階堂にくらい話したって罰は当たらないはず。
当の本人がそれを一番望んでいない事には気付いていたが、それでは何のための恋人か分からない。

「安心しろ‥俺達はお前の味方だから」
「、っ‥!?」

本来俺達が首を突っ込む問題ではないのかもしれないが、もう後には引けない所まで来てしまっていた。
あんなに露骨に態度を変えられたら誰だって不審に思うし、その内周りだって可笑しい事に感付く。
千賀は勿論、二階堂もまだ子供だから相手に気持ちをぶつける事しか出来ない。
だから結果的に間に入るしかなくて…笑い掛けてやればついに千賀は泣き出してしまった。
余程辛かったのだろうに、声を上げて泣き始めた千賀を藤ヶ谷は必死に諫めていた。

「‥二階堂」

先程開き直ったかの様に喋っていた二階堂が全く言葉を発しなくて、名前を呼んでみたが反応は無く。
強く拳を握り込んだままただ佇んでいて、最早その瞳には誰も写してはいなかった。
一見無表情に見える顔が怒りを帯びている事は分かっていたが、敢えて何も言わなかった。
何を言っていいのか分からなかったと言った方がきっと正しい…コイツはきっと俺達以上に驚いたはずだ。
それ以上にショックだっただろう、どうして言ってくれなかったんだって。
藤ヶ谷を見つめるその瞳にさえ殺意が感じられた、なんて事は気の所為であって欲しいが。

「ほら健永、何時までも泣いてんなよ」

最早父親みたく千賀を慰める藤ヶ谷、俺もそんな二人に寄り添って千賀を取り合えず椅子に座らせた。
藤ヶ谷は千賀の隣に座ったから、俺は二階堂を引っ張ってきて机を挟んで前の席に腰を据えた。
少々距離が近過ぎるかとも思ったが今更言い逃れ出来るとは思っていないだろうし、流石にもう諦めただろう。
自らのタイミングで話したいだろうから、俺達は大人しく泣き止むのを待った。







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