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中田徹
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スポーツナビ
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オランダサッカー、5つのエッセンス(1/3) 中田徹の「オランダ通信」
2006年06月03日
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オランダサッカー協会(KNVB)の指導者資格1級を取得した林雅人氏【 Photo by 中田徹 】
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ある日、FCユトレヒトのクラブハウスでボーイ監督を待っていた。オランダのテレビ製作会社も選手とのインタビューのためにそこにいた。ふとお互いサッカー談義を始めた。僕は、ベルギーの新聞にア・デモス(元浦和監督)がしゃべった「ベルギー人のDFはプロでも戦術理解能力が、オランダの15歳にも劣る」という話題を振ってみた。彼は言った。 「ア・デモスの言い方は極端かもしれないけれど、あながち間違ってはいないと思う。私はサッカー選手ではない。それでも子供のときは地元のクラブに通って、監督から考えることを学んだ。監督は教えてくれない。われわれオランダ人は小さいころからサッカーを考える教育をされているから、サッカー選手の戦術理解能力が高いんだ」
オランダに指導者留学している林雅人氏が5月、晴れてオランダサッカー協会(KNVB)の指導者資格1級を取得した。3時間以上に及ぶインタビューを行ったが、彼が明かしたオランダのコーチングの秘密は、FCユトレヒトでのサッカー談義とピッタリとシンクロした。 今回は林氏の1級取得記念講演として、修了試験の5項目ごとにオランダサッカーのエッセンスを語ってもらった。
■項目1:<サッカーの実技練習>
――まず項目1に、<サッカーの実技練習>があります
「一番いいサッカーの練習とは11対11です。でも普通、A(16−18歳)は1チーム18〜20人です。1級の試験の設定では18人なんですが、この人数で9対9の練習を50分間組む。項目2の<試合分析>からチームの問題をピックアップして練習させる。 僕が試験を受けたときは『GKからDF、MFとコンビネーションでボールを前に運びたいんだけど、うまくいかない。これを9対9の練習でレギュラーのチームをどう改善向上させるか』がテーマだった。システムはお互いに4−3−3の設定。もちろん4−4−2の設定の場合もある。
11人いないから、どこかのポジションを削らないといけない。そこから試験は始まっている。 繰り返し練習することが上達への道ですから、練習のテーマから外れる要素をなくす。例えばボールがタッチを割ってもスローインで再開せず、GKから必ずリスタートさせる。あとDFとMFの組み立てが主眼だから、ピッチの長さは短くていい。最初は全面でやらせて、『これじゃあ効率が悪いな』と気付いてピッチを短くしても、試験では正解になる。 4−3−3設定なら横幅は、正規のピッチと必ず同じでないと駄目。でも4−4−2だとGK1人、DF4人、MF4人でもう9人。だからサイドハーフを1人減らしてFWに持って行き、片側の横幅を狭くする。こういうコーディネーションは楽しいですよ。
4−3−3設定の試験に戻ると、(実は項目2の<試合分析>で監督は原因が分かっているんですが)最初は選手にやらせておく。その間監督はピッチの上で何が起きて、どういう結果になったか見ないといけない。センターバックのA君が、近寄ってきた左MFのB君にパスを出す。しかしマークに付かれていてGKに戻してしまう。1回目は止めない。でもそれは3回起こる。そして監督は、そのことが見えていなければいけない。そこでストップ。ここからがコーチングの重大テクニックです。 『お前、ここ(の位置)に来てばかりだから、ボールを下げるしかないじゃないか!』って監督がよく選手に言っちゃいますよね。でも試合でプレーするのは誰かと言ったら選手。スタジアムで観客が騒いでいたら、監督から選手に指示は伝わらない。試合中のプレーの選択を選ぶのは選手なんだから、練習の中で選手が自分でプレーの選択をできるようにしておかないといけない。
練習をストップしたら、監督は選手に必ず質問形で聞く。さっきの言い方と、『今2〜3回同じことが起きたけど、何をやった?』と聞くのでは天と地の差がある。そうすると選手は考える。そこがオランダサッカーの秘密。B君が『何も分からない』って言うじゃないですか。すると監督はA君に聞く。A君はB君に出したパスがいつもGKに戻ってくるから困っている。だから簡単に現象を説明できる。こうして周りの選手に説明させて、監督はB君に『分かっている?』って聞く。分かったという答えが返ってきたら、『いいか? 悪いか?』って聞いて当然悪いという答えが返ってくる。『OK、悪い。じゃあ、どうする?』。すると選手がB君はボールをもらいに行くんじゃなくて、ポジションから動かない方がいいとか、B君は動いてもいいんだけど、実はA君はこの場合C君にパスを出さないといけない……と答えを出してくる。そうすると練習で何が起きるか。選手たちが周りを見て、考えてその練習の課題をこなすようになるんですよ! それが醍醐味(だいごみ)」
――監督は経験を積んでいるし、理論もあるので答えは分かっている。選手が間違った答えを出したらどうする?
「(選手の答えた方法で)やらせるんですよ。必ず何らかの結果が出てくる。1回成功しても3回ボールを取られた。失敗。『お前ら、今こうやったよな。どう?』。自分の引き出しはまだ出さない。『組み立てのリスクは低いか、高いか?』。リスクは高い。『じゃあ、もっといい方法はあるか?』と聞く。こうして良くなる=向上=練習の目的達成。そこがコーチングです。トップのコーチは誘導、聞くだけ。でもそれは戦術的にマニアックで自分の引き出しを十分持ってないとできない。それができたらトップコーチ。ファン・ハール(現AZ監督)がそうです。
で、組み立てが良くなってきた。片方が良くなってきているということは、相手にとってやられちゃっているということ。今度は相手チームにディフェンスの仕方をコーチングする。でもやはり質問形、そして誘導。『レギュラーチームの組み立てが良くなってきているけれど、何が起きている?』と聞く。すると連係してディフェンスをしてない、ラインが間延びしている、マークが付いていっていない……など答えはすぐに出てくる。『じゃあ、やってみろ』と指示する。そこでまた組み立てをやらせると、難しくなる。ひとつの目的を持った練習の中で、その目的を向上させるために練習の難しさをこうやって調整する。それは相当サッカーが見えてないとかなり難しい」
――言うのは簡単だけど
「相当難しい。現場は早いですから。相手を導いて良くさせる。練習を調整して難しくする。新たに何か問題がピッチの上で起こる。そこでまた繰り返しです。それを50分間続けてチームの組み立てが良くなったかどうかで、この項目の合格・不合格が判断されるわけです。
今回の試験では20人受けて10人が落ちて、3カ月後に追試です。そのほとんどが、この<サッカーの実技練習>という項目で不合格になっている。僕も採点6でした。ほかの科目はすべて8か7なんですが、やはり難しかった。声をかけるタイミング、声の出し方、手本を見せること、実際にやらせること。選手によって声のトーンも変える。やさしく声をかけても練習にメリハリがこない。短い言葉でポン・ポン・ポンという。それは自分の所属先のチームでやってみたり、KNVBの講習会でアドバイスをもらったりした。でも一番難しいのは練習を見て、何が起きているのかを理解すること。そのために必要最低限のサッカーの知識も必要になってくる。だから、たくさんサッカーの試合も見た。そうすると昔なら恐らくつまらないと感じた試合でも面白くなってきた。ピッチの上では必ず何かが起き、結果が出ているからです」
――例えば、何も起きてないという現象が、ピッチの上で起きていたりする
「そう! それが面白い。練習でそこを向上させる。頭の中で練習を作りまくりです(笑)」
<続く>
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関連リンク
・プレーオフのわな 06/04/26(中田徹) ・「ヨーロッパ」を目指す戦い 06/03/31(中田徹) ・アルクマールダー・ハウト、最後の欧州カップ戦 06/02/25(中田徹)
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