「にーかちゃんっ」

取材を待つ間ソファに座って携帯を弄っていると不意に目の前に影が出来て、振って来たのは気色悪い声。
コイツの猫なで声なんて聞きたくも無かったから、視線を向ける事なく冷たく一言だけ言い放つ。

「太輔、キモぃ」
「ひどっ!仮にもアイドルなんだけど、俺」
「へいへい…つか、何か用?」
「あ、そうそう。この後何か予定ある?無かったら飯でもどうかと思ってさ」

聞いてもいない事をベラベラと喋りながら隣に腰を下ろすから、嫌そうな顔をすると相手は焦ったみたいで。
急に機嫌を取ろうとするので適当にあしらって用件を急かせば、思いもしない食事の誘いだった。
別にメンバーと飯を食う事はよくあるけれど、今までの経験上藤ヶ谷が真っ先に俺を誘うなんて事は殆ど無かったから。
大抵横尾とか千賀が多くて…俺も誘われはするが適当に理由を付けて帰る事が多かった。
勿論俺と千賀が付き合いだしてからは二人で一緒に帰る事も増えて、俺もたまには混ざったりしていたが。

「別にいいけど、二人で?」
「そうだけど…なに、俺と二人じゃ不満かよ?」
「いや、それだったらいいけど」

藤ヶ谷の事だから千賀も一緒に、とか言い出すんじゃないかと思ったが取り越し苦労だったらしい。
最近まともに千賀と話してない、避けられているし俺も距離を取っているから撮影でペアでも組まされない限りはほぼ会話はない。
今までずっと一緒に居たのに…当り前だった事が当り前じゃなくなる事がこんなに辛いんだと、思い知らされた。

「じゃあ俺のが先終わるし、此処で待ってるから」
「‥ん、わかった」

本当はそんな気分じゃなかったけれど、気晴らしには丁度いいと思ったんだ。
俺達が付き合っていた事はメンバーにさえ秘密にしていたから誰も知らない、それに知られたらただでは済まないだろう。
男同士なんてそんなもの、こんな世界にいると珍しくもないのだが世間的にはまだまだ食み出しもの扱いだ。
ひょっとして誰かに気付かれて脅されたりして…その所為で千賀は急に別れを切り出したんじゃないか、とか。
そんなはずがない、もしそんな事が起きているのだったら相談の一つもあってもいいだろうし。
こんなだから愛想を尽かされたのかもしれない、あんなに好きだと言ってくれていたのに。
もう少し優しくしてやれば良かった、なんて今更な事を思いながら撮影をしていると予定通りには進まず。
思ったより時間を取られてしまって、嫌味を言われるのを覚悟で急いで戻ったまでは良かった。

「太輔、悪い。待たせ、た…」
「、…ぁ、」

藤ヶ谷が待っていると思っていた楽屋には、何故かいるはずの人間がおらず思いもしない人が待っていて。
相手も吃驚したらしく大きな瞳が更に見開かれて、俺は視線を外したまま楽屋のドアを静かに閉めた。
正直な感想はやられた、そんな感じだった…だって今日は名前順だったから千賀がまだ此処に残っているなんて不自然極まりない。
誰かを待っていなければ当に帰っている時間、俺の名を出せばまず帰ってしまっただろうから他の誰かが手を貸したのだろう。

「藤ヶ谷くんだったら、さっきスタジオの方行くの…見たけど」

その証拠に俺が藤ヶ谷の名前を出しても驚いた様子は無く、千賀は俺を見ないままそう答えてくれた。
詰め寄りたい気持ちは当然あったが一度拒絶された事もあって躊躇ってしまって、だが決して諦めた訳ではない。
愛情が薄れていったのだったとしたら、あんな露骨に態度が変わるのではなく普通は徐々に変化していくものだろう。
何かがあったんだと思う、千賀に…だがそれを話そうとはしてくれなかった。

「‥あ、そ…じゃー見てくるわ」

だから敢えて何事もなかったかの様に部屋を出て行こうとノブに手を掛ければ、先にドアが開かれて。
反射的に身を引けば、藤ヶ谷と一緒に北山がドアの前に佇んでいた。







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